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夏の残響【峰下恭平】

【驟雨の残響】




今年の夏は暑い。茹だる様な暑さに思わず四季使いは何をやってるんだよとぼやきたくもなる。

「四季使いは季節に干渉する存在ではありません」
「リン」

声をかけて来るとは珍しい。

「…その呼び方はやめなさい」
「珍しいな」

その疑問を単刀直入に問えば、面倒そうな顔色を返される。

「貴方が四季使いを勘違いしているからです。四季使いは二十四節季の力を与えられた単なる能力者。季節に干渉する権利なんてありはしない」

面倒そうな顔から、迷惑そうな顔へと変化させる人が文机の前に座る。

「貴方がたが十二神の神子であるなら、我々は四季の神子。いえ、贄と言った方がいいでしょう」

普段自分は文官が集うこの部屋で過ごす事が多い。太裳の神子だからというのもあるが、本当の理由は今文机に書を広げ筆を滑らせている人にある。

「リンは嫌いなんだな能力(ちから)が」
「王綾と呼びなさい」
「今は誰もいないからいーじゃん」
「いい加減にしろ。恭平」

視線だけ上げて、睨むでもなくそれを冷たく尖らす人の髪をひと束すくう。

「ちょっとぐらいいいだろ?誰の為に色々してるご褒美にさ」
「誰も皇帝に溺れろなんて命じてない」

冷たい瞳の中に自分がうつる。自分ごときが筆を止められた事に満足して笑む。

「お望みとあらばそれをアンタに向けようか?受け止めてくれる?」
「俺は拓斗のものだ」
「相手にもされてない癖に」
「お前に言われたくない。皇帝は絶対にお前に靡かない」

すくった髪に口付ける。ぬばたまの様に黒い髪は艶やかで絹のような口当たり。

「万が一靡いたら困るのお宅でしょ」
「俺が?なぜ?」
「いや。靡いて欲しいのかな?でも、欲しいもんは手に入らないと思うぜ」

視線で誘う。それを視線で防がれる。それでも誘い続ける無言の攻防戦。

「今年は灼熱の暑さだよな。まるで、あの方の嘆きに天が答えたかの様な熱さじゃね?」

炎帝たるあの方の。
或いは赤帝たるあの方か?

「本当に苛つく。この蛮族が」

美しく整った柳眉がぴくりと動く。視線の攻防戦に勝ったと距離をつめる。

「ご命令は?」
「………」

声にせず唇だけで紡がれた言葉に御意と答えて、成長したが美しいままの身体を抱き上げる。





汚して。出来るだけ酷く…
その言葉のままに横たえた寝台の、整えられた寝具が醜く乱れる程に美しい身体を汚す。まるで野盗が村を侵略するような乱暴な行為に、己を隠す事なく乱れる彼は、汚して尚も美しい。飛び散る汗すらも美しい様に息苦しいぐらいに胸が締め付けられるのは、いつだって自分ばかりだ。





「こんな能力さえなければ、識る事は無かったのに」

ぐちゃぐちゃの寝台の上で煙管を片手に呟いた彼を、煙草を片手に仰ぐ。

「だから嫌い?」
「こんなものを持っていたって、所詮人間の心身には重しにしかならない」

その視線が追うは紫煙か、それとも―――

「お前の慰めてくれないその姿勢が好きだ」
「過ぎたお言葉で。魏紅に知られたら睨まれるな」
「魏紅は駄目だ。優しすぎる」
「拓斗さんは?」
「彼は、遠慮無く殺してくれるから」

その時が来たら…。そう紡ぎそうな唇を途中で閉ざし、言葉を紫煙に変える。紫煙が完全に空気に溶ける時間分待って俺は寝台から立ち上がる。

「どこへ?」
「そろそろコハクが夜遊びをする時間だ。リンも帰りな」
「だから、王綾と呼べと…」

溜め息を吐き出した人が呪文を唱える。凍てつく氷が水となり互いの身を清める。

「恭平。しっかり頼みますよ」
「ご命令とあらば」

服を纏い、悪戯に唇を奪う。

「また辛くなったら呼びな。望み通りの汚し方をしてあげるから」
閉じた扉の音はまるで二人の距離の様だ。





貴方はまるで驟雨。
春を夏に変え、夏を秋に変える。そんな激しさを持つ驟雨。それが残す痕跡は深く、癒える日は遠い。その激しさで奪う事を望むのは太陽の眩しさか、炎の暖かさか。あの日から俺はそんな彼の共犯者になった。





