寒暖の差の激しさのせいか、盆が過ぎて気が緩んだのか、雀野が体調を崩した。
 休み時間を待って保健室に様子を見に行くと、養護教諭の姿はなく、4つ並んだベッドの中で、左手奥、窓際のそれだけがカーテンを閉じられていた。静かだ。知らないやつが居たら気まずいなと思いながら軽く声をかけてカーテンの中を覗くと、

「お前何してんだ」

淡い光に真っ白な寝顔をさらしている雀野の傍らに、駒江が立っていた。
 駒江は俺に驚く様子もなく、雀野から目を上げて「呼ばれたから」と首を傾げる。同世代の男にやられても、欠片も心に響かない動作だ。

「呼ばれたって、誰に」
「ナイショ」

駒江はウフフと笑った。気味が悪い。そもそもこの学校にやつの知り合いは俺と雀野だけのはずで、俺はこいつを呼ぶわけがないから、呼んだのは雀野以外にいないだろう。駒江のふざけた答えもそうだが、俺の問いもおかしかった。質問を変えよう。

「どうやって入ってきた」
「こういう建物の警備って、性善説に基づいてるよな」

知りたくなかった。

「……俺が来なかったらどうする気だった」
「んー何も」

何も、って。

「男の寝顔見て楽しいかよ」
「女の死に顔よりマシだな」
「……うわっ」
「冗談だよ!」

駒江はここでまた気味の悪い笑顔を見せた。

「お望みとあらば、王子様よろしくキスしてやってもいいけど?」
「おい雀野起きろ!」
「あっバカ起こすな」

これだけ騒いでも雀野が気付いた様子はない。余程具合が悪かったのか。
 その後、養護教諭の帰ってきた気配を敏感に察知して、駒江は「じゃあな」と言い残し出ていった。窓から、軽々と。本当に、何をしに来たんだ。俺は教諭と話しながら、ぼんやり、保健室が一階にあるのは問題だなと思った。

 以上は、雀野の知らない、俺と駒江の話のひとつだが。あのとき駒江がどんな表情で雀野の顔を見ていたか、それだけがどうしても、思い出せない。





・・・・・


不法侵入はともかくとして、健全なDKが保健室まで友達を見舞うか?

幽霊を生前にしたらそもそもリクエストには答えられないと気付くのが遅すぎだ。