港町、カプワ・ノール。そこにたどり着いた時には天候は大荒れとなっていた。
「……なんか急に天気が変わったな」
「本当だ。この雨、酷くなるのかな」
「びしょびしょになる前に宿を探そうよ」
「カロル先生に賛成」
これはもう手遅れな気がしないでもないけど。ここから更に酷くなりそうなほど空は暗く雲が厚い。できるならどこかで休めるのがベストだろう。そう思って足を進めると、エステルだけが呆然と立ち竦んでいた。ユーリが声をかけると、エステルは少しだけ動揺したように港はもっと活気があるものと思っていた、と言った。雨もあるだろうけど、と景色への落胆に内心で同意する。
「確かに、想像してたのと全然違うな」
「でも、あんたの探してる魔核ドロボウがいそうな感じよ」
魔核ドロボウがいるだけで町が陰鬱な空気になってしまったのか。いや違うか。こういう港町だから住み着いてしまったのか。
「デデッキってやつが向かったのはトリム港の方だぞ」
「どっちも似たようなもんでしょ」
まあ港として繋がってるんだしそんなに雰囲気変わらないのでは。それにしてもあっちもこうだったらちょっと嫌だな。
「そんなことないよ。ノール港が厄介なだけだよ」
「へえ、あっちとこっちはそんなに違うの?」
「うん。ノール港は帝国の圧力が……」
カロル先生の説明に被さるように、誰かの脅迫的な言葉が聞こえた。声の方向を見るとこの雨のなか、地面に擦り付けるように頭を下げる人と、役人と呼ばれる高圧的な態度をとる人が見えた。こんな景色でテンションが下がっているときに随分嫌なものに出会ったな。カロル先生の微かに聞こえた説明を反芻してげんなりする。説明より事実が先に来るとはね。
「息子だけは、どうか……。この数ヵ月の間、天候が悪くて船も出せません。税金を払える状況でないことはお役人様もご存知でしょう?」
成る程、税金の取り立てか。こんなことが罷り通っているのか。ちらりとユーリを見る。嗚呼、これはまずいやつです。少しだけ近寄って動き出す前にセーブできる位置につく。いやまあ本気で出てかれると無理だけど。
「ならば、早くリブガロって魔物を捕まえてこい」
リブガロ。そういう魔物がいるらしい。それの角は大変に高価らしく、一生分の税金になるといやらしい笑みを浮かべて役人は町人を見下した。それだけ高価ならば入手など一般人の手の及ぶところではないだろう。分かっていてやってることは明白だ。殴っていいかな。服の裾が少しだけ引かれる。いや大丈夫大丈夫、ユーリより先に行くことはないから。
そうこうしている間に役人は何処かに去っていった。リタが野蛮人と言ったが本当にそうだなと思う。
「カロル、今のがノール港の厄介の種か」
カロルが眉間に皺を寄せながら頷いた。改めてカロルがこの街の説明をしてくれる。
「このカプワ・ノールは帝国の威光がものすごく強いんだ」
「百聞は一見に如かずって感じのを今見たからよくわかる」
「特に最近来た執政官は帝国でも結構な地位らしくてやりたい放題だって聞いたよ」
あんなのが上に立つなどぞっとする。上の上には更にこんなのばかりがいるのかと思うと更に嫌気がさす。俺の表情が曇っていたのかエステルが小さく声をかけてきた。それに少しだけ笑って問題ないと返す。
「その部下の役人が横暴な真似をしても、誰も文句が言えないってことね」
「嫌な連鎖だね」
「まったくだな」
ユーリが口惜しげに黙りこむ。考えていることは分かるわけではないが、このユーリの様子は少しだけ分かる。ユーリは膝をついている町人の方に歩み寄った。町人は何処かに向かうようで立ち上がったが、それを傍らの女性が制止する。必死に声をあげる女性に、立ち上がった男性もまた声を荒げた。こどものために、と怪我だらけの体のまま走っていこうとしたが、ユーリの足につまづいて転んでしまった。ユーリ!それは痛いやつだよ!止め方としてはあかんやつです!
