生まれたときから神様だった。
その歌は、全てに平等で、偽りも差異もない。それが与える感動も、それが呼び起こす共感も、全ての魂に等しく響く。それをその娘が扱えるようになったのは、5つを数える前のことだった。それからずっと、彼女は平和のために歌い、愛のために歌い、許しのために歌い、受け入れるために歌った。彼女はそれに満足していた。
言葉のように裏を読まずともよく、意味を履き違えて争いを生むこともない。彼女はとても素直に育ち、本当の心で世界の全てと向き合った。
けれど、今。
自分の事を守って、死んでしまう人間に、彼女は何も伝えられないでいた。どうして、だろう。涙はいくらでも出てくるのに、音を紡ぐことができない。喉が焼けるように痛くとも、自分にはできるはずだと、そう確信しているのに。
大丈夫、安心して、ありがとう、もういいの。
いつものように歌いたい。いつものように響いてほしい。そう望むほどに、彼女は歌えなくなっていく。
騎士の青年は、小さく笑った。
「もう、僕に歌わなくていいんですよ」
彼女はそれが、嘘だと思った。一番に自分の歌を愛してくれた人だ。いつか終わりがきたその時には、歌って送ってくれと望んでいた人だ。
大丈夫、と言いたいのに心が大丈夫じゃないと否定する。
安心して、と伝えたいのに心がおいていかないでと泣きすがる。
ありがとう、と届けたいのに心がどうしてと問いただす。
もういいの、と送りたいのにそんなのはいやだと心が我が儘ばかりで。
歌えばそれは真実を映す。彼女の歌は彼女の本心を響かせる。きっとそれは、青年を傷つけてしまう。
こんなとき言葉があったなら。
知らない訳じゃない。伝えたい言葉はいくらでもある。歌だったなら、その全てをありのまま響かせることができたのに。伝えたい思いが溢れているのに、出てくる言葉は辞書に載っているような、限定的でありふれたものばかりで。上手い嘘のつき方など、彼女は教わってはこなかったから。
残り少ない灯火に、吹き掛けるようにただ一言。どんな歌よりも思いを籠めるけれど、彼女の歌のようには万にひとつも伝わることもない非力な言葉。もしかしたらその真意すら、欠落してしまうかもしれない人と人との意味の妥協点。
それでも彼女は青年に呟く。
青年はただ笑って、彼女に感謝した。
「貴女の言葉が聞けたなら、きっとこの生涯に意味はあったのでしょう」
そう言って青年は眠った。深く深く、帰り道も分からなくなるほどに。
彼女はその言葉を忘れることなどなかった。何度も思い出しては、掴みきれない思いに惑いながら。
(嘘はいつだって自分のためにある。優しい嘘など所詮、自分に優しくあるだけだとしても)