スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

三條航平と山花千寿/文化祭

異常気象とも言えるほどの暑さは去り、次の季節らしい冷えた風が吹くようになった。この時期は嫌いではないが、天気が不安定な日が多く、雨が降ると気分も少しばかり落ち込んでしまう。今日もまた一雨来そうな曇天を教室から見上げる。自分の席が窓際になってよかった、と席替えの時に内心小さくガッツポーズをしたのは内緒だ。
1日の授業が全て終わり、担任の一言で放課が始まるとクラスメイト達がそれぞれ席を立つ。部活やら委員会やらに行くのだろう、自分はというと学外での習い事が待っている。人が疎らになったのを確認し、席を立った。
「あー待って、サンジョウ、くん!」
…今のは自分に向けられた言葉だろうか。三條という名は確かにそう読み間違えられる事が多いが、クラス替えをして半年程経った今でもそう呼ばれてしまうのは自分の存在感の薄さ故なのだろう。
「ミスジ、です。山花さん」
なるべく棘を含まないような声色で返事をし、声の主へと顔を向ける。山花千寿、彼女はクラスの中でも一際明るく、所謂ムードメーカーと言った所だろうか。その笑顔は太陽を彷彿とさせる、自分には少し眩しい人だった。
「何か用ですか」
「ごめんね、えっとミスジくん」
まだあまり話さない人の名前は覚えてなくて、と眉を下げる彼女にとって、自分の名は少し言いにくいようだった。
「大丈夫です、慣れてますから。何か用があったんじゃないんですか」
「あ!そう、今度の文化祭の事なんだけど、」文化祭。そういえばこの時期にはそんな行事があったな、と頭の隅で納得する。
「クラスで何がやりたいか話し合おうと思ってるの。よかったら強力なしてほしくて」
「山花さんが実行委員会なんですか?」
「ううん、違うけど。年に一度のお祭りだし、せっかく何かやるならみんなが満足できるようなのがいいなって思ったから。あの、嫌だったらごめんね」
「いや、僕に出来る事なら」
どうやら彼女は感情が表に出やすいようだ。協力させてもらいます、と言いかけた自分の手を掴み満面の笑みで礼を述べる彼女は、太陽ではなく仔犬のようだった。
「じゃあ話し合い、明日の放課後にしようと思ってるんだけど。三條くん、には書記を頼みたいの!予定大丈夫?」
「予定なら空いてますけど。書記、ですか」
「そう!三條くんの字キレイだし、まとめるの上手だって聞いたから」
一体そんな事、誰から。大方、ノートを貸した事のあるクラスメイトからなのだろうが。わたしまとめるの苦手で、と俯きながら言う彼女にわかりました、とだけ返事をする。
「ありがとう、助かります!じゃあわたし急ぐから、」
また明日、よろしくね、と言いながら走り去る彼女を見送る。あっという間に見えなくなってしまった。仔犬ではなく、嵐だったのかもしれない。何にせよ元気な人だと思った。ふと窓の外を見ると曇天は跡形もなく消え去り、陽が照りつけていた。やはり、自分には少し眩しい。目を細め、何故か先程よりも晴れやかな気分になっている事に気付きそれに疑問を抱きながら、教室を後にした。

三條航平/嵐の夜に

嵐の夜は嫌いだった。艦は波に逆らうことなく揺れ続け、外に出ることすら禁止されている。狭い室内では特にしなければならないこともなく、何故か今日はまだ眠気も来ない。他の兵達が眠りにつく中1人日記に筆を走らせていた。
風が艦に当たる大きな音と、疲れ果てた兵の鼾か、寝言のようなものも聞こえる。その中で何か、少し違う音が聞こえたような気がした。言葉を綴り終え、嵐の様子を確認しようと窓へ近付く。雨の勢いはかなり強い。艦の揺れ具合は先程よりひどくなっており、就寝用のハンモックから落ちる兵もいるようだった。ちょうどその時、艦のごく近くで稲光が走った。そうか、雷の音か。雷は嫌いではない。空を裂く一筋の光。神々しさ、神の怒りのようにも取れるそれは、自分の心を魅了する何かがあるような気がしていた。
暴風雨、そして雷まで鳴っているとなると、この天気は明日まで続くのだろうか。海の天気は変わりやすいと言うが、荒れた天候が続くと不快指数が増しやすく、兵達の間でいざこざが起こることが多々ある。士気に関わることだ、非常によろしくはない状況である。長という立場上は指導をしなければならないこともあるが、人間同士の争いを止めるのはあまり得意ではない。年若い水兵達なら声を掛けると手を止めてくれることはあるけれども、それ以外には関わらないことが上策だ。
ふと、雨足が弱まったような気がした。そういえば雷の音が遠くになったな、などと呑気に思いながら外を見やる。空には少しではあるが晴れ間が見えていた。どうやら荒れた海域を抜けたらしい。艦の揺れもじきに治まるだろう。嵐の後に晴れ渡った空は別格に美しいのだが、今はまだ外に出られる状況ではないだろう。ようやく現れてくれた睡魔に誘われるように、自身の寝床へと戻った。

