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バレンタインの騎士6

【花咲く季節】




香しく鼻腔を擽るのは短い春に遅れぬ様にと一斉に咲き誇った花々か、或いは…





戦争屋メリダ。
主を無くした騎士団、国を追われた戦士団、支払いに応じてなんでもする傭兵団。無敵艦隊を誇るレキサンドル、魔導と戦士の強国シュロウ、騎士の国アーベルジュ、列強国に囲まれた彼の国は国を守る為にゴロツキ手前のそんな者達を受け入れてきた。故に他の列強国達は揶揄する様に彼の国をそう呼ぶ。
しかし、メリダも好んでその名を自ら名乗る時もあった。メリダのルールは実にシンプル。強き者が法律であり、玉座の人である。

「そんなに、バレンタインの至宝は美しいのか?」
「はい。陛下」
「どんぐらい?」

現在のメリダの玉座の人、つまりメリダ最強の男を見上げロベル・メイトゥーレは口の端を上げる。

「およそ、アンダルシア姫も敵いますまい」

アンダルシア姫とは当代一と言われているレキサンドルの姫君である。花祭の翌朝。早々に帰路に着くロベルとセシールを見送りに来たアルベルを見て、少なくともロベルはそう感じた。一夜を過ごしたからと云う理由だけではないだろう。それだけで胸を昂らせるほどロベルは初心ではない。そう、ロベルが見たアルベルの美しさは、例えるなら凛とした瞳が見つめる未来の美しさ。きっと、誓いを果たしてくれるだろう。そう思える程の確かな芯の強さ。

「ロベルにそこまで言わせるとは…。よし、良いことを思いついたぞ。ロベル・メイトゥーレ!急ぎアルベル・バレンタインの絵姿を手に入れて来い」

嫌な予感にその場にいた者達が、想像の中で頭を抱える。

「俺は、アルベル・バレンタイン以上に美しい姫君じゃなければ結婚はしない。そう流布しろ!」

王を諌めようとする者、慌てる者、呆れる者、だが、ロベルだけは悪戯者の笑みを更に深くする。これだから、この王に仕えるのは面白い…と。






花が舞う。風に揺れ踊る。

「美しい…」
「そうでしょう。アルベル様。ヴァイツァーシュタイン自慢の庭には100種類以上の薔薇の他にも数100種類の花々があり、この季節は一斉に咲きますから」

セリジア公爵が嫡男アラン・セリジアが得意そうな顔でバルコニーから庭を見渡すアルベルに並び答える。

「突然の訪城にお応え頂きありがとうございます。男爵殿」

アルベルは淑女らしく一歩下がり、スカートの裾をほんの少し持ち上げて礼をする。

「アランとお呼び下さい。その方が私も貴女をアルベルと気軽に呼びやすいです」
「わかりました。アラン」
「あからさまに鼻の下を伸ばしてんじゃねーよアラン」
「フレデリック様…」

邪魔者が来たという雰囲気を隠さないアランに苦笑しつつフレデリック・ヒューデレ伯爵もバルコニーに足を運んでくる。

「災難だったなアルベル」
「花祭以来だなフレデリック。伯爵の継承おめでとう」
「ありがとう。まあ、単なる通過儀礼だけどね」

そんなことはないとアルベルはフレデリックを称賛する。フレデリックが書いた論文がまたもや賢者の塔に収容され、その成果故の継承だと云うのは周知の事実だ。アランもこの度成人の暁にこのヴァイツァーシュタイン城とその領地を任され、男爵位を拝命した。それに引き換え、同じ歳の自分は…と項垂れたアルベルの心中を察したフレデリックはその肩を叩く。

「お前はこれからだろう?」
「ありがとう。フレデリック」
「良くはわかりませんが、アルベル様は産まれながらの美貌をお持ちではないですか!それも、メリダ王を狂わし、世界にその名を轟かす美貌なんて早々恵まれるものではありません。きっとアルベル様はこれから引く手あまたの選り取りみどり、我々ごときが持つ爵位なんて微々たるものでしょう。嗚呼、セリジア公領がもっと名高い家ならば堂々と婚姻を申し入れるのに!フレデリック様変わって下さい!」

普段は静かなタチなのだが、1度熱が入ると留まらなくなるアランの頭をフレデリックは小突く。

「悪いな。こいつなんも解ってないから」
「なにをするんです。フレデリック様」
「お前は余計なことゆーなよ」

やいのやいのと言い合いを始めた二人にアルベルは思わず吹き出す。

「本当に、仲が良いな。羨ましい…」
「では、貴女も友だちになりましょう」
「え?」

アルベルはキョトンと目を見開く。友人という立場のハイドンはいる。しかし彼とは飽くまで主人と臣下という前提があっての事だし、婚約者という間柄になってしまい、気軽に庭を駆け回る訳にはいかなくなった。そもそも、アルベルはバレンタイン公爵家の産まれ故、友人を自分で選べる自由はなかった。