男性がユーリに怒鳴りつけると、ユーリは飄々とした様子で謝る気ゼロの謝罪の言葉を口にした。エステルにも言われてるじゃないか。全く、やり方が荒い。呆れた顔をするとユーリの視線が明後日の方を向いた。そういうとこだぞユーリ!そういうとこ。
エステルが相手を治療する。治療費を心配する女性にエステルが答えようとしたが、ユーリがそのまえに、と言葉を被せた。
「言うことあんだろ」
「えっ……?」
「まったく。金と一緒に常識まで搾り取られてんのか」
言い方!ユーリ!女性が萎縮しながら、エステルにお礼を言った。エステルが穏やかに対応しているので多分問題にはならないだろう。なんとなく視線を周囲に向けていると、その端で何かが動いた。ユーリも同様に気づいたらしい。視線だけでユーリに合図する。ユーリはあれを追うらしい。こちらはカロルが上手く話をしてくれているようなので、俺も一緒に行くことにした。
裏路地の細い道に入る。荷物で道が塞がれていてすぐ進めなくなった。これは、と思ったときには背後に影が迫っていた。振り返り様に刀を振るう。避けきれなかった相手がよろめいているうちに追撃を加え叩きのめす。3人か。俺の後ろから襲い掛かろうとしたひとりをユーリが切りつけて撃退する。残ったひとりが距離をとる。耐久性がどうなってるのか知らないが、まともに当てた方も壁を飛び回るように後退した。狭い道での戦い方に慣れている。
「チッ」
並んで再び武器を構える。視界も悪いのになあ。
相手の目は赤くギラギラと輝いている。こんなの夜に会ったらトラウマだな。
音もなく近寄る誰かにひとりが切り伏せられた。えっと思っているうちにその人物は颯爽と敵の間を潜り抜けこちらに近寄ってきた。
金髪に碧眼。騎士団の衣装。
「大丈夫か、ふたりとも」
余裕のあるその表情に、嫌みなどは一切無く。
ユーリは一瞬間の抜けた顔をして、すぐに動揺したように言葉を返した。
「フレン!おまっ……それオレのセリフだろ」
どの辺が?と思ったが言わなかった。
「まったく、探したぞ」
それはこっちの台詞だね。
「それもオレのセリフだ!」
そうだろうねえ、と思いながらまだやる気の相手の気配を感じとる。ひとりはフレンがやったので、あとふたり。今いいとこなんだよ。そっとしといてやって。
向かおうとしたがフレンの手が俺を制止した。ああそうだね。それは野暮か。
ふたりの敵とふたりの味方がぶつかった。呼吸の合ったその動きは、お互いの距離を、動きの癖を、完全に理解しているように見えた。狭い路地という不利を感じさせない程に、先程までの頑丈な相手をなんなくいなし、荷物の下敷きにしてしまった。今度こそ起きてこないで欲しいな。俺は見てただけだけど。
あっ、と思って少しずつ路地の入り口に足を進める。ほらふたり積もる話もありそうだし。
さて、とフレンの声が聞こえた。
その次の瞬間、フレンはユーリに刃を降り下ろした。ユーリはすんでのところでそれを受ける。えっ何事。
「おまえ、」
「ユーリが結界の外に旅立ってくれたことは嬉しく思っている」
そう言いながらひゅんひゅんと振り回されるフレンの剣を、ユーリはなんとか避けたり受け止めたりしている。仲良くなるとこうなるのか。不思議。
「ならもっと喜べよ。剣なんか振り回さないで」
「これを見て、素直に喜ぶ気がうせた!」
俺も壁に貼られた紙を見る。あー、これね。そうだね。あっ金額上がってるじゃんやったね。
「あ、10000ガルドに上がった、やり」
「騎士団を辞めたのは犯罪者になるためではないだろう」
「色々事情があったんだよ」
「事情があったとしても罪は罪だ」
「ったく、相変わらず頭の硬いやつだな……ほら、お前も何か言ってやれよ」
「つみをかさねるのはよくないとおもいます」
「裏切ってんじゃねーよ!お前もだからな」
「いや存じ上げない……」
「おっまえ……後で覚えとけよ。……あっ」
エステルがこちらに気づいて歩いてくる。あっ、これどうしよう。成り行きだね。運命の神様任せだね。
「ちょうどいいとこに」
ユーリは本当、そういうとこです。
「フレン!」
エステルの嬉しそうな声が聞こえた。感動の再会だよ!殺伐とした空気が晴れるね!エステルがフレンに抱きつく。フレン、ねえフレン、どういうこと?ねえ詳しく!俺もこれまであったこと詳しく話すから!是非!
