【気高くあれ!】





セティア・タイタニア。
その戦歴の初戦を飾るのは、タイタニアでも類を見ない珍しいもの。それは、誰もが絶望した敵だった。巨大な隕石は真っ直ぐエウリアに向かっていた。破壊力自慢のワイゲルト砲でも撃ち砕くのは不可能と算出され、救援の要請を受けたタイタニアも市民の避難しか受けられないと難色を示した。そんな中、覇王アジュマーンに直談判し、隕石との戦いに挑んだのは齢14歳のセティアだった。

「人の命を如何に救おうが、故郷を失っては意味が無いのだ」

これが、直談判した時のセティアの言葉だった。辛うじて自身の手勢だけでの出撃を許されたセティアが浮かべていたのは、絶対の自信。隕石との無謀な戦いに面白いと乗じた男達がいた。アドルフ・タイタニアとエストラート・タイタニアだった。この二人にセティアが命じたのは、15歳の誕生日に向け製造が進んでいた自身の未来の旗艦を撃ち落として欲しいというもの。

斯くして、セティアの旗艦ルーディリオンはワイゲルト砲を10個も乗せて、それ自身が巨大な砲弾になって隕石に追突した。それは、まるで紅蓮の矢が悪魔を滅ぼすかの様に見えたという。策が決してから決行までの3日間、念入りに脱出シュミレーションだけを行っていたセティアの手勢は、誰一人欠ける事無く、アドルフの旗艦アウローラに避難した。粉砕した後、四方に散った隕石の欠片は、エストラートの軍勢と、途中無償で戦列に加わると名乗りを上げたイドリスによってその殆どが空中爆破された。

「見よ!タイタニアは神が施した運命すらも凌駕する!!」

アウローラから宣言したセティアの言葉に、エウリア市民だけではなく多くの都市星権が喝采を贈った。『紅蓮の矢』セティアに与えられた二つ名と共にタイタニアを英雄視する者が増えたのもこの頃からである。





―――無茶も無謀も今や実現出来るのはタイタニアぐらいだ。故に恐ろしいのだよ―――
タイタニア研究家:エリス・ツッカート





だが、セティアは初陣にして余りにも名を売り過ぎた。婦女子が溜め息を溢したくなる美貌も相まって煙たがる者がタイタニア内に続出した。タイタニア外への名声が高まれば高まる程、内に敵を作ってしまったのだ。



「まさか、我等が紅蓮の矢セティア様が女だったとはなぁ」
「くっ…離せ下郎がっ…」
「女は将になれないっていうタイタニアのルール知らないのかよ?」
「英雄様は覇王すらも騙す狼藉者だったわけだ」
「戯れ言をっ」
「状況解ってるセティアちゃん?女は大人しく男を満足させてるべきだって、今からお兄さん達が教えてやるよ」
「は、知りたくもない。そんな下衆の考え」

彼等が言う事の半分は事実だった。女は将になれない。大人しく着飾り男を立てるべき。これが今のタイタニアだ。故にセティアは男子が産まれなかった両親のため、男として生きる事を決めた。

「どんなに武装したって女なんだ。男の味を知ったらきっと柔順になるさ。そしたら、この俺様が囲ってやってもいいぜ」
「存外もう知ってるかもしれないぜ。覇王閣下にココで取り入っているのかも知れない」
「大人しくしてな。俺達の下でこれからも可愛くしてりゃ、女な事を黙っていてやる」

男達は言ってはいけない言葉を吐き出した。今まで穏便に済ます事を考えていたセティアは、懐からナイフを出し男達の喉元を躊躇いもなく切り、全員絶命させた。

「黙っていてやる?そんなもの、貴様らの口を塞げば済む事だ」

血飛沫に真紅の軍服が深紅に染まるのを意にも介さずセティアは、立ち上がる。

「思い上がるな下郎共。このセティア・タイタニアが吠えるだけの犬に屈するとでも?せっかく殺さずにやり過ごそうと思考を巡らせてやっていたのに、覇王すらも侮辱する貴様ら等生きる価値もない」

