※出てくる人物は全て仮名です。
高校を卒業し、特にやりたい事も見つからない私はそのまま何となく女子短大へと進んだ。
高校時代、何度か告白された事はあったが、全て断ってきた。短大に入り、合コンなるものに誘われ参加した事はあったが、私はもっぱら盛り上げ役に徹し出会いどころではなかった。
何となく、男の人が怖かった。女を見るような目で見て欲しくなかった。大人になりたくないという中学時代の葛藤が未だ私の身体を蝕んでいた。
もう、私はこのまま誰も好きになれないんじゃないか。そう考えては一人涙を流していた。
そんなある日、私は友人の誘いで派遣会社でバイトをする事になる。
友人は前々からその派遣会社でバイトをしていて、事務所で働く内勤の人達とも仲が良かった。
友人の紹介もあり、私も事務所の人達とすぐに仲良くなった。
支店長は30歳、事務所で働く人達もみんな20代という、若い職場だった。
私はみんなの妹分として大層可愛がられた。
その事務所で働く人の中に佐藤さん(24)という男の人がいた。いつも笑顔で明るい佐藤さん。なんとなく中学時代に気になっていた淳一に似ていた。
事務所に行けば佐藤さんが笑顔で「おー!壱ちゃん!」と迎えてくれる。佐藤さんとお喋りするのがとても楽しく、私は次第に佐藤さんに惹かれていった。
佐藤さんは副業でバーテンをしていた。私は友人と一緒に店を訪れ、私をイメージして作ってくれたカクテルを見て涙が出る程喜んだ。
告白、しようかな。そう思っていた矢先の事だった。いつものように事務所に行くと佐藤さんがいない。お休みなのかな?
事務所のお姉さんに聞くと、「佐藤くんね、今ちょっと傷心中でね」と言われた。
嫌な予感がした。
数日後、噂で佐藤さんが好きな人に振られたのだと聞いた。佐藤さんは年上の女性が好きだということも。
更に数日が過ぎ、その日は雨だった。私が駅までの道を歩いていると、前方に佐藤さんが雨宿りしている姿を見つけた。
どうしようか一瞬迷ったが、私は思い切って佐藤さんに自身の傘を差し出した。
「入りません?傘無いんでしょう?」
すると佐藤さんはいつもの笑顔で「ラッキー♪」と言い傘に入ってきた。
佐藤さんとの相合傘。少し前の私なら飛び上がる程喜んだろう。でも今は...複雑だった。
佐藤さんはいつもの調子で私に話しかけてきた。
「無理、しなくていいですよ」
私が言うと佐藤さんから笑顔が消えた。
「聞いちゃいました...好きな人に断られたって」
すると一瞬後、佐藤さんはニッカリ笑い、「壱ちゃんにバレちゃったかー。カッコ悪いなー俺!」と大袈裟な程明るく、私に笑顔を見せた。
そうか。そうなんだ。
「話ならいつでも聞きますから!!私だって役にたちますよ〜?」
私は笑顔で、勤めて明るく返答した。
「そういう風に明るくされるとなんか気が楽になるよ、ありがとね!」
そして私は佐藤さんと駅で別れた。
お互い最後まで笑顔を通した。
そうなんだ。
私は佐藤さんの笑顔の裏を覗かせては貰えなかった。佐藤さんの笑顔が拒絶であると、私は知ってしまった。
私は最後まで、妹分から抜ける事はできなかった。
1ヶ月後、佐藤さんは挨拶もなく、一人東京へと旅立っていった。