【非常識であれ!】
「18番街で声高に親タイタニアを口にするのは愚行でしかない」
車椅子に乗っている少女を囲む狼藉者は7人。
「ですが、その勇気と誇りは買いましょう。名は?」
今宵は些か風が強い。だが、気に留める程では無い。唯一邪魔な髪を結び、軍靴を夜道に鳴らす。
「え、エカテリーチェだけど。アンタ…」
「エカテリーチェ。人が死ぬ所を見たく無ければ目を閉じなさい」
タイタニアのガキが一人だ。怯むな。タイタニアを殺せるチャンスだ。口々に叫ぶ言葉は最早負け犬の遠吠え。緑色のロングコートの裾を翻しながら、華麗なターンを描くだけ。7人いた反タイタニアの獅子と名乗った者達で“生きている”のは3分足らずで2人だけになった。
「愚かですね。人が死ぬ所を見る業を背負う必要は貴女には無いのに。いえ。そういう女性だから、こんな場所でタイタニアの悪口を言う奴らに喧嘩を売れるのでしょう」
「き、貴様…」
「まだやりますか?次はお二人も殺しますよ」
素人目にも2人はわざと生かされたのが解る手際。毒を吐く男にも、戦意が残っていないのは明白だった。
「僕はジュスラン・タイタニア。エカテリーチェ。僕の部下の名誉を守ろうとしてくれてありがとう」
返り血すら浴びていないジュスランはエカテリーチェに手を差し出した。殺戮を見てもなお怯まず握手に応じたエカテリーチェに、ジュスランはにこりと微笑んだ。
「彼等をタイタニア警察の手に委ねなさい。情報は期待出来ませんが、タイタニアに喧嘩を売った愚かさを、その身に刻んでから死んでもらいましょう」
ジュスランの右手に応じて駆け寄ってきた部下に命じ、ジュスランはエカテリーチェの車椅子を押す。
「食事でもしながら、詳しいお話をお嬢さん」
―――彼等は非常識に服を着せた存在である―――
タイタニア批評家:ヴァン・エーリン
聞き分けないジュスランに覇王アジュマーンは珍しく困り果てていた。
「なんど言われても、正気の沙汰とは思えない」
「何故です!『誇りを持った健全な者』これがタイタニアの募集要項の全て。五体満足じゃなければならないなんてルールはないのでは!」
「それを踏まえた健全だ」
眉間に刻んだ皺が覇王の怒りを表しているが、ジュスランは怯む気配も退く気配もない。
「では、ハイドベルト卿はタイタニアではないと?例えば、アリアバード兄さんが両腕を失ったとして、その軍略が健在なのにタイタニアじゃ無くすと?」
「不吉な例えをしてくれる」
これじゃあ会議が始まらないと、覇王次男にして『黒の四公爵』のアリアバードは口を開く。
「覇王閣下。やりたいならば、ジュスラン卿の好きにさせてやればよい。足が悪い者を隊列に加えればどうなるか、身を持って教えた方がいい」
「時にジュスランよ。傍に置きたいならミストレスにすれば良いだろう。何故、入軍させる事にこだわる?」
「アリアバード卿。彼女はいずれタイタニアに無くてはならない存在にしてみせましょう。レイナード卿。彼女はそういう対象ではありません。それに、僕の部下が彼女の恋人です」
「ふーん。俺は面白いと思うよ。やらせてみてもいいんじゃない?」
三男、『赤の四公爵』アドルフの言葉に覇王アジュマーンはため息を吐き出す。
「覇王閣下はさ、ジュスランを可愛がり過ぎなんだよ」
「その通りです閣下。彼の部隊の人事にまで口を出すなど、些か過保護過ぎかと」
「好きにしろ」短い一言で許諾を得たジュスランは不敵に微笑んだ。
何故、足が使えなくなったからと、あの知将ハイドベルト・タイタニアが非戦闘員扱いされ、終わった人の様な謂れをされるのか。タイタニアに命を賭け、身体が故障したからと日の当たる場所から退けられてきた者達を沢山見てきた。命がらがら生き残った彼等よりも、戦場で命を散らした者の方が評価されるのは可笑しい。身の上に嘆くしか出来ない無能ならば、仕方がない。だが、まだやれると足掻く者達まで排除するのは、頂点を極めた軍隊のする事なのだろうか?否、きっとそれはいつかタイタニアの弱体化に繋がってしまうと、ジュスラン・タイタニアは考えていた。
