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バレンタインの騎士1

【約束の薔薇】




「アルベル・グラディオーレ・バレンタイン様のご入場です」

華やかな容貌のレッド・ロータス騎士団員の声に、高貴な紳士淑女の視線が、その背に護られる様に大広間に現れた深紅のドレスに注がれる。

「おお、なんと気品に満ちた佇まい」

噂に名高いバレンタイン家長男の社交界デビュー。そう。ドレスを纏った貴人は、シュロウ公爵家に名を連ねる気高きバレンタイン家の嫡男。

「ダーリエに劣らぬ美貌だ」

現バレンタイン公も、13歳で迎える社交界デビューの際はドレスを着ていた。嫡男として産まれた者は16歳の成人迄の時を、女として過ごす事が、大魔導士戦争以来のバレンタイン家の伝統である。

「あのドレスは、アンバレット家の貴公子がプレゼントしたらしい」
「まあ、あの麗しい皇太子の」

バレンタイン傘下のレッド・ロータス騎士団員に先導され、弟のローゼルトに手を引かれながら、アルベルは堂々と大広間の中央に敷かれた赤絨毯を歩む。ヒールを颯爽と履きこなし歩む姿に集まる視線。その半分は、バレンタイン家の新たな歴史の始まりへの期待と羨望をアルベルに向けている。しかし、もう半分はドレス姿に対する好奇の視線。それぞれの視線の意図を全て承知して、尚もアルベルは堂々と現シュロウ皇帝の前に立つ。

「本日は私の為に斯様に華々しい宴を開いて頂き、ありがとうございます。陛下」

スカートを持ち上げ、楚々とした振る舞いでお辞儀をする姿は娘そのもの。

「シュロウの忠臣。アルベル・バレンタインと弟ローゼルトでございます」

許しを受けて皇帝の手の甲にキスをするアルベルに、貴婦人達から感嘆の溜め息が零れる。
だが、紳士達の色の付いた視線に、アルベルは舌打ちしそうになるのを耐え、自分以上に憤慨しそうな顔をしているローゼルトを目配せで窘める。致し方無い。此が社交界。今に見ていろ。騎士になったら、そんな視線は向けさせないと。

「アルベル。確かに今宵は正式な社交の場。しかし、王と臣下の前に、叔父と甥の間柄でもあるのだ。他人行儀なのは寂しい。それに、そなたの為の宴でもある。気楽になさい」
「勿体無きお言葉です陛下」

アルベルの変わりに、父であり、現バレンタイン公。レッド・ロータス騎士団団長のダーリエ・バレンタインが謝辞を述べる。

「最も、我がダーリエにいい顔をしたいだけなのだがな」

もし、今顔を上げていたら、高笑う皇帝と言う名の豚を睨み付けていただろう。バレンタイン家に向けられる好奇の眼差しの理由の半分は、場も憚らないアンバレット王家が、まるで己の愛妾の様にバレンタイン家を扱うからである。だが、アルベルが顔を上げるよりも早く、父ダーリエが皇帝に笑みを向けたから、アルベルは留まる。

「私はシュロウのものであり、陛下のものではありません」
「また、ダーリエは釣れぬ事を。では、私がシュロウの敵となったらどうする?」
「それは、バレンタインの剣に誓って斬らねばなりません」
「私よりも国を取るとは、冷たい男だ」
「伝統厚きレッド・ロータス騎士団長として当然かと。アルベル。陛下へのご挨拶が終わったのなら、会場を回りなさい。お前に挨拶したがっている者達は沢山いるのだから」
「はい。陛下、父上。御前失礼致します」
「ローゼルト。しっかりアルベルを護るのだぞ」

