※先日投下したパラレルkkirの続き(笑)とりあえず事情が見えるぐらいまで続けたい気もする。もしくは浮かんでるネタが尽きるまで。
パラレル、人外、主従、などなど抵抗ある方はご注意。
「大雑把な国なんだよ、此処は」
主となった男に連れられて訪れた場所は、緑が豊かで綺麗な国だった。
敷き詰められた石畳も、レンガ造りの家々も、区画にそって丁寧に建ち並んでいる。
「この辺は…城下町っていうのかな。ま、そんなに広い国でもないし、貧富の差もそんなに無いと思う。先代がよく治めたんだろうね」
説明を受けながら男の後ろをついて歩く。暫く歩くと、円状に広がる広場に出た。中央には小ぶりの、けれど美しい噴水がある。
人通りも多く、すれ違う人々の表情は明るい。ここは統制のとれた平和な国なのだと分かる。
「先代が、ですか?」
「うん、先代。ついこの間、君主が変わったばかりだから。それでも混乱がないのは、先代の君主の信頼に置けるところだと思うよ」
そこまで話し終えたところで、すれ違った女性がふと男の顔を見上げ、おや、と呟いた。
「当主様じゃないかい。どうしたんですか、こんなところで?」
おおらかでふくよかな中年女性、といった様子の彼女は、気軽な調子で声をかけてきた。
当主、ということは、この女性も彼に仕える女給のようなものなのだろうか。
「ん、ちょっと私用でね」
「そうですかい。でも、当主様とあろうものがあまり城をお開けにならないで下さいよ」
からからと明るい笑い声を残し去って言った女性の一言は、どこかが酷く奇妙だった。
「城?」
「うん。そんなに大したものじゃないけど」
何やら事情が見えてこない。
冷静に考えれば、俺はこの人の素性を一切知らないのだ。
何せ、出会ったのは「あの森」だったし、あの時の俺はまともじゃなかった。
名を与えられ、それに縛られる事を容易く赦し、一生を彼に仕える事に捧げる覚悟ができてしまう程。
それにあの森からこの国に辿り着くまでの数日の間も、彼の素性についての話は一切しなかった。
「着いたよ」
彼の言葉に我に返り、前方を見る。
格子状の大きな門の先の先に、ソレはあった。
「ね、大したことないでしょ?」
「…十分立派だと思いますけど」
その建物は、確かに一般的に城と呼ばれるような、高くそびえ立つものでは無かった。
けれど、屋敷と呼ぶにはあまりにも広大な建物が厳かに佇んでいる。
諸々の出来事を反芻し、思い当たる仮説を恐る恐る口にする。
「ひょっとして、主はこの国を治める者、なのですか?」
「あー、うん。何の因果かこの間から、ひょっこり」
「ひょっこりって…」
身につけている衣服などから、血筋は良いのだろうと見当はつけていたが、まさか。
「…先程の女性はお知り合いなのですか?随分気安いように思いましたが…」
「いや、知らない。国王とか君主とか、堅苦しいじゃない。だから、当主って呼ばせてんの。国をひとつの家だと見立てれば、みんなが家族ってね」
ま、それも先代の教えだけどね。
そう言ってにっこり笑う男を見て、俺は少し愕然としてしまった。
こんなにも軽い調子で国を治める主がいるなど、考えもしなかった。
「…とんだ国王様ですね」
「言ったでしょ、大雑把な国なんだって。俺も含めてね」
おどけた様にそう言った彼に、不意に腕を掴まれた。
どうしたのですか、と尋ねようとしたところで、彼の眼が怖い程真剣なのに気付く。
「ね。俺の身分は、あんたの立場には不利?あんたが何者かなんて知らないけど、でもこの門を潜ればあんたは本当に俺の従者だ。この先、手放す事なんて出来ないよ」
射抜かれるような視線に、心臓がざわざわと騒ぐ。
その感情を何と呼ぶのか、俺は知らないけれど。
「貴方を主にと、望んだのは私の方です」
同じくらいの強さで、彼を睨む様に見据えた。
暫く見つめあった後、ふと視線を緩めたのは彼の方。
「その言葉。忘れないよ、イルカ」
「…その呼び名はどうにかなりませんか」
与えられた名は、数日経ってもしっくりこない。それとも、呼ばれている内に馴染むのだろうか。
けれど、その名を呼ばれる瞬間、胸の奥に燻るような熱が灯る。
それは多分、喜びという感情に近い。
「イルカって呼ばれるの、嫌?」
「嫌ではないですけど」
「ん、じゃあ、イルカ。俺の事はもっと気安く呼んでいーんだよ。カカシでいいから」
「主に向かってそれはありえませんね」
きっぱりと言い切って、城門に手をかける。
その主が言ってんのにー、と呟きながら、彼の手が俺のそれに重なった。
「心配しなくても、ちゃんと城門を開ける門兵がいるんだよ」
「…今は居ないみたいですけど」
「んー、多分昼ごはん?」
呑気な国だ、本当に。
とは声には出さず、胸の内で悪態をつく。
それとも、ひょっとしたら。
この男はすべてを承知しているのだろうか。
この国に、「敵が攻め込むような事象は起こらない」、という事を。
「その内戻ってくるよ」
そう言って、重ねた手を引き寄せられ、抱き締められた。
蕩けるように優しい笑みを浮かべ、額に口付けられる。
分からない。
どうして俺を、こんな風に望むんだろう。
「イルカ」
囁く声にぞくりと背筋が震える。
あの森で、初めてこの男に出会い、そう呼ばれた瞬間。
彼に名を与えられ、縛られる事を何の疑いも無く受け入れていた。
黒い獣の姿から人型に形を変えたバケモノに、信じられないほど優しい眼を向けたこの人に。
「あー、イチャイチャしたい」
(イチャイチャ?)
ぼそりと呟かれた言葉の意味は理解出来なかったが、抱き締める腕は心地よくて、そのまま身を任せた。
城門の向こう、遠くから慌てた様子で走ってくる人影がある。
間も無く門は開くだろう。
そうすれば、俺は、この人に一生仕える事になる。
全身全霊をかけて、己の全てを捧げるのだ。
不意に、脳裏に朧げな記憶が甦る。
浮かぶのは、鮮やかな深紅の髪。
人型は美しい女の姿で、けれど、狐の様な獣の姿も持つ、俺と同じバケモノ。
彼女は、ある日突然あの森から消えた。
『あのね。私、今まで決められなかったの。人間を憎むべきなのか、恐れるべきなのか、それとも崇めるべきなのか』
落とされた言葉は酷く苦しげに響いたけれど。
『でも、気付いちゃったってばね』
此方に向けられた瞳も、哀しげに歪められていたけれど。
その奥に潜む感情は、狂喜だった。
『私達は、人間を愛してしまう事も出来るんだって』
突然消えた紅い女が、今になって気になるのは。
あの時紡がれた言葉が、今になって甦るのは。
答えを導き出そうとする思考を無理矢理止めて、彼の腕に身を委ねた。
抱き締められるなんて、まるで愛されてるみたいだ。
愛なんて感情に、意味は無いのに。
その内に、門は開くだろう。
彼に仕えることに意味を見出す事が出来るならば。
俺は初めて、運命に抗う事が出来る。