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玉波ちゃんの髪、とっても綺麗ね。まるで天女の羽衣のよう。そのままお空を飛んで、帰ってこなくなりそうで不安になってしまう。
わたしは何ひとつ変わっていないはずなのに、ここでは何もかもが違って見えた。香り、温度や湿度、空気の重量感、そしてこの纒わり付くような────視線、か。一歩足を踏み入れただけで刺すような、まるで痛みを感じる程の他者からの眼。好奇、或いは侮蔑。あんな小さな女に何が出来るのか、言われなくとも聞こえたような気がした。媚び諂うのは慣れていても屈する事は得意ではない。理不尽な台詞を吐かれるのもうんざりだ。女だ男だと、大人だ子供だと煩い言葉の羅列にも飽きてきた所だった。誰が優れていてどうすれば優位に立てるのか、そろそろはっきりさせても良いのではないか。わたしが誰よりも優れている訳ではない。ただ、ただ単にそう、わたしが彼らより秀でているものを伸ばせば良いだけなのだ。何も言われなくなる程度に。どれだけの長い道程になろうと、例えどちらかが先に物言わぬ屍となったとしても。わたしは、この場所で風になる。
美しいと思った。地平線から昇る朝陽と、水平線へ沈む夕陽と、どちらも同じ太陽だ。違うのは自分の心境のみだろう。朝から晩まで実地勤務の日も珍しくないこの仕事も、徐々に慣れていることを実感していた。生と死が隣り合わせどころかすぐ真横にある仕事だ。それでも仲間と打ち解けられるようになっていたし、当時よりは狙撃の腕も上がったはずだ。人を殺すことに躊躇いはないかと問われれば即答はできないが、自分が生きる為に必要なことだと思っている。仕事であれば感情を表に出すこともない。
そのとき確かに、美しいと思ったのだ。確実に無理だと誰もがそう思う場所であろうとも、彼は決して諦めようとはしなかった。経験、知識、自らの持ち得る全てを総動員してでも彼はそこへ向かう事を躊躇しない。自分も飛ぶ事を生業としてきた以上それなりの経験はある、自分の技術で「行く事ができない場所」の判断くらいはできる。自分は絶対に誰であろうと無理だと思っていた。それを、容易く彼はこなしてみせた。技術も知識も経験も、覚悟さえも、自分より上である事は明白だった。技術への尊敬や嫉妬ではなく、ただ純粋に飛んでいる姿を美しいと思ってしまったのは何故だ。彼は天才ではない事を知っていた。きっとそこだ。努力の人だからこそ、美しいと感じたのかもしれない。努力をする人間はどんな形であれ、美しく映るもの。それだけの努力の人であれば、きっと彼は自分のテリトリーに他者が入る事を良しとしない。この先もし彼と共に仕事をする機会があるとすれば、欠員かもしくは上官の気まぐれくらいだろうか。ああ、だがあまり彼の隣に立ちたくはない。自分はきっと、彼に好かれる飛び方をしてはいないのだから。
毎朝目が覚めて、一番にあなたの顔を見るのが幸せだった。あなたの一番が私である事が何より嬉しくて、あなたの喜ぶ顔が見たくて、でも私はあなたより年下で、何も持っていなくて。それでもいい、何もいらないからと微笑んでくれたあなたが私の持つ唯一の宝物だった。
誕生日 | 12月29日 |