2020年度前期のNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)の制作発表会見が、東京・渋谷のNHK放送センターで行われた。主人公を俳優の窪田正孝が務める。タイトルは『エール』で、102作目の朝ドラとして来春から放送される。朝ドラの主人公を男性が務めるのは14年後期の[マッサン]の玉山鉄二以来約6年ぶり(ヒロインはシャーロット・ケイト・フォックス)。朝ドラの主人公はほとんどが女性のため、会見で制作統括の土屋勝裕氏から「主人公を演じていただくのは窪田正孝さんです」と発表されて窪田君が登場した瞬間、会場では「えっ……」と、どよめきが起こった。

主人公は福島県の作曲家・古関裕而(こせき・ゆうじ)さんがモデル。古関さんは全国高等学校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」、プロ野球・阪神タイガースの応援歌として知られる「六甲おろし」、「闘魂こめて」こと“巨人軍の歌”、早稲田大学の応援歌「紺碧の空」など、をといったスポーツに関する楽曲や、ラジオドラマ『君の名は』『鐘の鳴る丘』などの楽曲を手掛けたことでも知られる。『エール』は昭和という激動の時代に、人々の心に寄り添う曲を数々生み出した作曲家と歌手としても活躍したその妻・金子(きんこ)さんとの物語となる。

主人公・古山裕一(こやま・ゆういち)役の窪田君は「今回お話をいただけて光栄ですし、モデルとなった古関裕而さんと奥様との絆というか、夫婦の形がちょっとかわいらしいというか、男肌でもあり、女性としてのしたたかさのある金子さんという奥様との一生を描きつつ、古関裕而さんの軌跡をたどる古山裕一という役を全身全霊で演じさせていただきたいと思います。現場の皆さんとたくさん話して、楽しい現場にして、全国、福島の皆様にエールを届けたいと思います。ここに決意表明を示したいと思います」と語った。

続けて、朝ドラ出演は、10年[ゲゲゲの女房]、14年[花子とアン]に続いて3度目となる窪田君は朝ドラ主演について「つい先日聞いた」といい、「朝ドラで主役……僕は女性と思われているのかなと一瞬思ったりもしたんです」と笑顔を見せた。「朝ドラは3回目。主役として抜てきされたのは初めてですし、本当に光栄です。プロデューサーさんから丁寧に説明を受けて、この作品の思いというか、『福島の皆様に届けたい、全国の皆様に届けたい』という思いが素直に入ってきた。自分の中でのやる気というか、決意がみなぎった感覚がありました」と話した。

古関さんは福島県福島市の出身で、80年の生涯で5000曲以上を作曲した。1936年には、26歳の若さで「六甲おろし」の通称で知られる「大阪タイガースの歌(現・阪神タイガースの歌)」を発表。48年には全国高等学校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」を発表するなど、甲子園球場にも極めて縁が深い。

窪田君は「六甲おろし」について「あらためて六甲おろしの歌を聴かせてもらったり、動画で甲子園というすごい聖地でみんなが黄色いあれ(はっぴやユニホーム)をまとってパコパコ(メガホンなどのグッズを)たたきながら子供から大人まで『はーんしーんタイガース』って、叫んでる。業界の方にも阪神タイガースのファンがたくさんいらっしゃって、たくさんの著名人の方が甲子園の後ろのモニターに映ってみんなで熱唱している姿とかを見て、やっぱり愛されている応援歌なんだなというのをあらためて感じた瞬間がありましたね」と印象を語った。

自身も小学生の頃に野球をやっていた経験があるといい野球は身近な存在。神奈川県出身で、年代的に松坂大輔を擁した横浜がPL学園などとの激闘を制して優勝する姿も「応援していた」という。「栄冠は君に輝く」の作曲家を演じることに「子供のころからすごく耳に入ってきて。それをつくられた古関さんの生涯を演じさせていただくというのはすごく光栄ですね」としみじみと語った。制作統括の土屋勝裕氏によると、作品中に登場する楽曲名は実名になる予定だという。さらに土屋氏は「曲を通して『あのころはああだったな…』と思い出してもらう作品にする」と説明。六甲おろしをバックに、1985年の阪神日本一の映像が放送される−という可能性もある。

