※小ネタ。子ども時代のカカシ班。
地べたに這うように身を伏せて、目の前を歩く蟻程も気配が漏れないようにと努める。
此処は草木が鬱蒼と生い茂る森の中で、姿を隠すことは容易かった。けれど、忍びにとって「視認出来ない」ことなど何の弊害にもならない。
気配を断ち、「無」であることを己に課して初めて、他者から姿を隠したことになる。
とはいえ、このままこの場所に留まっているだけでは、当然転機は訪れない。
だからこそ、慎重に、細心の注意を払って、目線の先の『彼ら』を観察するのだ。
銀髪の上忍に二人がかりで挑むサスケくんとナルトは、波の国から帰還して以来、目覚ましい成長を遂げている。
写輪眼こそ顕にしていないものの、同時に二人の相手をするカカシ先生は真剣そのもので、何時もの飄々とした余裕のある態度は全く感じられなかった。
それでも、時おり意識を周囲に向けては、残りの1人―つまり私の出方を窺うことも忘れていない。
あともう少し、彼の注意を逸らすことが出来れば。
そう思った矢先、サスケくんが近距離から放ったくないがカカシ先生の頬を掠めた。
好機を逃すまいと気配を殺したまま飛び出し、彼の死角から接近するが。
サスケくんがカカシ先生に与えた一撃に、よりにもよってナルトが一番過敏に反応した。
その隙をつかれ、気が付いた時にはナルトの身体は地面に叩き付けられていた。
不覚にもそれに気を取られた瞬間、突如放たれた威圧的な空気に押し潰されそうになる。
それが目の前の男から発せられているのを悟り、本能の域で身体を震わせた。
次の瞬間、自分の身体が派手に吹っ飛ぶのを他人事の様に感じていた。
サクラちゃん!と悲鳴が上がったのと、私が地面に落ちたのと、ほんの僅かな動揺によってサスケくんが地面に叩きつけられたのと。
それら全てが、同時に終わった。
「…直情的だねぇ、お前らは。忍びの癖に」
のんびりとした声で第一声を発したのは、たった今、数秒で部下を地べたに這いつくばらせたカカシ先生だった。
「カカシ先生、ひどいってばよ!サクラちゃんをあんなに吹っ飛ばすなんて…!」
「敵の忍びにはそんなの関係ないでしょ。女の子だからって手加減してくれると思ってんの」
嘘だ。
いや、言っている事は至極尤もだが、少なくともカカシ先生は手加減していた。
数メートル吹っ飛んだのには違いないが、着地点は生い茂った草木がクッションになるような場所だったし、実際痛みは殆ど無い。
彼らに私が派手にやられたように見せかけて、此方へのダメージは最小限に抑えている。
それに、先程の威圧感だって。
此方の動きを止める程のものだったのに、決して殺気では無かったのだ。
波の国で感じた、あの気が狂うかと思う程の圧倒的な気配には程遠かった。
「三人で一個の鈴だよ?チームワークがあれば簡単に終わる筈だけどねぇ」
首を傾げている様子から、その台詞が嫌味でも何でもなく純粋な疑問として発せられているのを感じて、俯いた。
今日一日で、こうやって地面に這いつくばったのは何度目か分からない。
「どうする?しんどいならもう止める?」
カカシ先生が、全員に聞こえるように素っ気無く言い放った。
「ま、提示された逃げ道を選ぶなんて負け犬のすることだけどね」
今度はあからさまな挑発で、私達の神経を逆撫でする。
「止めるわけねーってばよ!このまま終わってたまるか!」
「…当然だな」
それに二人が過剰に反応する事は、カカシ先生にも、私にも、予想通りの展開だ。だから、私はカカシ先生を見たし、カカシ先生も真っ直ぐに私を見た。
「サクラはどうなの」
その視線と、問い掛けの意味は解り過ぎる程理解している。
彼等の成長に、遅れを取っている自分に歯噛みしながら、それでも何処かで思っていた。
私は、女の子だから。
それは、至極一般的な発想に思えた。
結局私は、逃げたのだ。
女の子だから。
相手は上忍だから。
くだらない言い訳を連ねて、己が提示した逃げ道を選んだ。
至極一般的な、負け犬の発想だ。
さっきだって、決して好機を見誤った訳じゃない。
気配は完璧に消せていた。ナルトに気を取られなければ、カカシ先生が気付くのはあと数瞬遅かっただろう。
例え気付かれたって、抗えば良かったのだ。
己を律していれば、あの威圧感の中だって、印を組むことぐらい出来たかもしれない。
悔しさに身体が震えた。
―このままで、終わってたまるか。
震える拳を握りしめ、叫んだ。
「ナルト!あんた、サスケくんをいちいち意識してんじゃないわよ!カカシ先生に一撃くらわすことが目的じゃ無いでしょ!」
叫び声を聞いて、ナルトは驚いた様にぽかんと私を見た。
同じ様な表情で此方を見たサスケくんにも、なるべく毅然とした態度に見える様に言い放った。
「サスケくんも、私が吹っ飛んだぐらいで動揺しないで。…説得力無いけど、信じて」
目線の先の、カカシ先生を挑む様に見据えた。
「私も、もう逃げない」
私の言動に、青い瞳が満足そうに細められた。
「ま、それでこそ俺の部下だね」
じゃ、いつでもかかってきなさい、とのんびりした口調で告げながら読書に耽り出した彼から視線を外す。
三人で頷き合って、彼から距離を置いて身を隠した。
今度こそ、カカシ先生を出し抜くための策を講じようと思考を巡らせながら。
(追記におまけ有)