鵬恵を傍らにジュスランは自信に満ちた笑みを浮かべる。
「やはり苦戦しましたね」
「イドリス卿が苦戦するとは。そんなに難しい相手なのか?」
「いえ。重力ワープの中だからですよ。あそこは光速を凌駕する速度があるんです。有人戦闘機では、長時間戦えない」
「ああ。だから、出たり入ったりしてるのか」
「そう。こういう戦場でこそ、あれが役立つ」
期は熟したと、ジュスランは右手を前に差し出す。
「行きましょう。ゴールデンシープ前進!重力ワープの中へ」
ジュスランの幕僚達は、『前進』の手信号を受けて、速やかに動く。皆、ジュスランの悪巧みを知っているから、どこか楽しそうに各々の役割をこなしている。
「ちっ。しゃしゃり出て来やがった」
「助力致しますイドリス卿。貴殿は学生達を無事ワープから抜けさせる事に注力を。背後はジュスランにお任せ下さい」
悔しそうに舌打ちするが、愚かではないイドリスは、ジュスランの言葉通り、重力ワープを全速ノットで飛行させられている学生達の元へ船首を向ける。
「準備はいいですか。エカテリーチェ、シン・ゴッド、イノリ」
「こっちはいつでも出撃出来るわ」
「ワクワクしてきたぜ大将!」
「ジュスラン。早く…」
この日の為に歩んで来た。彼女達に特殊な訓練を施し、桜桃を抱えて資金を得て、レイ・ライバックや純の力を借りた。
「ハッチオープン」
ジュスランの声に答える様に、艦内のアラームブザーが鳴る。
「ハッチオープン。スタンバイ!」
「イドリス卿。白星はいただきます」
「チェック完了。カウントトゥエンティー」
イドリスはゴールデンシープの下腹部が開くのをみた。メンテナンス前にはあんなのは無かった筈だ。開いたハッチの先には3機の輝く戦闘機。
「あー、くそっ!蒼狼!見せ場とられた!!」
「落ち着くドリン!」
「こうなりゃ、こっちも完璧にやるぞ!ついて来い!トワイライト全速ノット!!」
ジュスランは右手を天へと上げる。
「さあ、今宵の白星はタイタニアの歴史に刻まれますよ」
「レディ」
「エスぺランサー!出撃せよ!!」
その右手が降り下ろされ、3機の戦闘機が次々と重力ワープ内に躍り出る。すぐに追跡者達との激しい戦闘が繰り広げられる。数分後、レイナードは眉根を寄せる。
「なにをやっているジュスラン。もう人体の限界時間をとうに過ぎている」
新型の戦闘機を注力して眺めていたアリアバードは、その異様さに気付いた。
「いや…。あの戦闘機、コックピットがない。まさか無人なのか?」
「まさか。なら、どうやってあんな緻密な動きを」
「ねぇ、二人とも。ジュスランが拘ってたあの子が関係してるんじゃない?ほら、エカテリーチェとかいった車椅子の」
3つの戦闘機の内のひとつが学生達の船を追撃していた敵機に近付く。そして、追突した。
「ありゃ、ワイゲルト砲か?」
「だろうな。なるほど。あれだけコントロール出来る無人機ならば、可能だな」
噴煙を上げ制御を失う敵機を見ながら、アスランとハイドベルトはタイタニアに新しい戦い方が飛来した事を察する。
「よくやりました。エカテリーチェ。貴女は今タイタニアの歴史に名を刻みましたよ」
オペラグラス(管制展望室)でジュスランは高らかに笑う。明日から忙しくなるだろう。新たなタイタニアの英雄達の名前を宣伝して回らなければならないのだから。
―――歴史を作れるのは、非常識を実行出来る者である―――
レイノルズ・タイタニア
タイタニア。
彼等は歴史に名を刻む為に命を差し出せる者達である。
END
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あー、楽しかった!
一度でいいからこういうかっこいい文章を書いてみたかった。
今まで恋愛話ばかりだった緋龍でしたが、こういうのいかがでしょうか?
と、言うわけで
タイタニアシリーズやりましょう!みなさまお楽しみを。