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ネタ:おとぎの国の主人公(x25)


 王子様がいて、お姫様がいて、舞踏会があって。

 そんな世界に生きていたから、私もいつか運命的な出会いをして素敵なひとと結ばれて幸せになるのではないかと、幼い頃に思っていたことも あ り ま し た。

 現実はどうだ。

 最初に圧倒的で理不尽な暴力に襲われたとき、誰も助けてくれなかった。何も助けてくれなかった。頼りになったのは己の拳のみ、という状況に、私は少々世を拗ねた。

 そうした自棄も伴って無茶を続けて焼きが回って人生二度目の絶対的危機に陥ったとき、救ってくれたのは白馬に乗った笑顔の眩しい王子様ではなく、バイクに乗った煙草片手の同業者だった。恋に堕ちるより先に、向こうが地獄に落ちるだろう。

 そして反省もしなかった私が陥った三度目。ついに王子様が現れた、のだったらまだ良かったが、順番が逆だった。王子様、もとい皇子様の出現で私は彼岸をさ迷う羽目になり、再び例の同業者に拾われ、運命より先に呪いの可能性を感じているうちに自体は一応の区切りをつけたようで。

 王子様がいて、お姫様がいて、舞踏会があって。そんな世界が帰ってきた。人生は修正されるものだろうか。少々気にくわない。私は壇上の光を見つめた。演説は続いている。国のために生きろと訴えている。聴衆の視線は熱い。

皇子改め皇公にして、帝国軍総元帥。

なんの因果か私の婚約者であるらしい。


 * *


 王子様がいて、お姫様がいて、舞踏会があって。

 そんな世界に生きていたから、私自身が皇子であったから、運命的な出会いによる婚姻から得る己の幸せなど、ただの一度も望むべくもなかった。私は帝国のために在って、私の幸福はすなわち国の安寧と繁栄である。

 しかし、人生は転換するものだろうか。すべて帝国のために、と選択してきたその末に、国が滅びかけた。王子様もお姫様も、市民も奴隷も、何万人死んだか分からない。平穏は平等に破壊されて、やがて不公平に戻ってきた。私は壇上から聴衆を見渡す。色彩も鮮やかに着飾った王公貴族諸君の中、針にしか見えないがあれがそうだろう。

随一の規模を誇った犯罪組織の元幹部にして、財閥貴族のご令嬢。

なんの因果か私の婚約者であるらしい。

 *

「これだから」

「人生は」

「面白い!!」





#しろた夜の1本かき勝負
お題:おとぎの国の主人公

寝ぼけまなこじゃ勿体ない!

しゅうまつにひびくさいれんと


 目覚まし時計を抱き締めて30分の寝坊。朝食を犠牲にして帳尻を合わせ、家を飛び出した。外は気持ちのいい秋晴れ。青空は高く、空気は清々しい。その日はいつもと変わらない、平穏な土曜日だった、はずなのに。信号の点滅する横断歩道を小走りで渡りきった、そのとき。

 町中に等間隔で設置されたスピーカーが、一斉に鳴り響いた。夕焼けチャイムと花火大会の実施の可否以外の音を流すのを聞くのは初めてだ。と思った思考は、早くもこの現実から逃げ始めている。

 この国に住んでいて、この音が意味するものを知らない人間はいない。平仮名を習うより先に教え込まれる。脅し文句にすることさえ許されない、口に出すことも憚られる。疑念の余地はない。絶対的な決まり。平仮名が「ん」で終わるのと同じ。

 走り出した。
 放送は残酷なまでに公平に届いている。呆然と立ち尽くす人、慌てた様子で電話をかける人、怒っている、泣いている、祈っている、笑っている。ぶつかりながら駆け抜けた。きっとひどい喧騒が広がっているはずなのに、わたしの耳に入ってくるのは自分の荒い呼吸だけだった。

 鞄の中には読みかけの文庫本、録画したまま見ていない番組が何本も残っていて、冬が来る前にと買ったコートはクローゼットに吊るしてあって、バイトのシフトは来月まで出ていて、次の土曜は歯医者の予約をしていて、月曜の二時限目が期限の宿題は机の上に積んである。それなのに、もう、明日は来ない。

 待ち合わせ場所にはすでに彼が立っていた。周りの異常な有り様とはまるで切り離された場所にいるかのように、いつもと変わらない姿勢で本を開いている。それでも声をかける前に視線には気がついて、

「早かったね」

と言った。
 いつもと同じ、静かな声。どうしてそんなに平然としていられるのか、詰め寄らずにはいられなかった。彼が本を閉じる。

「君が、」

いつもと違う、微笑み。

「急いで来てくれたみたいだから。ありがとう」

 平仮名が「ん」で終わるのと同じ。
 この世界は、サイレンが鳴ったら終わり。

 膜一枚隔てた騒音の中、溺れるように。もがくように。最後に感知できたのは、呼吸と、鼓動と、穏やかな彼の視線だけだった。





#しろた夜の1本かき勝負
お題:しゅうまつにひびくさいれんと

インスパイア:ヘッドフォンアクター

ネタ:君の手をとる(ゆうはん(仮))


 たぶん、少し酔っていたのだと思う。何を名目にしたのかは忘れてしまったが、2人で、珍しく俺の部屋で飲んだときのことだ。実家を出てから雀野を呼ぶのは初めてで、ちょっとした緊張もあり、いつもより酒が進んでしまって、俺はつい彼に面と向かって言ってしまったのだった。

「人が死ぬところなんて、初めて見た」

あのときのことはタブーではなかったが、お盆にあいつが帰ってきているとき以外に口に出すことはなかった。あの事件は、事件と呼ぶにはあまりに自然で、静かで、しかし当事者の2人はもちろん俺にとっても大きな出来事だったことは間違いない。天災のようだった、と当時を振り返ると思う。

「俺も初めてだったよ」

 雀野は不審な顔も不快な顔もせず、さらりと答えた。いつもと変わらないその様子が、なぜだかいつもより距離を感じさせるものに思えて、俺はわけも分からず少し動揺した。

「なんで、」
「なんで殺したか?」

俺の言葉を雀野は引き取って、かすかに笑った。くだらない冗談を言い合ったときの笑い方と同じ。

「それ、駒江にもよく訊いてるだろう。被害者はなんて?」
「……あいつは、心中に失敗したとか、痴情のもつれとか、返り討ちにあったとか、同じだったからとか違ったからだとか、適当なことばっかり言うぞ」
「あきれるなぁ」

雀野はやれやれと首を振って、先生のようなことを言った。

「で、君はどう思う?」
「……お前とあいつは違う」
「……そう」

俺にとってみれば、ずっと思っていたことを声に出しただけだ。それなのに、雀野が思案深げに目を伏せて黙ったので、俺も黙ってしまった。お互いに何かを考えていたのかもしれないし、何も考えていなかったのかもしれない。いや、少なくとも雀野は、分かりやすい答えを探してくれていたようだ。しばらくして出てきた言葉は突拍子もなくて、答えにしては不親切で、それでいて妙に俺を納得させた。

「俺が彼の誘いに乗っていたら、君とは友人でいられなかったかもしれない」

「そういうことなのか」
「そういうことかもね」

まあ、納得した気になったのはこのときだけだったが。


 以来、俺は雀野に直接“犯行動機”を聞いたことはない。聞いたところで俺にはきっと彼のことは分からないだろう。だが、いや、だからこそ、か。俺は今でも雀野の友人である。





#しろた夜の1本かき勝負
お題:君の手をとる

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