何かにぶつけたように鈍く痛む頭に、頬に感じる土の感触。
自分はいつの間に地面へ横になったのだろう、などと考えながら目を開ける。
視界に写るのは赤い水に赤黒い土、命を感じさせない枯れ木のような物に、それを組み上げた尖ったバリケードが見えた。
こんな惑星の存在は聞いたことがない。
通信機器を操作してみるが、電源以外はうんともすんとも言わない。
自分の置かれた状態を理解し、舌打ちをひとつ。
おそらくこれは、アークス達の間で呼ばれているアブダクションという現象。
ダーカーの巣に、敵の拠点のど真ん中に墜落した。
させられた、と言う方が正しいかもしれない。
調査のため目的の惑星に向け出発しようとしたその時、大きくキャンプシップが揺れて警報が鳴り響いた。
記憶にあるのはそこまでで、後は先ほど地面の上で目を覚ましたところまで飛んでいる。
『……し……もし……』
電源を入れて放置していた通信機に僅かながら音声が入る。
しかしそれはかなりノイズが混じり、聞き取るのも困難なほどだった。
ダーカーの多さで通信が阻害されているのかもしれない。
動くのが得策とは思えないが、通信がジャミングされているなら通じる場所を探さなくてはならない。
武器の状態を確認し、通信機とありったけの回復剤を持ち、墜落したキャンプシップを後にした。
さすがダーカーの巣といったところか、ダーカーの数も種類も多く倒しづらい。
一人で戦うせいで疲労がたまるのも早く、なかなか先へと進めないでいた。
『もしもーし、聞こえてますかー?』
近くにいたダーカーを倒し終わったどころで、不意に非常に軽い感じのオペレーターの声が通信機から聞こえてきた。
今までのノイズ混じりのものとは違い随分とクリアな声。
だからこそ能天気そうなその声が癇に触ったが、苛立ちを抑えながら此方も返事を返してみる。
「……もしもし」
『あ、通じましたね』
とりあえず此方からの通信も通じているようだ、と安心する。
「救援をお願いします。シップが損壊してしまい脱出ができません。位置情報も確認できないので、そちらで位置の割り出しもお願いしたいのですが」
ホッとした半面、このオペレーターで大丈夫かが非常に心配になる。
このオペレーターとはそりが合わなさそうであるため、畳み掛けるように此方からの要望を伝える。
軽い調子での返事のあと、また連絡すると言われ一旦通信を閉じられた。
その直後、全身にざわりと鳥肌が立つような感覚に襲われる。
殺意と共に感じた気配に振り返ると、そこには自分が居た。
一瞬何が起こったかわからず目を丸くしていたが、それが敵だと言うことは理解できた。
自分と同じ姿の「何か」がこちらに手を向けたと同時に吹き飛ばされた。
「あ……ぐ…っ…」
吹き飛ばされた視界の端に炎の残滓が見えたところを見ると炎属性の攻撃、ラフォイエのようなものだろう。
こちらが戦闘体勢を整える前にさらに追撃が飛んでくる。
即座に衣装に追加したプログラムを解除し、迎撃を試みる。
不安定な体勢ではあるが此方も手を向けて炎を撃ち出し相殺を狙った。
攻撃は一見するとテクニックだが、あれは違う。
あれは自分の力と同じもの、自分の精神力と想像力で無に有を作り出す、言わば魔法〈マジック〉だ。
派手な爆発音がして、相殺出来たことがわかる。
そして、その向こうには自分と同じ姿をしたクローンが確認できた。
「……クローンなんて生易しい。生体のコピーまで作れるんですか、ダーカーは」
私の持つ魔法に似たフォトン特性を研究するために、数百のクローンが作られた。
しかし特性が発現したのは一割にも満たなかったと聞く。
さぞかし、私を研究していた研究者は悔しがるだろう。
「あの研究者が悔しがりそう、とでも考えていますか?」
自分と同じ声で、考えを当てられる。
記憶の再現か、思考を読まれたか。
ただ、なぜか直感的に前者だと感じた。
「……記憶の再現までされているんですか」
「ええ、私は貴女です。記憶も、出来ることも全て同じです。だから、安心してください」
カマをかけるつもりで聞いた言葉に笑顔で言葉を返される。
一瞬、彼女の発言の意味がわからなかった。
それがいけなかった。
思考を発言の理解に割いたその隙をつき、彼女はすぐそばまで接近し私の鳩尾を殴り付けた。
「、っ……」
詰まった息を漏らすだけで、声も出せずその場に倒れ込んでしまう。
うまく呼吸ができず、痛みと苦しさから汗と涙が滲む。
『もしもーし、もうじき救援が到着しますからねー』
通信機からオペレーターの緊張感の無い声がハッキリと聞こえてくる。
もうじき救援が到着すると聞こえているのに、呼吸が乱れ返事をすることができない。
「……救援感謝します。どの地点に向かえばいいでしょう?」
私の荷物から通信機を拾い上げ、彼女はこちらを見下ろしながら本部と会話を始める。
通信機の音量を変えられたのか、オペレーターの声はこちらに聞こえては来ない。
「わかりました。では向かいます」
話している間にようやく呼吸が出来るようになってきたが、彼女がそれを見逃すわけがない。
無理矢理立ち上がらされ、再度腹部に拳を打ち込まれる。
一撃でむりやり肺から息を吐き出させられて、そのまま私は意識を失った。
「生き……てる……?」
どれくらいの時間がたっただろうか。
変わらず赤黒い世界に居たが、四肢の欠損などはなく肉体は無事なようだった。
生かされたのか、殺さなくとも生きられないと判断されたのか。
どちらであろうと、今生きていることには変わり無い。
「……望ましくありませんが、誰かがアブダクションされるのを待つしかありませんね」
先の見えない状態でどこまで耐えられるかわからないが、無事に帰ると約束している。
その約束だけが拠り所だった。