その竹林に寝転ぶと、井戸の底に放り込まれたような錯覚に陥ることがある。あるいは落とし穴とでも言うべきか。何にせよ、彼はその竹林に抱く感情というものは、どこかから、あるいは何かに落とされたというような恐怖と畏怖であり、それが己の出生の所為であるということは、容易に想像がついた。
 想像出来たところで恐怖が克服されるわけではない。余計に想像をたくましくして勝手に泣き、怒られ、罰として押し入れに閉じ込められ、そしてまた恐怖を味わう。そんな逃げ場のない連鎖の中、よくもまあ真正直な人間に育ったと自分でも不可思議に思うが、人に言わせれば随分と人間の歪んだ男なのだそうだ。あるいは、何かが欠けている、と称した者もいた。
 どこかの小説などで魅力的な人間を形容する言葉でも、彼はそんな言葉を見かけたことがあった。だが、それを自分に置き換えてみても、ぴたりとはまるものはない。掛け違えたボタンの場所を誰かに教えてもらったような、そんな居心地の悪さばかりを覚える。自分でも気づいてはいるのに、放っておいた結果がこの有り様、というわけらしかった。
──化膿した傷を抱えて笑ってるような奴だな。
 自分と同じように、見えない者を見る男にそう言われたことがある。それも、とびきりのしかめっ面で、竹林の中で言われたことは、彼の中で強烈な印象と共に記憶に残っていた。
「……膿んだ傷を持ち歩くのは趣味じゃないなあ」
 彼は閉じていた目を開き、天へと剣山よろしく伸びていく竹を見上げた。
 竹に覆われた空は薄暗く、かろうじて見える範囲には曇天が顔を覗かせるばかりだった。晴れていれば木漏れ日を浴びることも出来たが、彼は青天よりも曇天を好んだ。それがこの竹林にはよく似合うと思うからである。
 ここは光さす庭であってはならない。
 ここは落ちるべき所。どこからではなく、どこへでもなく、ただ、落ちて朽ちるための場所──一生をかけて、弔いをするべき場所なのだから。
 彼は落ちて積み重なった竹の葉の中に手を潜りこませ、再び目を閉じる。その額、その頬、その体に風と共に竹の葉が舞い落ちて、彼の体を竹の中へと隠していく。
「……」
 ふう、と彼は微笑みながら息を吐いた。
 まるで何かに諭されたかのように、諦めにも似た溜息をつく。
「……膿んで腐り落ちる前に出来れば治したいけど、こればかりは自分の性分だからどうしようもない」
 まあでも、と緩慢な動作で起き上がり、まるで何かを愛おしむように地面をなでる。
「安心していいよ。僕はここの墓守だから」
 恐怖の正体が何であるか知っている。
 その一つが、この竹林に眠る多くの心の所為なのだと──愛情と呼ばれるものだと知っているからこそ、この竹林に寝転ぶと恐ろしさを感じるのだ。その愛情たちに、少しずつ己の心を落としこんでいるのではないか、と。
──果たしてそれは自身の意志なのか、はたまた連綿と連なる一族の意志なのか、今となってはもうわからないが。