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山花千寿/そのとき美しいと思った

美しいと思った。地平線から昇る朝陽と、水平線へ沈む夕陽と、どちらも同じ太陽だ。違うのは自分の心境のみだろう。朝から晩まで実地勤務の日も珍しくないこの仕事も、徐々に慣れていることを実感していた。生と死が隣り合わせどころかすぐ真横にある仕事だ。それでも仲間と打ち解けられるようになっていたし、当時よりは狙撃の腕も上がったはずだ。人を殺すことに躊躇いはないかと問われれば即答はできないが、自分が生きる為に必要なことだと思っている。仕事であれば感情を表に出すこともない。
日の入りと共に仕事を始め、日の出に仕事を終わらせる日もあった。日が沈む頃、それを見届けながら現場へと向かう。沈む夕陽はまるで自分の心のようで、心まで闇に囚われないように気を引き締めていた。仕事を終え、昇る陽を見ながら帰路に着く。土埃で汚れた自分の身体を朝陽が照らすと、くすんで沈みかかっていた心まで清められているようで、とても好きだった。太陽が美しいと感じられるのであれば、今のわたしはきっと大丈夫なのだろう。生きている、と感じられる今が1番美しいのだと、それに気付かない振りをして、わたしは今日も眠りに就く。

副操縦士/そのとき美しいと思った

そのとき確かに、美しいと思ったのだ。確実に無理だと誰もがそう思う場所であろうとも、彼は決して諦めようとはしなかった。経験、知識、自らの持ち得る全てを総動員してでも彼はそこへ向かう事を躊躇しない。自分も飛ぶ事を生業としてきた以上それなりの経験はある、自分の技術で「行く事ができない場所」の判断くらいはできる。自分は絶対に誰であろうと無理だと思っていた。それを、容易く彼はこなしてみせた。技術も知識も経験も、覚悟さえも、自分より上である事は明白だった。技術への尊敬や嫉妬ではなく、ただ純粋に飛んでいる姿を美しいと思ってしまったのは何故だ。彼は天才ではない事を知っていた。きっとそこだ。努力の人だからこそ、美しいと感じたのかもしれない。努力をする人間はどんな形であれ、美しく映るもの。それだけの努力の人であれば、きっと彼は自分のテリトリーに他者が入る事を良しとしない。この先もし彼と共に仕事をする機会があるとすれば、欠員かもしくは上官の気まぐれくらいだろうか。ああ、だがあまり彼の隣に立ちたくはない。自分はきっと、彼に好かれる飛び方をしてはいないのだから。

玉波と千寿/罵倒する

まさかと思う言葉だった。荒ぶった声がすぐ近くで聞こえ、驚きつつ声の元へ近付いてみるとそこには村で見知った顔と愛しい後ろ姿。ということ、は。こんなに酷く哀しい言葉がすぐ近くで放たれ、それが私のすぐ傍にある存在に向けられていたなんて。一体彼女が何をしたというのか。もしかして、私のせい、なのだろうか。無言で佇む小さなその背に、どれだけのものを背負わせているのか。彼女に穢い言葉を投げつけた村人は私の姿を見ると逃げるように去っていった。ここに残っているのは彼女と、私だけ。声をかけるのを、少しだけ躊躇ってしまった。
「…、玉波ちゃん」
少しこちらを振り返った彼女の表情は、逆光のせいかよく見えなかった。いつもの彼女からは想像もつかないような寒気がするほど感情の無い声色に、戸惑いを隠すこともできなかった。声が、出ない。
「どうしたの、こんな所まで一人で来るなんて。珍しいね」
そう言いながらこちらに少しずつ歩み寄る彼女は、いつも通りのように見えた。見えた、のだが。何か形容し難いまとわりつくような空気が、彼女を覆っているように感じた。
「ちず、ちゃん」
やっとのことで絞り出した声は震えていたかもしれない。それほどまでにこの少女の感情は見ることができなくて、とてつもなく恐ろしいものがすぐ傍にいるように思えてしまった。怖い?まさか、自分が彼女を?そんなこと、あるわけが、ない。
「千寿ちゃん、さっきの、」
「…そろそろ暗くなってきたし、一緒に帰ろうか」
私の手を取り、優しく握る彼女はやはりいつも通りだ。そう、これでいい。彼女が何も語らないなら、私は何も知らなくていい。そう自分に言い聞かせながら、彼女と帰路を進む。まだ残る寒気に気付かないふりをして、私は彼女の隣を歩くのだ。