見ていようとしたがユーリに引っ張られるので、泣く泣くその場を退場した。だよね。一旦落ち着いて貰おうね。
エステルの心配にフレンがわたわたと対応している。微笑ましいね!
フレンがエステルの手を引いて突然走り出した。あっ早い!こういうとこ似てるよねふたりとも。
「…………カロルとリタを先に拾うか」
「そうだね」
宿屋にいくとふたりと一匹が待っていてくれた。エステル達のことを見たらしい。じとっとした目で見られたので知らないふりをしておいた。あのふたりも宿屋にきたようだ。立て込んでるの?大変だね。すみません他人事じゃないですはい。
「なんかエステルが引きずられていったけど……」
さっきのがフレンなんだ、とカロルは確認するように言う。ユーリはため息混じりに肯定した。入ろうとするユーリに立て込んでると思うわよとリタが制止した。だよね。長くなりそうだったし先に町を見て回ったら、とカロルが提案すると、同意にも諦めにも似た声でユーリはそうだなあ、と言った。
雨だからね!俺は待機かな。
ユーリが歩き出してすぐ、カロルに一緒に行かないの?と聞かれた。なんですかいつも一緒みたいに!仲良しだからね!嘘だよごめん!
「ちゃっちゃと行きなさいよ。ここにいたって何にもできないでしょ」
「リタとカロルの話し相手ができるよ」
「いらないわよ」
「えっカロルも!?」
「僕はどっちでもいいけど」
「冷たい!どう思いますラピードさん!」
ラピードさんが背後に回りユーリの方に促すように鼻先でぐいぐいと押してきた。びしょ濡れになっちゃう!でもラピードさんが言うなら仕方ない、ユーリを追います。寂しくなっても知らないから!捨て台詞を完全にスルーしたふたりと1匹を背に、どこかに歩いていくユーリを追った。
方向的には、ここの偉い人の家だね。まさか特攻ではあるまい。
屋敷と門が見えてきた辺りで、道の真ん中になんとなく目を引く女の子がいた。三つ編みを2つ垂らした背に、海賊のような衣装。とことこと真っ直ぐ歩いていくと、そのまま敷地内にはいる、かと思いきややっぱり止められた。首根っこを掴まれて門番に何か言われている。
何事かな、と思っているとユーリも門の方に近づいていく。仲裁は必要かな?
突然投げられた女の子をユーリがナイスキャッチする。流石。
「おっと、と……」
一瞬女の子の視線が変わった気がしたが、ユーリは気にせず下に下ろすと、門番に向かって子どもひとりに随分乱暴な扱いだな、と言った。
「なんだお前は。そのガキの親父か何かか?」
「俺がこんな大きな子どもの親に見えるってか?嘘だろ」
「ユーリパパ……んっふ、ごめんちょっと笑ったわ」
「ほーお」
いたたた!やめて頬っぺたはつねるものではありません!
そんなことをしている間に、女の子は再チャレンジをしようとしている。走っていく女の子に門番は抜き身の剣を突きつけた。
「おいおい。丸腰の子ども相手に武器向けんのか」
「ガキにこれが大人のルールだってことを教えてやるだけだよ」
「成る程なぁ。威力を見せつけて押さえつけることしかできない教育って、なかなか門番の教育水準を疑うよね。ああ、見せつけるだけなら質は問わなかったのかな」
「なんだと!?」
「なんだ珍しく言うな。とにかく、やめとけよ」
ぴりぴりと空気が緊張する。いやちょっとくらい言っといた方がいいかなって。突然、ぼわん、と煙が舞い上がった。あの女の子が何かしたらしい。視界が一気に悪くなって、恐らく門番が振り回しているであろう武器の音だけが聞こえている。
「おいおい、ここまでやっといて逃げる気か?」
ユーリよく見つけたね!俺わかんなかった!