父の含んだ様な言葉に頷いたローゼルトは頷いて、恭しくスカートを持ち上げるアルベルの手を引く。

「早くこんな所から出るべきだ。兄さんを見る視線が厭らしい」
「そう言うなローゼルト。仕方無い。此に耐えるのも精神の修行の一貫だと思え」
「一番厭らしい奴が来た」

ローゼルトの言葉に視線を上げた瞬間にアルベルの腰が引寄せられ、次期皇位継承が約束されたアルディ・アンバレットの顔が面前に迫る。

「美しい。私が贈ったドレスの深紅が良く映える。やはり手入れの行き届いたアルベルの白い肌には、深い赤が一番似合う」

顎を上向かせるアルディの指が、アルベルの紅を引いた唇に掛かった瞬間、ローゼルトがその間に割って入る。

「相変わらず躾がなってないな。ローゼルトは。さあ、アルベル。慣れないヒールで疲れただろう?ソファーを用意させているから座ってジュースでも飲もう」
「だが、挨拶をしなくては…」
「皇太子の私よりも優先させる挨拶があるのかい?」

ローゼルトが完全に怒りを露に歳の離れた従兄を睨む。今にも噛み付きそうなローゼルトに再び落ち着けと目配せをする。アルベルとて、女の様に腰を抱かれている現状は嬉しくない。

「さあ、アルベルの為に甘くて新鮮な果物のジュースを何種類も作らせたんだ」

きっと、アルベルが女ならば輝くばかりの金髪を華やかにリボンで纏めた、精悍で男らしい美貌を持った皇太子に蝶よ花よと口説かれたらときめくのだろう。だが、残念ながらアルベルは男であり、従兄の過ぎるスキンシップは嫌悪でしか無い。

「失礼。私にも麗しき未来のバレンタイン公にご挨拶をさせて頂きたいのですが」
「メイトゥーレ家の家紋(エンブレム)だ!」
「おお!メリダ最強のあの…」

まるで伝承に謡われる光の戦士の様に白銀の衣装に身を包んだ男は、シュロウ皇太子の面前と云うのに、怯む事無く堂々とアルベルに笑みを浮かべる。その姿に小さく舌打ちしてアルベルの身体を離したのは、アルディの方だった。

「メイトゥーレ家」

それも無理はない。シュロウが軍国主義だったのは今や昔話。メリダと戦争し勝てる見込みは今のシュロウにはない。対するこのプラチナブロンドの男が本当にメイトゥーレ家の者だとしたら、メリダの中でも最強と云われる30もの傭兵団を従える剛の家名である。色馬鹿が過ぎる皇太子でも、喧嘩しては不味い相手は認識出来るらしい。

「従兄同士のスキンシップを邪魔する等、無礼な」
「それは失礼致しました。若輩故、貴公がバレンタイン家嫡男を無理矢理口説いているようにお見受け致しましたので」
「貴様。私が誰か解って物を言っているのか」

アルディは、明らかに年下の彼を睨み高慢に振る舞って見せてはいるが、怯え恐れているのは、一方引いた左足が如実に物語ってしまっている。会場の端から、僅かに及び腰のアルディを嘲笑する声が聴こえる。

「存じ上げております。恐れ多くも偉大なるシュロウ皇国の第一皇子たるアルディ・アンバレット殿下ともあろうお方が、今宵の主役を独り占めするような下賤な真似、まさかするとは思えないので、アルベル様にご挨拶しようとお声掛けした迄ですが」

対するメイトゥーレ家の若者は、シュロウの皇太子相手に怯む事なく堂々たる振る舞いで、貴婦人達の溜め息を誘っている。

「したければ好きにしろ。気分が悪い下がるぞ!!」
「あ、お待ちを!殿下!!」

踵を返すアルディに、皇子付きの騎士団員が慌てて従い、観音開きの扉の向こうに消える。

「あれが次期シュロウ皇帝か。先が知れる」
「ロベル。私が飲み物を取りに言ってる間に揉め事起こさないで下さいとあれほど!」
「勝ったぞ」
「勝ち負けではありません!叱られるのは私なのです」

ロベルに並んだ従者とおもしき男の肌は明らかに日焼けではない褐色をしていた。腕には、鷹の意匠の刺繍。

「おい、あれ」
「メイトゥーレ家の次男が初陣にて、東の盗賊団を征し、傘下の傭兵団にしたと聞いたが…」
「まあ、ではあの褐色の方は、噂に名高い夜鷹の…」
「では、あの麗しき方はロベル・メイトゥーレ様」