また、朝ドラ経験者ということで、主役の大変さは目の当たりにしていたよう。「『花子とアン』で吉高(由里子)ちゃんを目の前で見ていたので、まずは体調管理です」と笑顔を見せると「撮影が終わったあとは、スタッフさんとごはんに行ってコミュニケーションをとりながら、現場の空気感をしっかり映像に乗せていければ」と抱負を語っていた。

会見では窪田君が朝ドラの印象を明かす場面も。「老若男女の皆さんに愛される作品で、伝統もある。朝の8時というすごく貴重な時間にも、観たくなるモノ作りをされている。爽やかなんだけれど、すごくシリアスさもあって。人間の裏と表というか、感情の激動的な部分を、“朝だから”とは言わずに描いている。そこが観る人の心をつかむんじゃないかなと思っています」と語った。

制作統括の土屋勝裕は窪田君の起用について「窪田正孝さんは、繊細さと大胆さ、強さと弱さを併せ持った深い魅力のある俳優です。青年時代から30年にわたる人生を演じ切るためには、そうとうの演技力が必要だと思います。人気・実力ともに今もっとも期待されている窪田正孝さんこそ今回のドラマにふさわしいと思いオファーしました。窪田さんは若い女性にも人気があり、演技力も確か」と述べ、「窪田さんのお芝居は非常に達者。古関裕而さんをモデルにした主人公の古山裕一は、音楽はすごい天才的な才能を発揮するんですけど、それ以外はダメ、みたいな。で、穏やかで優しくて。天才的な部分とダメな部分、そして優しさ、時には大胆にという幅広い役柄を演じられる俳優さんで、人気のある方をキャスティングしてみたいと思っていたところ、窪田さんの名前が挙がってきて、決めさせていただいた」と説明した。

小関さんをモデルに選んだ理由を、土屋氏は「日本の音楽史の中心にいた方。昭和史をたどっていくうえで、作曲家の目からその時代を描きたかった。波乱に満ちた昭和という時代。誰もが口ずさめるヒット歌謡を連発し、時代の寵児(ちょうじ)でありながら、驚かされるのは、手掛けた応援歌や校歌の多さです。甲子園の行進曲『栄冠は君に輝く』のタイトルがいみじくも象徴するように、自分のことよりも、人を元気づけたい、頑張ってる人、恵まれない人に声援を送りたい……そんな思いで、この人は戦前、戦中、戦後、数多の曲を作り続けたのではないだろうか」と語り、「こうして、ドラマ『エール』は生まれました」と説明する。「明るくポジティブな妻と、気弱だけど天才の夫……夫唱婦随ならぬ“婦唱夫随”。ドラマは、そんな2人の物語であり、また激動の昭和史でもあります。“戦争”という、先人たちの大変な犠牲の上に立っている現代。随分と生きやすくなったはずなのに、またどこか、息苦しく感じてる人が増えてる気がします。暗い時代も明るい時代も、人々の心を揺さぶり、励まし続けた“古関メロディ”のように、このドラマが、どうか、朝のひととき、誰かの“エール”になれますように―――」と戦時歌謡のジャンルで活躍したことに触れながら「戦後は戦争で傷付いた人たちに明るくなってほしい、笑顔を取り戻してもらいたいという気持ちで曲を作っていた人。作曲家自身の人生が昭和史と重なり合っている」と続けた。

制作統括の土屋勝裕氏は「このドラマのモデルとなった古関裕而さんの曲は、作曲者の名前を知らなくとも、きっと誰もが一度は耳にしたことがある曲だと思います。大正から昭和にかけて、福島は絹織物産業で潤う東北一の豊かな街で、絹製品の買い付けのために多くの外国人が訪れていたそうです。そんな福島から物語はスタートします」と紹介。