「貴方が蛮族の首領ですか」
「その息子だ。父は戦いの中で貴様らに殺された。父だけじゃない全てだ」
「その割には冷静ですね」

冷たい視線が注がれる。

「みえたからな」

紡いだ言葉にその視線が揺れるのに、暗い欲情を覚える。

「一族が贄なのは知っていた。だから戦を仕掛けられたのも。負ける宿命だったのも。理解出来ないのは、俺だけ生かされた事だった」

冴えざえとした美しさは、一族や家族の死をどうでも良くさせるのに十分だった。

「さっき下げた狼みたいな兄ちゃんじゃ役不足なのか?言えよ蛮族と卑下してる俺じゃなきゃ頼めない事があるんだろ?」

きっと感じ合うものがあった。そうだろう?その証拠に、俺の言葉に彼は瞳を揺らしはしたが、然程驚かなかった。

「貴方には共犯者になって欲しい。でも、その前に…」

美しいお坊ちゃんから紡がれた言葉にニヤリと笑う。

「なら、暴れないから縄を解きな。あと、その仮面みたいな顔と喋り方もやめて貰おうか」

取り澄ました表情が変わる。身体中に走った電流にゾクリと身が震える。

「堕ちようか何処までも…」

まるで夏の嵐の様に突然訪れた夜は、当然の様に心をさらっていった。





あれから幾千年。
久し振りに聞いた貴方の声が命じる。

「皇帝を籠絡しなさい」
「了解」

貴方の命令ならば、心すら偽りきってみせましょう。そして、俺は貴方とは違う嵐に溺れる。貴方と違って花の様に優しい花驟雨を抱く事が心から幸せなのだと。



END

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
緋龍は決断しました。
シリーズを書くなら妥協せずに全力を注ごうと。故にシリーズを乱発するのはやめようと。

皆様お任せ致しました。
緋龍のシリーズが始まります。全話本気故に話数は少ないですが、夏の暑さを吹き飛ばし、レギュラー革命が起きる程の作品を書ければと思っております。

今までのシリーズが余興と思える程に全力投球しますので、最後までどうぞお楽しみ下さい。

バレンタインの騎士4

【花舞う季節】





冬のシュロウは雪の監獄に閉ざされる。特に首都クリングラ周辺は雪深く、毎年あまりの寒さに凍え死ぬ人が出る。室内に居ても、暖炉の火を消し夜を越すのは命取りになる。斯様な場所にシュロウが首都を置くのは、雪という天然の城壁が古の時代からシュロウを守り続けて来たからに他ならない。

そんなシュロウに春が訪れた。分厚い雪が解け、花の蕾も綻ぶ。誰もが待ちわびた春は、シュロウにとっては重要な季節の一つであり、その春を祝す祭はシュロウで最も重要な祭事である。





「これは、凄いですね…」

初めて訪れた首都の、堅牢さの中に華美さを兼ね備えた美しい街並みに感動して忙しかったのに、クリングラ城内にひと度入れば、その中庭園のなんたる美しさか。しかも、贅沢な料理の数々と華麗に着飾った人々にも目移りする。そう言って感嘆の溜め息を安売りするのは、ハイランド地方に居を構えるセリジア侯爵家の嫡男アラン・セリジア。長い黒髪をリボンで纏めた姿は、少年ながらに端正で貴婦人達を囁かせる。

「そうか?こんな作りものの庭園よりも、ハイランドにあるウチの領地の森の方が綺麗だぜ」

答えた少年は、ヒューデレ公領主嫡男のフレデリック・フォン・ヒューデレ。その天才的な頭脳で幼少の頃に発表した『魔力波動の法則』の論文は世界的大発見だと云われ、賢者の塔に収監された程である。その功績から少年ながらに男爵位を賜っている。彼もまた美少年であり、赤毛を揺らしながら笑う姿な自然と人目を惹き付ける。

「言いますね。貴方のその歯にものを着せぬ言い回し、そのうち首が飛びますよ」
「俺の首が?俺は王公貴族のヒューデレ公爵家嫡男だぜ?家名なら、バレンタイン家に並ぶ」
「その自信どこから来るのでしょうね」
「家柄も頭脳もあるんだから、最強だろ?槍だって扱える」
「まあ…。実際貴方は凄いですけど」

会話しながらも視線を忙しくさ迷わせるアランを見て、フレデリックは微笑む。連れてきて良かったと。本来、セリジア家は王城に易々入れる身分にはない。だが、アランにこの美しい庭園を見せてあげたいと思い、フレデリックは己が身分を利用し供を命じた。もちろん、他の目的もあるのだが。

