考え込むきっかけは比企だった。
「何で理恵さんが好きなの?」
よくからかわれるがそんな至極当然の質問は初めてだった。初めてだったからこそ考え込んでしまう。理恵の何が好きなのか。全てと言えばそれで片付く。しかしそんな言葉で理恵が納得するか?
「美味しくなかった?」
「え、あ、いや、何でもない。」
食事中まで考え込んでいた事に気付いて顔を覗き込んでくる理恵に苦笑してしまう。
「比企さんに何か言われた?」
「え?」
「慶護の悩みの半分は比企さんだから。」
「そこまであいつの事考えてねぇよ!」
実際今考えていたのは理恵の事だ。きっかけは比企だったが。
「深刻じゃなかったら良いけど。」
こうやって気に掛けてくれるのも愛なんだろう。張り詰めていても理恵は些細な事で俺を解してくれる。そこも好きなところだ。
「深刻に考えてハゲちゃうなんて悲しいでしょ。」
「ハゲねえよ。親父見ただろ。」
「ハゲの原因は遺伝だけじゃないのよ。」
心配しているわけじゃないが思わず頭を触ってしまう。それを見た理恵は可笑しそうに笑っていた。
「まあ八十歳でフサフサって言うのも逆に凄いけど。慶護は考えるのが苦手なんだから。深刻じゃないならそんなに考えない。」
「俺が考えなしみたいじゃないか。」
「そんな事言ってないでしょ。苦手って言っただけで。」
こうやって言い負かされるのも既に日常。口で勝てた試しはない。それさえ不快にならない。理恵が笑っているから怒ろうとも思わない。例えば理恵が喜ぶなら喜んでピエロになる。何でそこまで惚れたのか。自分でもよく解らない。
「また考えてる。どうしたの?」
「いや・・・比企がさ・・・。」
「やっぱり原因比企さんなんじゃない。」
苦笑とも取れるが。理恵は笑って「それで?」と先を促す。
「何でお前の事が好きなんだって。」
「それを考えてたの?」
「ああ・・・。」
「科学的な結論とロマンティックな結論。どっちが良い?」
「どっちも。」
欲張ってみると理恵は可笑しそうに笑って俺の額を指差した。
「まず科学的な結論ね。愛するものを見ると人間はヘントウヨウが働くの。それが愛の正体ではないかと言われてる。私を見て、好きだなって思うなら、そこが働いているから。」
相変わらずこいつの知識は謎だ。
「ロマンティックな結論は?」
「慶護は私とどうなりたいの?」
「そりゃ・・・。」
「ん?」
「傍にいたいしだな・・・。ずっと笑顔でいさせてやりたいとか・・・。」
「世界最後の日。誰といたい?」
「・・・お前・・・。」
「そう言う人がいるって幸せだなって思わない?」
「それで世界が終わらなければ幸せだろ。」
「もののたとえよ。何で好きかなんて科学でも立証は難しいの。ただ世界最後の日、この人といられたら幸せって思える相手がいる。その相手が私だって言うならそれが愛情の答えじゃないかしら?」
「そんなもんか?」
「そんなものよ。私も世界最後の日、慶護といたいもの。」
魅力的に笑う理恵にそれならそれで良いかなんて今まで悩んでいたのが嘘のようにさっぱりしてしまう。結局答えは理恵の全て、なんだろう。こんなくだらない悩みでも聞いてくれるのだから。
「ね、もう一回言って!」
「何を?」
「私とどうなりたいかの答え!」
「いや、だから、それはだな・・・あ、味噌汁が冷めるぞ!」
誤魔化して味噌汁を飲む。理恵はあからさまに照れる俺に可笑しそうに笑っていた。あんな事恥ずかしくてそう何度も言えたもんじゃない。解ってて理恵は言わせようとするのだ。そんな意地悪さに呆れるものの嫌いになれない。
「世界滅亡が秒読み段階に入ったら慶護に臭い愛の囁き言わせ続けようかしら。」
楽しそうに言う理恵にないと解っていて世界滅亡の時が来ない事を真剣に願った。