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教育実習が終わって、結局「教員になりたい」とか言っている人でも進学校でいじめのない平和な世界にずっと居た人は、いじめられている子供が居ても疎ましいんだと思い知って。期待をしていたわけではないけれど勝手に絶望していた。だからあたしが教員になって世界を変えてやるとも思わないけど。いじめはなくならないのはわかっているけど、いじめをなくそうとも思わないんだね。何か虚しいな。でもこれが本質なんだろうなあと思った。面倒臭いんだろうなあと思った。

「自信ってどうやったら持てるかなあ」って自己卑下の塊のあたしが、懸命に前を向こうと努力しても「自分で考えましょう」と一蹴された。便所で半年飯を食って来い。孤独も知らないくせに。死ねばいい。そんなことを考える自分は悪なのだろう。
誰にでも手を伸ばすメサコン男が一番きらいだ。顔の話題もきらいだ。誰がブス、誰がブサイクって言いながらけらけら笑って自分のことを棚に上げる人間がきらいだ。全部あたしに向いているみたいでこわい。幸せだからそういうことが言えるんだよ。

月曜

いつの日だって「この人と会わなければ幸せだった」と思う人は居るのだろう。高校を嫌いになりたくなかったけど、あたしの知らない後輩が実はあたしと同じ高校を出ていて、ドラムの練習はしなくても基礎が出来ているのでメトロノームの音聴けば大丈夫、みたいなクソ驕ったことを言っていて、驕るならあたしにご飯を奢ってくれ、とか意味のわからないことをぐるぐると考えてた。

「諦めないで」「頑張って」「この世に生まれた意味はある」とか歌って、承認欲求満たされてるのに愛と平和を訴えまくって武装する路上のミュージシャンが嫌いだ。話しかけられたくなかった。あたしのやっている音楽なんて言えないことをお腹に溜めて定期的に吐いてる猫の毛玉と一緒だから、一人でやればいいし一人で傷つけば良い。わざわざ同調とか必要ないと思った。

友達になろうよって何だろう。友達ってどうしたらなれるんだろう。小さい頃のあたしはどうして色んな人に友達になろうって声をかけていたんだろう。やっぱりその頃から頭がおかしかったのかなって、思った。

クレジットカード

何でも買える魔法のカードで友達が欲しかった

初めまして!宜しくお願いします (^^)/

じゃねーよばーか。死んでろ。

どうして春が苦手なのだろうってずっと考えていた。出会いと別れの季節だ何だとか言ったって、大学に友達居ないのは相変わらずだし、別れる人も出会う人も居ないのになあ。季節ごときに踊らされていてばかみたいだ。ゲロでも啜ってろ。最近季節性の鬱とか言ってる奴はどうせそれなりに友達が居るんだろう、とか、あたしみたいに便所で飯でも食ってろ、とか最低なことばっかり考えてしまう。大学生なんて死ねばいい。みんな大学生は死ねばいい。大嫌いだ。死ねって言葉はトゲトゲ過ぎるから大麻吸って警察につかまって人生終われば良い、って言い換え方を仲良しの友達(大学には友達が居ないので大学外の友達)に教えてもらったので使わせてもらっているのだけれど、それはそれで酷いよ、って指摘されてしまった。

「諦めないで」とか「頑張って」とか「この世に生まれた意味はある」「無駄なものなんて何ひとつないよ」とか言ってる人間は、旬の果物の一番食べ頃を本能的に知っていて、我先に掠め取って痛んだ果肉は地面に吐き捨てて、あたしにくれるんだろうな。諦めないでねって。なにそれみたいな。上から目線。もう元々見上げるしか出来ないぐらい底辺ですけど。

 

「わたしは根暗だから」って過剰装飾する美大生は、どうして同じ側に居るあたしの手首を見たら汚物を見る目で見るのだろう。まあ実際汚いけど。でも少しは綺麗になったけど、先生のお陰で。どうせお前のは本物じゃあないんだろう。そんな考えが頭の中を過るけど、じゃああたしは本物なのかと言われたらそうでもないし。よくわからない。勝手に独りで泣いてろよって思ってるから、自分でも勝手に独りで泣いている。いつも「あー自殺してえー」って言葉が喉から溢れる。別に何か怖いことがあったから死にたくなったとかそういうわけではなくて、何かもう、自分はさっさと自殺しなきゃいけないんだみたいな考えが染み付いて取れないみたいだ。どーでもいいけど。本当にどうでもいい。

 

3年前ぐらいまで「頑張れ」って言葉がこの世で一番嫌いだと思ってた。季節の中で春が一番嫌いなのと同じで。死後間もない人間みたいに生温くて気持ち悪くて本当に大嫌いだ。心臓がひやひやする。大好きな犬が死んだ時の安らかな顔とかまだあたたかくて手足もやわらかで、硬直してないこととか、今年の春ずっとぐるぐる思い返していた。

でも、色んなことを話せるこの人の隣を歩けたらどんなに幸せだろうか、って思っていた人が「がんばってね」って口にした時に、するっと自分の中に入って浸透していったから、ただの現金で馬鹿な女が「頑張れなんてきらい」とか「もう頑張ってる」も言えるほど頑張っていないのに、頑に拒絶しているだけだって気付いた。

恋愛の好きは重い。鉛のようだ。「好きです」とか言われた時、嬉しかったけど自分の中にずどん、と重りが落ちて来たような気持ちになった。今東京湾で泳ごうものなら、沈んで永遠に上がって来れなくなるぐらい重くて息が出来なかった。どきどきしたからとか、そんなんじゃなくて。ねえ、どうしてみんなそんな風にブログとかに今日あった恋人とのあれそれを書いて、最後に「やっぱり誰々くんが好き、あいしてる」なんて書けるの。どうやったらそうやって書けるの。友達にすらなかなか時間が経たないと好きって言う勇気を持てないよ。駄目なんだろうか。あたしが駄目なんだろうか。

 

今思い返すと19歳って、10代の終わりで少し大人に思えるけどまだ20歳じゃない、一番特別な年齢な気がした。漫画や音楽でいっぱい出て来る17歳って年齢より、ずっと輝いてきらきらに思えた。

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