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【人物名鑑】ルシア

【Lose Glorious Knight】




「精が出るな。ルシア」

呼び掛けられた声に剣を下ろし振り返る。

「エリゴル」
「魔界に来てからも鍛練を怠らず、毎日剣を振るう…か。騎士の鏡だな」
「そんな事ない。ただ、習慣になってるだけさ」
「そうかな。習慣で振ってる様には見えなかったが」

歩み寄りながら剣を鞘から抜いたエリゴルの動きを目で追う。

「私には強さを追い求めている様に見えた」

下ろしたまま剣は構えずに、エリゴルの動きと息遣いを、気配を意識する。どこの流派にも属さず、実戦のみで腕を極めた、これがルシアの戦い方。

「そりゃ、鍛練するからには強くなる事は目指すでしょ」

エリゴルの周りの空気が僅かに変わるのを感じ取る。相変わらず攻撃の一手を読ませないエリゴルの動きはギリギリまで解らないが、何度も剣を交わらせて漸く掴んだエリゴルの僅かな癖。ルシアは軽く地面を蹴って後退すると、下段から上段に向かって切りかかって来たエリゴルの剣を交わし、続いて上段から下段に下がってくる剣劇を受け止める。

「よくぞ見切った」
「エリゴルは攻撃に転じる直前に軽く剣の束を握り直す」
「なるほど」

軽口を叩きながらエリゴルと剣を交わらせるのは楽しい。本気にならないと殺され兼ねない程の手練れだし、鍛練だからと手を抜かず殺しに掛かってくれるから、コレだけを考えていられる。

「生前よりも腕を上げたな」
「相手が良いからな。そりゃ、ヴィロッサ相手じゃ強くはならないさ」

見透かされてる。エリゴルが「付き合おう」の一言も無く仕掛けて来る時は、俺の剣に迷いや焦りがある時だ。だが、エリゴル相手には隠す気にもならない。隠しても、剣を振るう姿を見られたらバレるのだから。





『ルシア・グランディアノ』
商人の家に嫁いだ女は、何を思ったのか世界で最初に光の神の眷属になったと云う、伝説の騎士の名を商家の三男坊に与えた。





不意にルシアは目を覚ます。
不釣り合いな、船底の板敷に布を敷いただけのベッドに横たわるルーディルンの深窓の姫の、無垢な寝顔を確かめる。無意識に気配を辿り危機が迫っていないか確かめる己に苦笑する。

「寝てたのは10分くらいか」

手頃な樽を見付けて、そこを己の寝床と定めて、何時でも手に取れる場所に剣を立て、5分10分の眠りを数刻置きに繰り返す。味方しかいない船でも、男所帯の船旅ならば姫には別の危機もあるだろうから、油断ならない。

「中身は男でも、腕っぷしはか弱い女だからな」

敢えて考えていた事とは別の事を声に出して苦笑する。俺も旅慣れたものだ。祖国ルーディルンが滅び流浪の騎士になってから、まだ一年も経っていない。だが、心も身体も覚えている。存在しない長い旅路を。

「う…ん…」

不意の身動ぎに、身を包む薄布から覗いた白い肩に不埒な欲を覚えてその唇に口付ける。姫たる外身には興味無い。欲しいのは中身の皇子。否、違う。忍ぶ口付けだけで欲を抑え込むのにも慣れてしまってる己に苦笑する。

「ゆっくり、おやすみなさいませ」

時刻的に夜這いを仕掛ける輩もいないだろうと、ルーディルンの至宝と謳われた玉体に薄布を掛け直し、甲板に出る。冷たい海風が旅で伸びた襟足をさらう。燻った熱は冷めやらない。

「ユーシス」

口の中だけで呟く。自分の胸の中にいるのは、姫でも皇子でも無いと解っている。ちらつく栗毛の残像と、高貴な二人が浮かべる筈も無い笑顔。二度と消化し得ない想いを抱き続けるのが辛くて、逃げる様に皇子に向けているだけなのだと。

「情けない」

船室の裏の積み荷の影に身を隠して、猛って静まらない自身を取り出す。欲情したのは、姫にも皇子にもではない。似たような光景に、存在しない旅路の道連れの彼を思い出した。閉鎖的な船旅で二人だけの船底で、眠る横顔に初めて欲情した。男所帯の長い禁欲生活のせいだと必死で自身を誤魔化した日々が懐かしい。自身を弄びながら浮かんだ顔は黄金の姫でも白銀の皇子でも無く、栗毛の魔導士だった。その事実に、無駄遣いされた白濁液を眺めて自嘲う。