三條航平/海に溶けた日記

総員退艦命令が下されたのは、つい先程の事だった。やっとこの艦は沈んでくれるらしい、もう既に傾斜は限界を迎えつつある。どの場所でもまともに立っていられる状態ではなかった。被害状況は把握出来ていないが、艦内への浸水はもう防ぎようが無く、どうやら右舷では火災も発生しているらしい。艦隊の他の空母はほぼ大破もしくは沈没している為、攻撃はこの祥龍に集中したようだ。ここまでか、と。ようやく自分は全てを捨てる事が出来るのか。油断すると悲鳴が聞こえてきそうな己の精神と肉体に鞭を入れ、甲板へと上がる。上がろうとして、足を止めた。自分は全てを捨てるのでは無かったのか。心と身体が悲鳴を上げているのは何故だ。まさか、まだ生きたいとでも思っているのだろうか、自分は。今更だ、と鼻で笑い飛ばす。自分は何の為にこの艦に乗ったのか。自分の代わりなぞいくらでもいるのだ、この国には。来た道を振り返り艦内へ歩き出した。途中で何人かの兵とすれ違ったが、自分に気を留める者は誰一人いない、それもそうだろう。それぞれが己の事で精一杯なのだ。今まで死にたくないと言う奴をたくさん見てきたが、その逆は知らない。自分は、どちらだっただろうか。いつか手が震えていた事もあった。今も本当は走れば間に合う、戻れ、助かりたいと、思っているのかもしれない。それでもこの艦を置いて逃げるという選択をしなかったのは、自分は思っていた以上に祥龍という場所が好きだったらしい。沢山の人と出会い、沢山の事を学んだ。そんな場所と共に消えるのも悪くない。やっと全てを捨てられると思ったがそうではない。捨てられない、離れられないものを見付ける事が出来た。きっと姉は空を見て、海を見て泣くのだろう。こんな自分を思い出して泣いてくれる人がいるのなら、それもいい。誰もいなくなった場所で日記を取り出し、揺れる艦内で言葉を紡ぐ。
「〇月×日、快晴。」

玉波と千寿/わたしのもの

わたしの大事な大事なひとが、傷だらけになっていた。わたしの、ものなのに。
「だれに、やられたの」
「…千寿ちゃん、これは」
「ねえ誰に」
「なんでもないの、ちょっと転んだだけで。大丈夫だから」
取り繕うように大丈夫だと言う彼女の表情はこちらからは見えない。きっと、とても美しいのだろう。悲哀に満ち、憂いを帯びた睫毛を伏せながら涙を堪えるその姿は慈愛さえ見える。本人にそういうつもりはないのだろうけれど。転んだだけたと言う割には切傷や叩かれた後が見える。必死に隠そうとしているけれどもう見えてしまったものだ、今更隠した所でどうにもならない。
「もう1回聞くね。誰に、やられたの」
「…だから、転んで」
玉波ちゃん、と少し怒りを含めた声で呼ぶ。そうすると彼女は諦めたのか、静かに実行犯の名前を呟いた。私は本当に大丈夫だから、と怯えたような表情でこちらを窺う彼女はやはり美しい。彼女にはこういう顔がよく似合う。でもこの表情をさせてもいいのはわたしだけだ。
「傷の手当しなきゃね。痕が残っちゃう」
微笑みながら彼女を支える手は微かに、でも確かに怒りに震えていて、ああこの感情をどこにぶつけようか、対象ならもう決まっている、と自問自答しながら彼女を家まで送り届けた。

三條航平/何度も言わせるな(共通題)

「何度も、言わせないでください」
そう言って目の前の水兵を睨み付ける。死にたくないだの帰りたいだの、この場所に一番ふさわしくない言葉だ。自分より階級が低いであろう彼は、臆したような目でこちらを窺っている。
「そういう言葉がもし上官にでも聞こえたらどうなるかわかっているんですか。除隊か、悪ければそれこそ殺されますよ」
「だって、三條水兵長は怖くないんですか!今日だって魚雷が、」
「たかが魚雷でしょう。そんなものでこの祥龍が沈むと思っているんですか、それに実際沈んでいない」
「…でも、また敵が、」
まだ何か言おうとする彼の胸ぐらを掴む。さすがに腹が立ってきた、この水兵は何を言っても理解する気がないのか。
「もう一度言います。これ以上そういう発言を続けるのであれば、上に報告させてもらいます」
もう一度強く睨めば唇を噛みしめるように黙る彼から手を放し、わかったのなら今すぐ位置に戻れ、と命令を出す。そそくさと戻っていく彼を見つめながら、自分の手が震えているのに気付いた。自分だって怖いのだ、でもそれは死にたくないというわけではなく、ただ攻撃を受ける事に対する恐怖。それを声に出すのは違っている、と思う。いつかはそういう日が来るのだろうが今はまだその時ではないのだと、震える手を隠すようにその場を立ち去った。
前の記事へ 次の記事へ