「美少女の手を掴むのには、それなりの覚悟が必要じゃ」
「どんな覚悟か教えてもらおうじゃねえか」
「残念なのじゃ。今はその時ではない」
「なんだって……?」
「さらばじゃ」
会話が途切れたようだ。少しずつ回復していく視界の端で、女の子が走っていくのが見えた。侵入成功らしい。ユーリが俺の側に寄って、女の子の走っていった方向を見る。門番のひとりが追っていき、もうひとりが苛立ちながら右往左往している。
厄介払いのようなこと言い残し、残っていた門番も敷地内に入っていった。
ユーリの手元にはあの女の子を模した人形が握られていた。
「えっ趣味?」
「そう見えるか?」
「全然。持って帰るの?」
「どうすっかな。エステルにでもやるか……ま、そろそろフレンとエステルの話も終わった頃だろ」
自分で持っていくのかと思いきや俺に押しつけてきた。思ったよりも拘りがあるぞこれ。結構ちゃんと作られてるな…。まじまじと見ているとユーリに手を引かれた。俺もそのまま屋敷から離れた。
宿屋の前にはまだ皆がいた。話はまだ立て込んでいるのだろうか。でもそろそろ冷えてきたよね。
「中に入るの?」
「まあ、そろそろ入っても大丈夫じゃない?怒られたら出よう」
「じゃ、そんときは頼むわ」
「フレンに怒られるとへこむからやめてくださ〜い」
「えっ、君ってへこむことあるの」
まってカロルどういうことだい。あるでしょ。いつも真摯にご意見を受け止めて反省してるよ!嘘伝わってないの?やっぱりね!!
「帝国がでかい顔してるのはどこに行ってもそうなんだな」
「特にここは帝都があるし、大きなギルドもないからね」
「やっぱ、このままじゃいけないよな……」
ユーリが扉を開けながらカロルと会話する。難しい顔をしているなあ。何処かに走っていかないといいけど。ラピードさんが鼻を鳴らす。俺が見るとラピードさんも俺の方を見た。おっけい伝わってるよ!任せといて!
宿の部屋に入ると、ユーリは無遠慮に声をかけた。フレンは振り返り、エステルは首を傾げるようにして合図した。どうやら、エステルの方の話は終わったらしい。
「そっちの秘密のお話も?」
「ここまでの事情は聞いた。賞金首になった理由もね」
フレンは立ち上がり、ユーリの前に立った。一瞬だけ俺に視線を向けたが、それはすぐにユーリへと戻った。
「まずは礼を言っておく。彼女を守ってくれて有難う」
「あ、わたしからもありがとうございました」
「なに、魔核ドロボウ探すついでだよ」
「問題はそっちの方だな」
フレンの声音が変わる。ユーリも眉を潜めてフレンを見た。
「どんな事情があれ、公務の妨害、脱獄、不法侵入を帝国の法は認めていない」
まあ、そりゃそうか。法は社会を守るもので、個人の事情を汲むものじゃない。尺度とはそういうものだ。公平であり無情である。それを汲めるのは、それを使い裁こうとする人のみだ。
「ご、ごめんなさい。全部話してしまいました」
「まあ聞かれちゃったらね。気にしないで」
「しかたねえなあ。やったことは本当だし」
「では、それ相応の処罰を受けてもらうが、いいね?」
フレンがユーリと俺を順に見据える。真っ直ぐで嘘のない目。誠実さの宿る目だ。
それに抗議の声をあげたのはエステルだった。ユーリは呑気な声で、別に構わねえけど、と時間を要求した。俺もせめて、と言おうとしたが、それを先読みしたようにフレンが答えた。
「下町の魔核を取り戻すのが先決と言いたいのだろう」
俺は小さく頷いた。フレンは俺を見ながら、少しだけ、悲しいような寂しいような、何かを堪えるような表情を見せた。一瞬。気づいたのは俺だけか、可能性があればユーリもだろうが、俺にはその理由が分からなかった。
がちゃ、と扉の開く音がして、騎士と学者が入ってきた。学者の方がリタを見て、あからさまに動揺している。
「あなた、帝国の協力要請を断ったそうじゃないですか!」
帝国直属の魔導師が、義務付けられている仕事を放棄していいんですか。明らかに責め立てるような言い方に、リタは全く表情を変えず相手を見ていた。ユーリが誰、と確認すると、リタはそこで始めて反応し、誰だっけ、と首を傾げた。えっ誰なの?結局誰なの?