「この城に滞在中は貴女はただのアルベル。フレデリック様も貴女も私も、家や身分を忘れましょう。せっかく、うるさい連中がいないんですから」

アルベルとフレデリックは顔を見合わす。

「こいつのこういう所が好きなんだ」
「なるほど」

そして、互いに笑い合う。

「なにか自分は可笑しな事を言いましたか?」

「いや。ありがとう。今日から私達は友人同士。上も下もない。よろしく、アラン」
「こちらこそ、アルベル」

手を取り合い握手を交わす二人から、フレデリックは開けられた部屋の扉へと視線を移す。

「いいよな。ローゼルト」
「…まあ、姉さんがそうすると言うのなら…」

アルベルや自分の荷ほどきなどの雑事を片付け終わって戻ってきたローゼルトは、ムスッとアランを見て渋々頷く。

「お前も、友だちな」

そして、にかりと笑うフレデリックを睨みため息を溢した。



メリダ王がアルベル・グラディオーレ・バレンタイン以上に美しい者でなければ結婚はおろか見合いもしないと臣下に命じたとの噂は、瞬く間に各国へと広まった。
そのアルベル・グラディオーレ・バレンタインが実はバレンタイン公爵家嫡男なのだと知っている者は限られている。アルベルを見た事がある夜会の主役を気取る者達はアルベルが如何に美しいかを自慢気に語った。誰もが未だ見た事ないアルベルの美貌を称えた。例え何気ない日常だろうとそれを歌にすれば吟遊詩人達は潤った。そんなアルベルを一目見ようと地位ある者達はバレンタイン城に詰め掛けた。派手好きのシュロウ王家は宴を開いてはアルベルを見せびらかした。どんな理由であれレキサンドルに勝ったのも嬉しかったのだろう。昨今のシュロウとレキサンドルは「太陽が沈んだ国と太陽が登る国」と比較されてしまっていた。だからこそシュロウ王家は殊更にアルベルを見せびらかす為の宴を開き、アンダルシア姫よりも美しいと歌った吟遊詩人には報奨を弾んだ。
「陛下、アルベルは貴方の人形ではありません」ダーリエの忠言は無視された。やがてアルベルへの求婚が各国から寄せられるようになった。最早収集がつかぬとダーリエは一計を案じた。まずアルベルに仮病で倒れさせ、療養が必要だと医師に診断させる。その療養先に選ばれたのがハイランドの片田舎に聳える、このヴァイツァーシュタイン城だった。



「久しぶりに静かな夜だ」
「姉さん。夜風に風邪を引いてしまいます」

居場所が気取られぬよう、ローゼルトとクリストフェルだけを連れて、ヴァイツァーシュタイン城の高貴な客人になった。まるで城落ちの様だとアルベルは呟く。

「そんなことない。そんなことはないよ、姉さん…」

アルベルに肩掛けをかけたローゼルトは、アルベルを後ろから抱き締める。

「ただ長い旅行なだけだ。俺は姉さんと二人で旅行出来るなんて嬉しいよ」
「ありがとう。ローゼルト」

ふと、アルベルの視線に手を振るアランが移る。アランは窓辺の人を忍んで見た騎士の真似事の如く、華麗な礼を施し去っていく。

「あいつ。姉さんになんて無礼な」
「良い奴だな。アラン・セリジアは…」

少し心が軽くなったとアルベルは微笑み立ち上がる。

「クリストフェル。程良い場所は見つけたか?」
「あちらの森ならば人気はないだろう。この辺りならば狼もいまい」
「よし。では、舞の鍛練に行こうか」

バレンタインの舞剣。それを極める事だけが今のアルベルが持てる希望であり確かなものだった。だから、この日課だけは何があっても欠かす訳にはいかない。



アルベルは知らない。
祖先アルウェル・ローズ・バレンタインも、その美しさ故に噂になりハイランドに落ち延びた事があると。ヴァイツァーシュタイン城。その城に100とある薔薇はその人の心を慰める為に贈られたものである。その人もまた森にて剣の修行に励んだ。誇り高い彼は美しいという称賛を揶揄と受け取り、その悔しさから筋力をつけられぬ境遇の身体でも負けぬ剣技を研究した。バレンタイン家に伝わるアスランの剣流を元に、少ない筋力でも効果的な攻撃になるよう改良を加えていった。そして、バレンタイン家の至宝『舞剣』へと昇華させていったのだ。

何も知らないアルベルは無心に剣を振るう。それでいい。クリストフェルはその様を見つめながら思う。迷い傷付く不遇の時があるからこそ、バレンタインの騎士達はより強く気高くなるのだと。



季節は春も終わりを迎える頃。
咲き誇った花々は美しく舞い、若々しい新緑の舞台へと移り変わる。



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