「とにかく、夜までは飲み食いを楽しもうぜ」
「夜に何かあるのですか?」

アランの問いにフレデリックはにやりと笑む。

「運が良ければ花よりも美しいものが見られるぜ」

二人の未来の公侯爵は春の訪れを純粋に喜び楽しみ合う。未来に訪れる運命など、まだ知る由もない。





「アルベル!」
「マクシミリアン?」

城内の大回廊の向こうからアルベル・グラディオーレ・バレンタインを呼ぶのは、魔術都市ウォルロックの城主子息である、マクシミリアン・エピキュリアン。几帳面に切り揃えられた黒髪が特徴的な秀麗な顔をしている。今日、晴れて成人を迎えるマクシミリアンは、アルベルの前に立つと堂々たる笑みをたたえその手を取る。

「久しいな」
「といっても雪が降る前だ」
「それでも、何ヵ月会えなかったと思ってる?」

すっかり好青年らしい所作を身に付けているマクシミリアンが、着飾ったアルベルの手の甲にキスをする様は、貴婦人が周りにいたらさぞや黄色い溜め息を誘っただろう。

「気恥ずかしいな…」
「最後に会った時はまだ13歳の儀式の前だったからな」
「…ああ」

アルベルは睫毛に隠すように、瞳を伏せる。
バレンタイン家とエピキュリアン家の繋がりは、古くアスランの時代まで遡る。大魔導師戦争にて迫り来る野心深き魔導師達を退けた英雄の家系として、バレンタイン共々語り継がれている。そんな英雄の家名に相応しく、マクシミリアンは涼やかな好青年へと育ちつつある。そんな、昔馴染みである彼の瞳に映る事に恥じらいを覚える。男を知りドレスを纏った姿を彼の瞳に映して欲しくないと思った。恋心や憧憬の様な愛らしい想いからではなく、穢れなき輝きを眼差しに持つマクシミリアンへの嫉妬に他ならないと、アルベルは悟った。そんな感情を抱く事すら浅まく、彼との歴然たる違いを見せつけられている様だった。

「ほう…。花も恥じらうとはこういう事を言うのか…」
「なんだ?マクシミリアン」
「いや、そうやって瞳を伏せる仕草とか…、色気があると思ってな」

アルベルは長い裾に隠しつつ拳を握る。

「今宵、その花の蜜を味わえる蜂は誰だろうな」
「…悪趣味だぞ。マクシミリアン・エピキュリアン」

思わず睨もうとして、その視線が広い背中に阻まれる。

「お戯れが過ぎるぜ」
「…ハイドンか。従者ごときが、図が高いとは思わないか?」
「今は、アルベルの婚約者なんでな」
「“今は”だろう?」

マクシミリアンが大きく溜め息を溢す。

「アルベル」

ハイドンの背中越しに、マクシミリアンの視線を感じる。

「邪魔が入ってしまったな。残念だが、祭で会えるのを楽しみにしてる」

アルベルは去り行くマクシミリアンに儀礼的な言葉すら掛ける事が出来なかった。悔しさに握った拳が震える。それを抑えようと、ハイドンに抱き締めてくれていたのにも気付かずに、胸に沸き踊る葛藤を必死に消そうと唇に歯を立てる。「同じ大戦を共に戦った英雄の子孫同士、何故こうも違うのか」「同じ歳。剣の腕は己の方が上で、容姿だって彼方の方が…」なのにまるで置き去りにされている様だと、宿命を恨みかけて耐える。囚われてはいけない。それでも、バレンタイン家嫡男であることを誇りに、前に進むしか道は無いのだからと。

拳を握りながら耐えるアルベルを抱き締めながら、ハイドンはいつまでもマクシミリアンが去った方角を見つめていた。それは、まるで仇敵を見るかの様な眼差しだった。





花舞うシュロウに華が舞う。
夜闇を照らす焚き火の周りで、肌も露に踊る男女にアランは頬を染めながらも興奮するままにフレデリックの袖を引く。

「嗚呼、なんて凄い!花祭の夜会に出席したのは初めてですが、こんなに凄いとは!しかも、我が領地と違って人々の容姿のレベルも高い!」
「そうかねぇ」
「そうです。特にあの玉座の隣に座る方は皇姫ですか?なんて豪奢で美しい」
「………お前、見る目ないな。そもそも姫が玉座の隣に座るわけ無いだろ。皇子ならまだしも」
「え?でも…」

