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椿屋玉波

玉波ちゃんの髪、とっても綺麗ね。まるで天女の羽衣のよう。そのままお空を飛んで、帰ってこなくなりそうで不安になってしまう。

それは…きっと、有り得ないわ。私はずっと千寿ちゃんの傍に居るもの。例え何が起きたってあなたの傍を離れる事はないわ。

ねえ、それは、どうして?
どうしてあなたは、そんなにわたしの事を想っているの?


「そんなこと、」
そんなこと、決まっている。
あなたが私を必要としてくれたのなら、それだけで私は生きていけるのだから。それがどんな理由であれ、あなたが私だけを見てくれているのなら、それだけが私の存在証明になるのだから。あなたが例え魂だけになったとしても、絶対に離さない、絶対に離れない。あなたを想う事が私の存在意義になる。私だけを見ていて欲しい。私だけのあなたでいて欲しい。あなた以上の存在なんて、この世に存在しなくていい。
椿がひとつ、音を立てて地面へと墜ちた。



──────────不思議な夢を見た。私と彼女は古い着物を着ていて、側にあった大きな木と、あの花は、一体何だったか。
思い出せないならそのままでいい。思い出さない方がいいのかも知れない。今の私には、きっと必要の無いものなのだから。彼女を護れるだけの強さを選び、私は今日も生きていくのだから。

山花千寿

わたしは何ひとつ変わっていないはずなのに、ここでは何もかもが違って見えた。香り、温度や湿度、空気の重量感、そしてこの纒わり付くような────視線、か。一歩足を踏み入れただけで刺すような、まるで痛みを感じる程の他者からの眼。好奇、或いは侮蔑。あんな小さな女に何が出来るのか、言われなくとも聞こえたような気がした。媚び諂うのは慣れていても屈する事は得意ではない。理不尽な台詞を吐かれるのもうんざりだ。女だ男だと、大人だ子供だと煩い言葉の羅列にも飽きてきた所だった。誰が優れていてどうすれば優位に立てるのか、そろそろはっきりさせても良いのではないか。わたしが誰よりも優れている訳ではない。ただ、ただ単にそう、わたしが彼らより秀でているものを伸ばせば良いだけなのだ。何も言われなくなる程度に。どれだけの長い道程になろうと、例えどちらかが先に物言わぬ屍となったとしても。わたしは、この場所で風になる。

山花千寿/そのとき美しいと思った

美しいと思った。地平線から昇る朝陽と、水平線へ沈む夕陽と、どちらも同じ太陽だ。違うのは自分の心境のみだろう。朝から晩まで実地勤務の日も珍しくないこの仕事も、徐々に慣れていることを実感していた。生と死が隣り合わせどころかすぐ真横にある仕事だ。それでも仲間と打ち解けられるようになっていたし、当時よりは狙撃の腕も上がったはずだ。人を殺すことに躊躇いはないかと問われれば即答はできないが、自分が生きる為に必要なことだと思っている。仕事であれば感情を表に出すこともない。
日の入りと共に仕事を始め、日の出に仕事を終わらせる日もあった。日が沈む頃、それを見届けながら現場へと向かう。沈む夕陽はまるで自分の心のようで、心まで闇に囚われないように気を引き締めていた。仕事を終え、昇る陽を見ながら帰路に着く。土埃で汚れた自分の身体を朝陽が照らすと、くすんで沈みかかっていた心まで清められているようで、とても好きだった。太陽が美しいと感じられるのであれば、今のわたしはきっと大丈夫なのだろう。生きている、と感じられる今が1番美しいのだと、それに気付かない振りをして、わたしは今日も眠りに就く。

副操縦士/そのとき美しいと思った

そのとき確かに、美しいと思ったのだ。確実に無理だと誰もがそう思う場所であろうとも、彼は決して諦めようとはしなかった。経験、知識、自らの持ち得る全てを総動員してでも彼はそこへ向かう事を躊躇しない。自分も飛ぶ事を生業としてきた以上それなりの経験はある、自分の技術で「行く事ができない場所」の判断くらいはできる。自分は絶対に誰であろうと無理だと思っていた。それを、容易く彼はこなしてみせた。技術も知識も経験も、覚悟さえも、自分より上である事は明白だった。技術への尊敬や嫉妬ではなく、ただ純粋に飛んでいる姿を美しいと思ってしまったのは何故だ。彼は天才ではない事を知っていた。きっとそこだ。努力の人だからこそ、美しいと感じたのかもしれない。努力をする人間はどんな形であれ、美しく映るもの。それだけの努力の人であれば、きっと彼は自分のテリトリーに他者が入る事を良しとしない。この先もし彼と共に仕事をする機会があるとすれば、欠員かもしくは上官の気まぐれくらいだろうか。ああ、だがあまり彼の隣に立ちたくはない。自分はきっと、彼に好かれる飛び方をしてはいないのだから。

椿屋玉波/ベッドサイドにあるもの

毎朝目が覚めて、一番にあなたの顔を見るのが幸せだった。あなたの一番が私である事が何より嬉しくて、あなたの喜ぶ顔が見たくて、でも私はあなたより年下で、何も持っていなくて。それでもいい、何もいらないからと微笑んでくれたあなたが私の持つ唯一の宝物だった。
そんなあなたがこの場所を離れることになって、それだけでも体が千切れそうなほど悲しかったのに。私のいない場所で、私と話している時よりも輝いた表情をしているのはどうして、一体何があったの。どうして私はそこにいないの。そこにいるのは誰なの。悔しくて、悲しくて、情けなくて、自分で自分が制御できなくなって────目が、覚める。またいつもの夢だった。彼女がこの家を出て、会いに来てくれる頻度も減ってしまった。いつも夢の最後は見知らぬ男が彼女と話をしている。一体、誰なの。彼女には聞けないまま、男への憎しみだけが増していく。サイドテーブルにある彼女とのツーショット写真、それと目を合わせることも出来なくなってきた。こんな私を見て欲しくない。彼女は醜い私には見向きもしない。彼女の為に、私はいつまでも純真でいなくては。私は今日もまた、全てを忘れたフリをする。
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