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玉波と千寿/罵倒する

まさかと思う言葉だった。荒ぶった声がすぐ近くで聞こえ、驚きつつ声の元へ近付いてみるとそこには村で見知った顔と愛しい後ろ姿。ということ、は。こんなに酷く哀しい言葉がすぐ近くで放たれ、それが私のすぐ傍にある存在に向けられていたなんて。一体彼女が何をしたというのか。もしかして、私のせい、なのだろうか。無言で佇む小さなその背に、どれだけのものを背負わせているのか。彼女に穢い言葉を投げつけた村人は私の姿を見ると逃げるように去っていった。ここに残っているのは彼女と、私だけ。声をかけるのを、少しだけ躊躇ってしまった。
「…、玉波ちゃん」
少しこちらを振り返った彼女の表情は、逆光のせいかよく見えなかった。いつもの彼女からは想像もつかないような寒気がするほど感情の無い声色に、戸惑いを隠すこともできなかった。声が、出ない。
「どうしたの、こんな所まで一人で来るなんて。珍しいね」
そう言いながらこちらに少しずつ歩み寄る彼女は、いつも通りのように見えた。見えた、のだが。何か形容し難いまとわりつくような空気が、彼女を覆っているように感じた。
「ちず、ちゃん」
やっとのことで絞り出した声は震えていたかもしれない。それほどまでにこの少女の感情は見ることができなくて、とてつもなく恐ろしいものがすぐ傍にいるように思えてしまった。怖い?まさか、自分が彼女を?そんなこと、あるわけが、ない。
「千寿ちゃん、さっきの、」
「…そろそろ暗くなってきたし、一緒に帰ろうか」
私の手を取り、優しく握る彼女はやはりいつも通りだ。そう、これでいい。彼女が何も語らないなら、私は何も知らなくていい。そう自分に言い聞かせながら、彼女と帰路を進む。まだ残る寒気に気付かないふりをして、私は彼女の隣を歩くのだ。

(貴女は何も知らなくていい)
(あんな言葉を聞くような耳を持つ必要は無い)
(まっしろな、わたしだけの貴女でいてもらうために)
(わたしは黒く染まっていく)
▼追記

千寿/理想を語る

結局は人の生き死になんて人が決めるものだ。最期はこうありたい、なんて望んだところでその通りに行かないのが人生の最期だったりする。そんなものは呆気なく、一瞬で過去になってしまうというのに。
「…いや、嫌よ。私には、あなたを殺せない────!」
「玉波ちゃん、」
目の前で太刀を構えていた彼女は、震えながら泣き崩れ落ちる。わたしの等身を軽く超えるその刃物はかなり重いはずで、それでも彼女にだけは扱える代物だった。静かな社に大きな音が響いた。
「お願いよ、玉波ちゃん」
無理、そんなこと出来ない、と繰り返す彼女をあやす様に語りかける。出来るだけ優しく、しっかりとした声で。彼女の中へ染み渡るように。
「わたしの最期のお願い、叶えてくれないの?」
「どうしてあなたなの…!どうして私じゃないといけないの…!?」
「わたしが、あなたじゃないと嫌だからよ」

「お願いだから」
「わたしの最期を見ていて」
「あなたの最期をわたしに見せて」

他人に決められた人生なんて、そんなもの面白くない。興味も無い。わたしは自分の最期くらい、自分の意志で、自分の好きなように迎えたい。短かった人生だとしても、そんな短い中でこれだけ大切だと思える人に出会えたわたしは、きっと幸せだった。だから。
彼女の手と太刀を手に取り、自らの首に添える。全てを終わらせるために。

さあ、始めましょうか。

玉波

気がつくと、辺り一面がひとつの色で統一されていた。自分自身の特徴であった白い髪と肌も、周りと同じ色になっていた。その色の名を何と呼んでいたのだったか、思い出すのに数秒、いや数分かかったかも知れない。曖昧な意識のままよく目を凝らすと、色の中に何か転がっているものがあった。あれは、ヒトの、───頭?