「……ふん、いいですけどね。僕もあなたになんて全然まったく興味ありませんし」
そのわりにはなかなか不機嫌そうだ。大変だな学者も。もうひとり、騎士の方をフレンが部下のソディアと紹介した。よかったね!上司に恵まれましたね!寡黙な人なのか、会釈だけして何も言わなかった。学者の方がウィチルと言うらしい。
フレンが言葉を続けようとして、それに被せるようにソディアが声を荒げた。
「こいつら、賞金首の!」
「ソディア!待て……!彼らは私の友人だ」
あっ俺も入ってる!有難うフレン!
というか、騎士の立場もあるだろうに、それでも迷わず友人と言えるフレンはすごいなあと場違いなことを考える。当然ソディアは動揺し、フレンに問い返している。
「事情は今確認した。確かに軽い罪は犯したが、手配書を出されたのは濡れ衣だ。後日、私が帝国に連れ帰り、私が申し開きをする」
その上で、と念押しのように、受けるべき罰は受けてもらうと言った。まあ、全てが終わったあとならいいかな。ソディアはすぐに引き下がり、ウィチルに報告を促した。
「もう用事は終わったんでしょ」
リタが完全に飽きた声で言った。待って!もうちょっと待ってね!報告は特に声をひそめる内容でもないらしく、普通に聞き取ることができた。連続している雨は魔導器が影響してるの?
「季節柄、荒れやすい時期ですが船を出すたびに悪化するのは説明がつきません」
「ラゴウ執政官の屋敷内に、それらしき魔導器が運び込まれたとの証言もあります」
そうなのか。魔導器ってすごいな。でもそんな天候を操るようなものを、いち執政官の入手できていいのだろうか。そんな規模、結界魔導器だって超えてしまうのでは。
「天候を制御できるような魔導器の話なんて聞いたことないわ。そんなもの発掘もされていないし……いえ、下町の水道魔導器に遺跡の盗掘……まさか……」
リタが訂正をしたかと思うと、ひとりでぶつぶつと呟きながら考え始めた。やはり、天候を操るレベルなんて存在しなかったらしい。しかし、今回の件はどうやら雲や霞のような話では無いようだ。ソディアがあくまで可能性ですが、と言うが、やはり可能性としてあり得ない話ではないらしい。
「その悪天候を理由に港を封鎖し、出港する船があれば法令違反で攻撃を受けたとか」
「それじゃ、トリム港に渡れねぇな……」
これは困った、と思っていると更にフレンから情報が追加された。
「リブガロという魔物を野に放って、税金を払えない住人たちと戦わせて遊んでいるんだ」
リブガロを捕まえてくれば、税金を免除すると言ってね。その言葉に先程の記憶が甦る。目の前で行われた蛮行、その時確かに聞いた言葉だ。エステルも思い詰めたように声をあげる。
「入り口で会った夫婦のケガって、そういうからくりなんだ。やりたい放題ね」
人の命をなんだと思っているのか。誰かの命を、生活を、自分の玩具や消耗品だと思っているのか。俺の眉間に知らず知らずのうちに皺がよる。カロルがあの時の夫婦の子どものことを口に出した。
フレンがいち早く反応する。言うのかと思ったが、ユーリがなんでもねぇよ、と訂正した。えっ、言わないの。
「色々ありすぎて疲れたし、オレらこのまま宿屋で休ませてもらうわ」
ユーリが俺をちらりと見て部屋を出る。ああ、これはなんかあるな。俺も追って部屋を出た。さて、いったい何をするつもりかね。なんとなく見当はついてるけど。
宿屋を出てから皆で相談する。エステルがちょっと遅れてきて謝ったので、気にしないで、と首を振った。
「これからどうする?」
「わたし、ラゴウ執政官に会いに行ってきます」
「え?ボクらなんか行っても門前払いだよ」
まあそうだろうね。さっきそうだったし。
「とは言っても、港が閉鎖されてちゃ、トリム港に渡れねえしな。デデッキってのほうもコソ泥も、隻眼の大男も海の向こうにいやがんだ」
「そうだねえ。なんとか渡らないとどうしようもないよね」
「うだうだ考えてないで、行けばいいじゃない」
珍しく乗り気のリタに全員の視線が集まる。ユーリも頷くと、話の分かる相手じゃないなら、と口角を上げてみせた。
「別の方法考えればいいんだしな」
荒っぽくないのが希望だけど、まあ、ちょっと望み薄だよね。意見が一致したようで、俺たちはラゴウ執政官の屋敷に向かうことになった。