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自殺

出来なかった。酒と薬、あの頃と同じ方法、浮上してしまった意識、動かなかった身体、ある意味生きながらに死んでいるようで、あの頃を思い出した。
11月の寒さと、今と違う好きな人と、今より少ない口数と、今も続いてる友人関係と。
ブログでたくさんのものを得た。たくさん汚いものを吐き出した。たくさん失った。でもこれがあたしなんだ。そう思っていたけど、本当のあたしなんていなかった。
本当のあたしなんか居ないけど、どうにか生きてる。

27時間ぶりに目覚めて吸った煙草がめちゃめちゃ美味しくて、生きてる気がした。
友人が電話の奥で少し涙ぐんで「死なんといて」と言っていた。
惨めだけどもう少し生きようと思った。

教育実習が終わって、結局「教員になりたい」とか言っている人でも進学校でいじめのない平和な世界にずっと居た人は、いじめられている子供が居ても疎ましいんだと思い知って。期待をしていたわけではないけれど勝手に絶望していた。だからあたしが教員になって世界を変えてやるとも思わないけど。いじめはなくならないのはわかっているけど、いじめをなくそうとも思わないんだね。何か虚しいな。でもこれが本質なんだろうなあと思った。面倒臭いんだろうなあと思った。

「自信ってどうやったら持てるかなあ」って自己卑下の塊のあたしが、懸命に前を向こうと努力しても「自分で考えましょう」と一蹴された。便所で半年飯を食って来い。孤独も知らないくせに。死ねばいい。そんなことを考える自分は悪なのだろう。
誰にでも手を伸ばすメサコン男が一番きらいだ。顔の話題もきらいだ。誰がブス、誰がブサイクって言いながらけらけら笑って自分のことを棚に上げる人間がきらいだ。全部あたしに向いているみたいでこわい。幸せだからそういうことが言えるんだよ。

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