「出て来いよイサック」
「あー、えっと」

途中から気が付いていた気配へと声を掛ける。

「眠れないのか?」
「ええ。まぁ…」
「まあ、旅程が順調なら明日上陸だからな」

気まずそうな今の旅の仲間のイサックに敢えて真面目な話題を振る。

「た、溜まりますよねぇ…」

なのに話題を戻すイサックに苦笑する。

「まあな。しかも誰かさんは人の気も知らないで無防備に寝てるからな」
「警備ご苦労様です」
「イサックも溜まるの?」
「そりゃあ、賢者の修行しててもですねぇ、男ですから」

「そっか」と立ち上がりイサックに並ぶ。二人してなんとなく船首まで移動する。

「時々後悔するんですよぉ。貴方にユーシス様を紹介したのは間違っていたんじゃないかと…」

語尾を口ごもらせるイサックをチラリと見る。イサック旅の事は何も知らない。だが、俺とユーシスを出会わせたのはイサックであり、何があったか察しはしているのだろう。

「俺は感謝してるぜ」

わざと痛いくらいにイサックの背中を叩いて、うっすらと顔を出し始めた朝日に照らされで彼方に見える陸地(シュロウ)を望む。





『救いたいんだ。大切な人達を』

らしくもなく慈愛に満ちた表情を浮かべる時、ユーシスは必ず運命の話をしていた。

『その為ならね、なんでも出来るんだ』

その小さな手に何れ程のものを抱えているのかは知れない。

『命も未来もいらない』

その細い背中に背負っているものが、余りにも大き過ぎるから、支えたくなった。

『本当は怖いんだ。死ぬ事じゃ無くて、なにも無くなってしまう事が…』

使命感に隠した弱さが、放って置けなくなった。だが、俺とユーシスが生きて出逢う事は二度と無い。お前を死なせたくないというエゴでその道を経ってしまったから。





「遂に、此処まで来たか…」
「殿下」
「ルシア、イサック。死んでも私をシェラバッハの元へ辿り着かせよ」
「御意」

愛する剣の人へと、騎士の忠誠の証を掲げる。聡い皇子は俺を横目に見て微笑する。視線で、今は本物の愛と忠誠を捧げよと告げて来る。その気高き姿に忠誠を捧げ直す。

「止し」

満足そうに笑んだ高貴なる皇子が陸地(シュロウ)へ臨む。

「レキサンドルの勇士達よ!錨が降りるのを待つなんて女々しい事なんてせずに飛び込みなさい!功は万人の手に!」

遂に上陸が始まる。

「メリダの戦士よ!走れ!首級を獲得った者は明日から大金持ちだぞ!」

一体何人が血の道の果てに辿り着けるから解らない戦いの狼煙が上がる。

「逝きなさい!ルーディルンの騎士よ!どうせ潰える命なら、せめて1人でも多くの仇を闇の神の元に送りなさい!!」
「姫の為に道を作れ―!!」

柄にも無い号を放ち、我先にとシュロウの猛者を血祭りにしてみせる。

「俺はルシア・グランディアノ!!闇に堕ちたシェラバッハを討ち取る為、光の神の世界から舞い戻って来たぞ!!」

流石に手堅いシュロウ軍勢を屠りながら前へと進む。我ながら最低だ。決して皇子の為なんかじゃない。





闇の眷族達よ照覧あれ!
迎えるならば、死してもあんたがたの剣となり戦おう!!
俺はルシア・グランディアノ・ローレル!!闇の剣となり、未来永劫戦い続ける事を望む!!





そうすれば、きっとどこかの未来で君に逢えるだろうから。



そんな俺を見透かす様な声が、俺の名を呼ぶ。

「いいだろう。君のその剣、永劫殿下の為に振るってみせなさい。我が、エリゴルの眷属となりて闇に堕ちなさい」

これで、いつかまた君の荷を肩代わり出来る可能性が生まれた。

だから、喜んで闇に堕ちよう。



END

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人物名鑑、二人目はルシアさん。かっこいいなぁ…。
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