(貴女は何も知らなくていい)
(あんな言葉を聞くような耳を持つ必要は無い)
(まっしろな、わたしだけの貴女でいてもらうために)
(わたしは黒く染まっていく)
▼追記

三條航平/脱ぎっぱなしの服

部屋が煮えるように暑く感じた。「戦争」と言う名の茶飯事が終わり、今日もまた集団で暮らす部屋へ戻る。今回は怪我人も何人か出たと聞いたが、艦への被害はほぼ無いに等しいようだった。だからこうしていつもの部屋で過ごせる訳で、いつものように日記帳を開いている。
ふと自分達は何をしているのだろう、と疑問に思う事もある。問うたところで答えなど出る筈もなく、出たとしてもそれは自分にどうこうできる話ではないことも重々分かっている。分かってはいても、結局自分達は上層部よりもっと上の人間の玩具に過ぎないのだろう。それにもどかしさを感じることは無い、ここに自分の存在意義があるのならそれでいい。他人の考えなど自分には関係の無いことだ。
既に部屋の隊員は眠りに就いているようだった。日記帳を閉じ、汗ばんだ上着を着替え、少しだけなら、と部屋を出て艦内を歩く。この煮えた頭の中のまとまらない考えを、まとまらないままで置いておくのは混乱してしまいそうだったから。人がすぐに死んでしまうようなこの場所で何をしているのかなんて、来たときから理解している。与えられた職務を遂行するのは当たり前だ。重要なのは何をするか。どうして、自ら志願してまで自分は何の為にこの場所に立っているのか。自分から何かをしたいと思ったのはこれが初めてだった。一体何がしたくて、誰の為に、自分は。
────考えはまとまらなかった。まとめてしまわない方が、よかったのだろう。忘れてしまえば良かったのに。進めていた足を止め、来た通路を戻る。少し早足で歩いていたように思ったが、部屋からそれほど離れてはいなかったらしい。部屋に戻り、また日記帳を開こうとして、着替えた隊服がそのままだったことに気付く。大きな襟のついたその服が、やけに白く見えた。

七夕

夢、或いは現実、もしくは幻。此処がそのどれかであることは間違いないはずなのだが、如何せん適当に生きてきたこの身は、そんなことすらどうでもいいらしい。
「空」は暗闇に覆われていた。空か地か、それさえも記憶としては曖昧なままで、恐らくこの身体に感じる重力やこの目に映るものを見た限りではきっと其処は空と定義してよい場所なのだろうと思う。日時の感覚もないまま、毎日のように空を見る。もはや日課となっているこの動作も、何故日課となる程継続しているのかなど覚えているはずもない。“気付けばそこに居て、そうしていた”だけの動作だった。こうする事で何かを得られる訳でもなく特別なことは何一つ無いのだが、ここまで無意識の中だともはや一種の本能と言えるのかもしれない。本能には逆らえないものだ、なら仕方ない、と半ば諦めに似た感情を含みながらも、今日もまたその日課を遂行するのだった。
暗闇を見ると、鮮やかに輝くいくつかの光。それはすぐに増え、周りは全てそれに囲まれていた。自らを主張するかのようにキラキラと瞬くそれは、川のようにも見えた。音も無くただ静かに空を流れる川、確か或る国ではこの川を隔てて男女の伝説が語り継がれていたような気がする。川の両岸にある2つの愛の光を、人々はベガとアルタイルと呼んだ。確か巫山戯すぎた2人が1年に1度しか会えなくなるといった話だったか、なんだったか。また或る国の神話では、妻を失った哀しい男の持ち物であるリラだったという話もある。
愚かだと思った。地に立つ人々はそれに願い、祈るのだ。そんな愚かな2つの光に祈ったところでどうにもならないことを知っていながら、どうして人々は願うのか。無意味だ。叶わぬ夢を見る意味などあるものか。人々は、愚かだった。そう、だからこそ自分はこうして今この場所に在る。夢でも現実でも、ましてや幻でもない此処は、自分のような皮肉屋にはうってつけの場所だった。叶わぬ願いを祈る人々を愚かだと嗤いながら、美しいと、叶えばいいとこの場所から祈る自分のような半端者には。そんな自分すら、何者かさえも記憶には無いというのに。
今日も自分は「空」を見る。願うのは唯一つ、愚かな願いを叶えてしまう存在が消えることを祈って。