耳に届く噂話の内容はアルベルも耳にした事があった。僅か16歳にして、東の砂漠を根城に、この西方も脅かす盗賊団を制圧したロベル・メイトゥーレの話を知らぬ者等いる筈が無い。
グラディオーレと僅か3歳しか違いはない。

「バロン・ド・メイトゥーレ。助かりました。ありがとうございます」
「わお!ファンタスティック!!」
「噂には聞いていたが、所作まで女性なのか。バレンタインの嫡男殿は大変だな」
「なんだよ。あんた。姉さんに喧嘩売ってんのかよ!」
「ローゼルト!」

アルディの一件から苛々を募らせていたローゼルトが、噛み付くのをアルベルは叱咤する。

「弟が失礼致しました」
「構わない。威勢が良いのは嫌いじゃ無い。最もそこに実力が伴えばだがな」
「ロベルに喧嘩を売るのは止めた方が懸命なのです」
「セシール。出過ぎた物言いはよせ。我等は争いに来た訳ではない」

噂が本当なら、セシールという肌が褐色の男は夜鷹の一員の筈だ。なのに、完全に飼い慣らしているのだろう。ロベルは声を荒げた訳ではないが、軽く窘めただけで素直に黙った。

「ご挨拶が遅れました。俺はロベル・メイトゥーレ男爵」

恭しく頭を垂れたロベルは、アルベルに貴婦人への最高礼を示し、手の甲に口付ける。

「アルベル・グラディオーレ・バレンタイン。こっちは弟のローゼルトだ」

ロベルの視線がアルベルに刺さる。この男もかと、アルベルは溜め息を押し殺す。だが、笑んだロベルが紡いだ言葉は、アルベルの予想したものとは違った。

「良く稽古している様だな。此ならば期待出来よう」
「バロン・ド・メイトゥーレ?」
「今はまだ完成し切っていない様だが、ドレスを脱ぐ日が楽しみだ」
「ロベルは、貴方にもシュロウにも興味無いのです」
「興味があるのは、お前の身体の中に眠るバレンタインの秘宝」

再び、ロベルの視線が舐める様に絡み付き、ローゼルトが噛み付きそうになる。

「これは、面白い言い回しをされます。いったい如何な秘宝をお求めでしょうか」
「バレンタイン家嫡男のみに伝わる剣流。そう、呪いと共に受け継がれると言われる幻の剣術。俺の目的は、その継承者と手合わせする事だ。今日はその視察といった所か?」
「何故、それを?」
「我が先祖はローズ・バレンタイン卿と懇意にしていた様でな」

ロベルがセシールから受け取ったシャンパンを一息に飲む。

「今宵は来て良かった。アルベル。お前ならば期待出来そうだ」

空いたグラスを手近なテーブルに置いて笑う姿は、自信に溢れた功績ある男そのもの。

「社交界へのデビュー、心よりお祝い申し上げる。どうか、健やかなるご成長を」

悔しかった。そんな3歳しか違わない彼に、女の扱いを受けている現状が。

「ドレスを脱いだ暁には、是非手合わせ願おう。さて、帰るぞセシール。これで暫くの楽しみが出来た」

だが、アルベルは同時に心が踊るのも感じていた。ロベルは男として生きるアルベルを求めている。そんな相手は、始めて出会ったかもしれない。

「バロン・ド・メイトゥーレ!!」

去り行くロベルの背中に、視線も構わず声を掛ける。

「いつか必ず、その約束を果たそう!!」

その声に、ロベルは一瞬だけ足を止めてこちらを振り返る。その一瞬で投げられた一本の薔薇を、アルベルはしっかりと受け取る。

「決して、負けぬ」
「無論。私も負ける気はない」
「おお!我等がバレンタイン家とメイトゥーレ家が」
「バレンタイン家の若君のなんと頼もしき事か!!」

軽やかな旋律が流れる。恒例の舞踏会の音色と共に去ったロベルの背中に、アルベルは心の中で決意と礼を述べる。どこか虚な場所にいたアルベルの心が、明るい場所に解放された気がした。



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