「西洋の新しい音楽に触れ、福島の豊かな自然と文化の中で育った主人公は、運命の女性と出会い、戦争という苦難を乗り越え、日本中を明るく励ます応援歌を作っていきます。主人公はいくつもの挫折を経験していきますが、挫折し傷ついたことがあるからこそ、他人を励まし応援することができるのではないかと思います」。

「音楽は言葉を超えて、心の奥に火を灯す力があると思います。皆さんの知っている曲が出てきたら、ドラマを見ながら一緒に口ずさんで、悩みを吹き飛ばして一日を明るく過ごしていただきたいと思います。このドラマが視聴者の皆さんへのエール・応援歌になれば幸いです」とコメント。

演出は吉田照幸、松園武大ら。脚本を担当するのは、[ハゲタカ][離婚弁護士][医龍-Team Medical Dragon-][コード・ブルー 〜ドクターヘリ緊急救命〜]、直近では[ドロ刑〜警視庁捜査三課〜]など、医療や経済をテーマにした社会派ドラマや、推理サスペンス、ラブストーリー、ホームコメディなど、様々なジャンルのドラマや映画の脚本を手掛ける林宏司。

林氏は「今回、夫婦の物語ではあるんですけど、作曲したご本人を主人公というふうにすることで、戦前、戦中、そして戦後と日本の音楽の歴史というか中心にいた方ですので、日本の昭和史をたどっていくって言った時に、作曲家の目からその時代を見て、という方(ほう)が時代も描ける、ということでは主人公は男性ということがよいのではないかと思いました」と、男性主人公の理由を説明した。

窪田君演じる主人公の妻を演じるヒロインは、この3月からオーディションを実施し、5月頃までに決める意向であることを制作統括の土屋勝裕氏が明かした。ヒロインオーディションを円滑に進めるため、きょうの主役発表に至ったという。

今回、求めているヒロイン像について土屋氏は「金子さんは明るく元気な女性だったようです。積極的に自分が思ったことを発言していました。なので、活発なイメージのある方がいいですね」と、話していた。

モデルとなる金子(きんこ)さんは、豊橋の生まれで、古関氏が海外の作曲コンクールで上位入賞したことを新聞記事で知り、自分から手紙を送り、文通を重ねて結婚。音楽以外はからきし頼りない夫の尻をたたき、プロデュースし、夫のミューズであり続けた。自身も将来を嘱望された声楽家だったという。

同作は3月から4月にかけてヒロインオーディションを実施。初秋のクランクインを予定している。


■NHK連続テレビ小説第102作『エール』あらすじ
日本が生糸輸出量世界一となった明治42年、急速に近代化がすすむ福島の老舗呉服店に、待望の男の子が誕生する。のちに多くの名曲を生み出すことになる天才作曲家・古山裕一である。

老舗の跡取りとして育てられた裕一だが、少々ぼんやりしていて、周りには取り柄がない子どもだと思われていた。しかし音楽に出会うと、その喜びに目覚め、独学で作曲の才能を開花させてゆく。青年になった裕一は家族に内緒で海外の作曲コンクールに応募。このことが裕一の運命を変えてしまう。なんと応募した曲が上位入賞したのだ。そしてそれをきっかけに、裕一は歌手を目指しているという女学生と知り合う。福島と豊橋―遠く離れた地に住みながらも、音楽に導かれるように出会った二人は、結婚。上京すると、二人には個性豊かな人々との出会いが待っていた。そして不遇の時代を乗り越え、二人三脚で数々のヒット曲を生み出していく。

しかし時代は戦争へと突入し、裕一は軍の要請で戦時歌謡を作曲することに。自分が作った歌を歌って戦死していく若者の姿に心を痛める裕一…。 戦後、混乱の中でも復興に向かう日本。古山夫妻は、傷ついた人々の心を音楽の力で勇気づけようと、新しい時代の音楽を奏でていく――。