その血にまみれたナイフなど汚いとばかりに放り投げたセティアは、踵を返し茂みの人へと声をかける。

「助けていただいても良かったのでは?アドルフ卿」
「本気でやばくなったらそうしようと思ったけど、いらなかったでしょ」

アドルフは肩を竦めてセティアの髪に手を伸ばす。

「美しい金髪にまで血が散ってる」
「後で洗うからいい」
「そう言わない」

アドルフは指を鳴らして駆け付けた部下達に“ゴミ”の始末を命じてセティアを自室へと招く。

「身を清めておいで」
「では、好意に甘えよう」

セティアはタイタニア内に敵を多く作ったが、狂信者も作った。覇王三男にして赤の四公爵であるアドルフも狂信者の一人だ。

「腐っているな」

湯上がりで自身が用意した衣類に身を包んでいるセティアの腰に回そうとしてしまった腕を、セティアの言葉が留める。14歳の娘が、4人の男から性の脅威に晒されて大丈夫な訳がない。入浴時間がそれを物語っていたが、セティアは毅然と男になろうとしたアドルフをそれと知って抑え、窓辺に寄る。

「時にアドルフ卿。この庭に雑草が生い茂ったら如何にする?」
「そりゃあ、刈るでしょ。じゃないと育てたい花が育たなくなってしまう」

愚かな欲望に支配されそうになった己を叱咤してアドルフはセティアに並び庭園を眺める。

「タイタニアもそういう時に来たのかもしれない」
「雑草が増えたってこと?」
「歴代の獅子達の働きはタイタニアを盤石のものとした。10万騎もの軍艦を操れるだけの一大勢力を築く程に」

セティアの瞳は決意を滲ませ、庭園の先を眺めていた。

「肥沃な大地には雑草も良く育つ。だが、大輪を維持するには残念ながら雑草を刈らねばならない」

君のその決意の先には、きっと君の敵を沢山作るよ。今以上に危険に晒される。その言葉は飲み込むしかなかった。セティア自身が解った上で口にしていたから。

「腐った雑草はやがて大地を毒してしまう。腐葉土になる雑草ならばいいが、大地を汚す雑草を見過ごす訳にはいかない」
「成る程ね。確かに、雑草を放置した結果毒に犯され滅んだ世界の歴史も沢山ある」
「私は雑草を刈ろうと思う。傍若無人のタイタニアの時代は終わった。これからは、人々を導ける存在でなければ、タイタニアは腐ってしまう」
「セティアがやるなら、協力者として適任がいるよ」

決意を口にしてしまったセティアに、アドルフはセティアを守れるだけの力を持つ者を紹介するしかなかった。

「射撃すらまともに出来ない自分じゃあ、きっと足手まといになってしまうからね」

これが、後の後悔になってしまうとしても。紅蓮の矢がより一層の輝きを持って歴史に刻まれるのならば。アドルフはこの時一番己の性分を呪った。

そしてセティアは時代を駆け抜けた。困る者達の声に耳を傾け、それがタイタニアの狼藉によるものだと聞けば、容赦なくそれを罰した。セティアに反感を持った身内の雑草達はセティアが落とせぬ者ならと、セティアの身内を堕とした。噂は覇王の耳にまで届き、遂には捨ておけないまでになってしまった。

「葬儀は行うな」

覇王の命が初めて無視された。セティアの夫となったアリアバードはその死後1年後に「偲ぶ会」と証した葬儀を執り行った。その「偲ぶ会」に集った人数は歴代の覇王全てを凌駕した。その殆どはエウリア市民だったという。





―――正しく、気高くあれ。それが、英雄への最もたる近道だと心得よ―――
セティア・タイタニア



END

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みんな大好きセティアさん。
なんていうか、もう。隕石に勝つとかかっこよすぎです。