その色は確か「あか」と呼んだ。私の瞳の色と同じ、あかいいろ。周りを確認すると、あかいいろの中にヒトの頭と、更に腕や足、塊は胴体だろうか。様々な形をしたヒトであったものが散らばっていて、自分の手には固く握り締められていた、大きな刀。あのヒトであったものは誰だ。それを理解するのに時間はかからなかった。脳が拒否をしている。虚ろな目をしてこちらを見ているのは、あのヒトの頭。少し微笑んでいるようにも見えるあの顔は、見たことがある、あの焦げ茶色の瞳を持つヒトは確か、
「────────」

声にならない叫びが聴こえた気がした。それは私の声か、それとも。

(彼女はあかいいろがとても良く似合う)
(私と同じようで違う色、一瞬でも美しいと思ってしまったのは罪なのだろうか)
(私に罰を与えてくれるのは誰)

.

灯/道の先には

歩いても歩いても答えは出ない道をただひたすらに歩いた。村を出てもうどれ程経ったのだろうか。生まれた村か、最後に飯を食べた村か。どちらでもいい、結局自分が求めたものは無かったのだから。この世に生を受け、数十年、もしくはそれ以上。自分の齢すら覚えてはいない。それだけの月日を重ねたにも関わらず姿かたちを変えずに今もだらだらと生き長らえているのには理由こそあれど意味など無いのだろう。
いつも傍に感じるのは自分をこんな身体にした張本人の駄狐の存在で、本人曰く「気付いたら不老不死にしてしまっていた」んだそうだ。死ぬ方法は知らないと言う。この駄狐は神などではなく、もっとたちの悪い“何か”だった。かつて自分の事を慕ってくれていた大切な人々はもう朽ちて灰となっている。自分はまだ、同じになれそうにはなかった。
「灯。腹が減った」
「詩月は何も食べなくても死なないでしょ」
「お前もだろう」
「俺は死んでもいいんだけど」
むしろそれを望んでここまで歩いてきた。そう、俺は。
「灯は、死にたいのか」
狐がそう訊ねるのも何度目だろうか。この話をする時、こいつはいつも悲しそうな顔をする。立ち止まり狐の瞳を覗き込むと、澄んだ色の眼と自分の澱んだ眼がかち合う。こいつの瞳は、とても好きな色だった。
「死にたいよ。今すぐにでも」
答えなど決まっていた。毎回同じ言葉を笑顔で返す。それだけ言うと狐から目を離し、歩き出した。気配で着いて来ているのは分かったが、振り向いてなどやらない。自分勝手でも何でもいい。俺が死ねば、この狐も死ぬのだろう。そんな事に気を取られる程お人好しではないし、とにかく楽になりたかった。この孤独の呪いから。
噂ではこの付近の村では刀を御神刀として奉っていると云う。神の力なら、自分を殺してくれるのではないか。今まで何度も願い祈っては打ち砕かれた想いを胸に宿し、歩みを止める事はない。自分には、進む選択肢しかないのだから。

玉波と千寿/わたしのもの

わたしの大事な大事なひとが、傷だらけになっていた。わたしの、ものなのに。
「だれに、やられたの」
「…千寿ちゃん、これは」
「ねえ誰に」
「なんでもないの、ちょっと転んだだけで。大丈夫だから」
取り繕うように大丈夫だと言う彼女の表情はこちらからは見えない。きっと、とても美しいのだろう。悲哀に満ち、憂いを帯びた睫毛を伏せながら涙を堪えるその姿は慈愛さえ見える。本人にそういうつもりはないのだろうけれど。転んだだけたと言う割には切傷や叩かれた後が見える。必死に隠そうとしているけれどもう見えてしまったものだ、今更隠した所でどうにもならない。
「もう1回聞くね。誰に、やられたの」
「…だから、転んで」
玉波ちゃん、と少し怒りを含めた声で呼ぶ。そうすると彼女は諦めたのか、静かに実行犯の名前を呟いた。私は本当に大丈夫だから、と怯えたような表情でこちらを窺う彼女はやはり美しい。彼女にはこういう顔がよく似合う。でもこの表情をさせてもいいのはわたしだけだ。
「傷の手当しなきゃね。痕が残っちゃう」
微笑みながら彼女を支える手は微かに、でも確かに怒りに震えていて、ああこの感情をどこにぶつけようか、対象ならもう決まっている、と自問自答しながら彼女を家まで送り届けた。
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