海夜の姿が見えない。ガイによると結構なミスをしたようで、ヴァン師匠にこっぴどく叱られたそうだ。海夜はとにかく怒られたり失敗して恥をかくのが苦手で(そういうことが得意な人間もあまりいないだろうが)、一度落ち込むと長くなることが多かった。ひとりの任務の時はそこまででもないのだが、今回は親しい人物が傍にいた。彼女は間違いなく部屋でうずくまっているに違いない。
部屋を訪れると、案の定電気も点けずにベッドとサイドボードの間のひとり分の隙間にうずくまっていた。以前は人が近づこうものなら威嚇していたが、随分と慣れたようで俺には無反応になった。声をかけると、はい、と淡々とした返事が返ってきた。
「失敗なんて誰にでもあることだろ。そう落ち込むなって」
「僕は人よりできないんだから、一度の失敗で失うものは多いんだよ」
「何を失ったんだよ」
「あったかもしれない信用と今後の可能性と友好関係」
俺はじっと海夜の方を見る。顔を上げなくてもどんな顔をしているか分かるのは、普段それだけ様々な表情が見れるようになったからだろうか。初めの頃は殆ど表情が変わらなかった。それが緊張と警戒、恐怖心と怯えから来るものだと知らなくて、表情が変わるようになった時は心底驚いた。
「大丈夫だって。次頑張ろうぜ!今度は俺も一緒に行くからさ」
「ルークの前でやらかしたら僕自刃も視野にいれる」
「やめろってーの。ほら、騎士団の連中を相手にした時の気迫はどうしたんだよ」
「若気の至り」
「何で数カ月でそんなに年をとるんだよ」
「もーーーー嫌だ。どうせ私にできることなんてないんですよ。ギルドの人達と同じだけのことなんてできないんですよ。高望みですはーーーーい。あーーーー生きてるのがつらい」
「はいはい。ほら、飯食いにいこうぜ」
「ガイと行っておいで……」
「俺はお前と行きたいんだっての。ほら立て立て!」
意地でも立とうとしない海夜。あまり引っ張っては腕が痛いだろうと思って加減はしているが、この力はどこから出ているのかいつも不思議だ。別に大丈夫、私のことは構わないでいいよ、とやんわり断る言葉を口にしながら、頑なに俺が引く方向と逆方向に力を入れ続けている。
こういうとき上手い言葉があればな、と思った。
子どもみたいだと思ったし、散歩を嫌がる犬にも似ている。
一度ガイに言ったら腹を抱えて笑っていたし、アッシュに言えば放っておけと言われたし、ロイドやクレスに言えば俺がいるだけでいいと言われた。
海夜が落ち込んでいる時、ごく稀にジェイドなんかとはち合わせると、必ず煽られるらしい。でも海夜はそういう時、あまり部屋に閉じこもらない。そういう方が良いのかと思ったけれど、積極的にそれを求めていない辺り、というか、その後の反動を見る限り、嬉しい訳ではないんだろうと思う。
いやそりゃそうなんだろうけど。
大きくため息をついて腕の力を抜く。海夜の前に腰をおろして、ベッドに背中をつけた。
「じゃあ、俺もここにいる」
「いや駄目だけど」
「多分そのうちイオンもくるだろうし、今日は3人で飯抜きだな」
「いやちゃんと食べよう。今日の担当ガイじゃん。泣かれるぞ」
一向に顔を上げない海夜に、俺は腕組みをしながらじゃあ行くか?と聞く。断る海夜に俺も負けじと俺も行かないと言う。呆れたような声がして横を見ると、海夜の顔が上がっている。心底呆れたような顔だ。
「こういうのはほっといた方がいいよ。私だし」
毎度のことだし、と言う彼女の目線が下がる。いつも失敗している、と悔んでいるんだろう。
でも、俺は知ってる。これだって回数は減ってるし、彼女はここで止まらない。どうにかしたいと足掻いて、どうにかしようと行動する。その度に失敗する。でもそれは、俺は間違っていないと思う。彼女は正解を求める。けれど正解がそこに無い時、考えることを止めたりしない。
俺が立ち直れなかった時も悩みながら声をかけてくれたし、自分にできる精一杯だと言いながら傍にいてくれた。
それが海夜にとっての当たり前で、俺にとっては嬉しかった。
だから、俺も俺にできることをする。
「ルーク、海夜、いるか?」
「ガイ!」
「いません」
「大丈夫ですか海夜」
部屋の外の声はガイとイオンだった。機械的な空気音がして、2人が室内に入ってくる。電気を点けると、海夜が謎の悲鳴をあげた。
「暗くしてると、余計にネガティブになるんじゃないか」
「すいません通常運転なんで私」
「相当落ち込んでるな……地が出てるぞ海夜」
ガイも海夜の事はよく分かっていて、海夜の一人称の変化に気づいているらしい。ガイと顔を見合わせて、小さく笑った。イオンも眉尻を下げながら、海夜の名前を呼んだ。
「留守です」
「残念です。僕は海夜とのお昼を楽しみにしてきたのですが……」
「甘やかさないでください」
「俺達は別に甘やかしているつもりはないんだが……。まあまあ、昼のついでに海夜に伝言を預かってるんだ」
「クビ……」
「残念ながらヴァンからの御誘いだ。次のクエストに同行しろ、だそうだ」
勿論無理にとは言わないが、と補足を付け足して、ガイは海夜に問いかけた。海夜の目が泣きそうになって、みるみる生気を取り戻す。俺もこれができたらいいのに、とちょっとだけ羨ましい。
行く!と返答して、海夜は立ちあがった。サイドボードに立てかけていた武器を手にとって、海夜が歩きだそうとしたところで、俺の腹が鳴ってしまった。
恥ずかしい。
「ん、と……ごめんルーク。毎度有難う。ご飯食べます?」
「……おう」
ガイが大笑いして、イオンがにこにこと笑う。海夜が申し訳なさそうな顔をして、俺は恥ずかしさを誤魔化すように足早に食堂へ向かった。海夜のついてくる音がする。
少しだけ後ろを歩く海夜をちらりと振り返る。こちらに気づいて首を傾げる海夜。慌てて前を向いて、真っ直ぐに食堂へ向かう。すぐにイオンたちも来るだろう。
俺は何となく、今日の食事も美味しいんだろうな、と思った。
(また頑張れる)