アラン程に夜会に興味の無いフレデリックは、アランの視線の先の玉座の前が空いたのを見定めて、そちらへと踵を向ける。

「あ、ちょっと」

置いていかれそうになったアランは慌ててフレデリックの後を追う。

「陛下。ご無沙汰しております」
「フレデリックか。若年にして父君から辺境の地の任され、しかと統治していると聞いたぞ」
「ご存知頂けていた事、光栄に思います。今宵はこちらの者を紹介したく思います」

フレデリックは目配せで皇王の視線をアランへと導く。

「ヒューデレ公領がひとつ。私が預かるセリジア領の侯家嫡男のアランです」
「お、お初にお目にかけます皇王陛下。ご息女も大変麗しく、さぞっ」

皇王が声を上げて笑うのに、アランは言葉を止める。

「良かったではないか、アルベル」
「嬉しくありません陛下」

溜め息をひとつ溢したアルベルが顔を上げて、アランを見つめる。見つめられたアランの頬が染まる。

「我が娘ならばこれ以上の事は無いのだがな、残念ながらアルベルは、バレンタイン家の花だ」
「ま、そういうこと」
「バレンタイン…何故、名家とはいえ騎士の家の息女が陛下の隣に?」
「我が美しい姪っ子を自慢したかっただけだ」

アルベルがアランを見つめる瞳を細める。

「陛下。今宵は花祭。久し振りにあった友人を独り占めされては敵いません」
「フリッツは相変わらずの減らず口だな」
「陛下。私もヒューデレ公領主と久し振りに四方山話に興じたく存じます。それに、そちらの方ともお話がしたいです」
「アルベルにそう言われては仕方がない。行って来なさい」
「ありがとうございます」

立ち上がったアルベルは、階を一段降りると皇王に向き直り淑女の礼を行い、フレデリックとアランを伴い用意されているソファーのひとつに腰を降ろす。フレデリックとアランはアルベルを囲む様に左右に座る。アルベル自身に注がれるマクシミリアンの視線には敢えて無視を決め込む。

「ありがとう。フリード」
「いいって事よ。お前も見世物ご苦労だったな」
「慣れているさ」

旧知の仲の二人は互いに苦笑し合う。アルベルは、それで今までわだかまっていた様々な想いが少し軽くなった気がして、心の中でもう一度アランに礼を述べる。

「あ、アルベル様。私はセリジア侯子息のアランと申します」
「ええ、フリードから聞いております。とても勤勉で優秀な方と。今度ぜひご趣味と伺ったダンスをご披露頂きたい」

アルベルの事情を知っているフレデリックは、女性らしい言い回しで話すアルベルに吹き出しそうになっている。

「なにを笑っているのですか。失礼ですよフリード様」
「いや、はは。悪い」
「本当に、何が可笑しいのでしょうねフリードは。匙でも転がりましたか?」
「ダンスの披露は是非今からでも大歓迎ですよ。アルベル様!」

次いでアランの言葉にフレデリックはさらに吹き出し、アルベルは固まる。

「そ…、それは、大変光栄なお申し出ですね。ですが、ご披露は是非後日に…」
「そうですか。残念です。………て、何がそんなに可笑しいのですかフリード様」

アランに咎められ、フレデリックは咳払いを3回してやっと笑いを納めると説明する。

「あのな。花祭の夜会で女をダンスに誘うのは、ああいう行為のお誘いなの」

アランはフレデリックの指差す方へと視線を送る。薄いカーテンの先で絡まる男女を見た瞬間、アルベルが困った様に扇で口元を隠した意味を理解した。

「あ、ああ…。なるほど、すみません。知らずとはいえ失礼なことを…」
「いえ。気にしておりません」
「あ、ですが、アルベル様ほどお美しい方でしたら、私はドンとこいです!」

アランの意気込んだ発言に、アルベルはさらに固まり、フレデリックはアランの頭を小突いてから肩を竦める。

「でも、実際誰を選ぶんだアルベル?“初めての花祭”だから誰も相手にしないわけにはいかないんだろう?」
「………その通り。で、困り果ててしまっている」
「ハイドンとかアイリス?」
「まあ、最終的にはそこに落ち着くと思う。さすがに彼等以外を選ぶわけにも…」

そう言いながら周辺を見回したアルベルの視線が一点で止まる。しばらく一点を凝視しているアルベルの視線を見たフレデリックの目が見開かれた。



花祭の夜はゆっくりと深くなりつつある。
そんな時刻のことだった。



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