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カクテルナイト【アラスカ】

【偽りなき心】




皇家本邸。皇居に程近い場所に位置する、3棟からなる広大な屋敷。その一棟の、明治を思わせる洋館にあるバー。当主後見だった男がカクテルブームが下火になると同時に職を失ったバーテンダーを雇って作った場所。腕利きのバーテンだったが当時の若さ故に時代の波に放り出された、今や老齢の彼のカクテルをここで楽しむのが、ささやかな楽しみだ。今も昔も。





辛口ドライ・ジンとリキュールの女王と名高きシャルトリューズ・ジョーヌを1:3でシェイクする。誤魔化しのきかないシンプルなレシピが「アラスカ原住民の心に似ている」という意味で名付けられた、至高の逸品アラスカ。ジョーヌの琥珀に魅せられて、必ず注文するカクテルになっている。

「龍樹、なに飲んでんだよ」
「ガキが入っていい部屋じゃねーぞ。椎名」
「綺麗な色だな。俺にもくれ」
「…酒だぞ?未成年飲酒禁止」

しかし、元々人の話を聞くタイプじゃない椎名は龍樹の隣に座る。椎名みたいなガキが座りにくいようにわざと高くされたスツールだから、足が届かなくてプラプラさせている様に吹き出しそうになる。

「最年少で鬼切りになったんだ。褒美に酒を飲ませろよ」
「ちゃんと家録読んだか?最年少は鬼子のランだよ」
「人間では最年少だ」

龍樹はやれやれと肩を竦める。

「仕方ない。白木さん、オレンジジュース」
「お前と同じのを飲む。これから、お前と義縁の徒になるんだから」

椎名が顔を赤らめる。皇は鬼切りを生業にしている。鬼を切れば障気が心身を蝕む。人間故に自浄能力に乏しい皇では、鬼切りは男しかならない。女は生業(なまなり)になりやすいからだ。2人1組で行動し、そのパートナーと皇流の云わば結婚式を行う。儀式で結びついた者同士が交わることで障気を薄め、鬼切り寿命を伸ばすためだ。皇での女の役割は腹でしかない。息子が産まれたら寄越せと結婚しないものも少なくない。男同士、パートナー同士の結び付きこしそが皇で最も尊い。皇では、そのパートナーを「義縁の徒(ぎえんのともがら)」と呼ぶ。
義縁の徒は剣と盾が占いによって定められ、盾は剣を受け入れる。要は剣のオンナになる。椎名は先程占いで龍樹の盾と定まった。

「仕方がないな。だが、同じのは駄目だ」

椎名なりに運命と龍樹を受け入れようと懸命に考えているのだろう。酔いたい。素直ではないがそう言いたいのだろうと理解して、その意地らしさに龍樹が根負けする。
ドライ・ジンよりもシャルトリューズ・ジョーヌを少し多めに、そこにレモンジュースを加えて貰うよう白木に頼む。

「スプリング・フィーリングです」
「お前のと同じ?」
「俺のはアラスカ。そこにレモンジュースを足したものだ。春を感じてとか新鮮って意味のカクテルだよ」

椎名の唇がショットグラスに触れる。いろはも何も知らない椎名はひといきにそれを飲み干し、飾りのチェリーも綺麗に平らげる。スプリング・フィーリングのレシピにチェリーはない。

「良かったですね。龍樹様」
「わざとにしてはあからさま過ぎんだろ」

「相手がわかってなきゃ意味ねーよ」と白木に返して、首を傾げている椎名を見る。アルコールに耐性のない身体は熱を持ち、頬が上気し目が潤んでいる。

「おれ、ショタコンの趣味はないんだけどなー」
「僭越ながら老人の経験上予言しますと、龍樹様はきっとはまりこみますよ」
「いやな予言だな」
「おいしかった。また飲みたい」

呂律が怪しくなってきた舌っ足らずな喋り方が、可愛く見えて頭を撫でる。滞りなく済んだ儀式の後、煙草を吸いながら頭を抱える。白木の予言は大当たりだった様だ。




皇龍樹は皇家随一と云われる程に秀でた鬼切りだった。故に、出動要請が掛かる回数も多い。しかし、龍樹はひとつも断る事無く命令に忠実に遂行した。それが、常人なら無謀だと云われる命令でも。まだ青二才だった頃の龍樹は、鬼切りと云う仕事に誇りを持っていたのだ。誰かの為に戦うという理念と、少しでも鬼による被害を無くしたいという信念があった。だが、龍樹は強すぎた。佐伯家の鬼切りが2、3人がかりで仕留める鬼をひとりで倒せてしまうぐらいには。故に、己に下される命令の危険度が図れなくなっていた。

「椎名!」

龍樹の腕の中、意識を手放しぐったりする椎名の身体の中で障気が渦巻く。ここ最近、連日命令を受けていた。昨晩も互いの障気の浄化の為に身体を重ねたばかりだ。元々、身体が悲鳴を上げかけていた椎名は、敵の攻撃を避けきれず、まともに直撃してしまった。いや、避け切れなかったのは龍樹だ。椎名はそんな龍樹を庇ったのだ。身を切り裂かれるぐらいに沸き立つ怒りに龍樹は叫ぶ。

「椎名は暫く使いものにならない。暫く、他の者に代理をさせよう」
「待て。俺は椎名以外と組む気はない。義縁の徒が病床の時は、その片割れも休むのが習わしだろう」
「わかっているだろう、龍樹。お前の戦力を遊ばせてはおけない。これは当主の意思だ」
「パートナーは椎名だけだ」
「私情を挟むな龍樹。一度はお前の我が儘を受け入れ椎名をつけた。しかし、元々お前の真の義縁の徒が現れるまでの繋ぎの予定だった筈だ。それが早まっただけのこと」

龍樹は唇を噛み締める。そう。自分は強すぎる。だから、自分と渡り合える能力を持った椎名を見込んで、自ら指名したのだ。それが、こんなにも大切に想う相手になるとは予想すらせずに。

「お前が椎名以外と組まないと言うのなら、椎名にはいち早く復帰して貰うより他ない。………また、義縁の徒を失いたいのか?」

龍樹は黙るしかなかった。
やがて、龍樹は占いで選ばれたしかるべき義縁の徒と結ばれた。

「盾の役割も弁えず、剣の横で戦い、挙げ句剣の前に出る盾なんて使い勝手が悪すぎる。悪いがもう、お前は必要ない」

何度も何故だ?と食い下がる椎名。きっと真実を告げればお前は当主だろうと食ってかかってしまうだろう。椎名を義縁の徒に戻す方法を考えた。何度も何度も。だが、その度に、椎名の前の義縁の徒の様に、椎名を失う瞬間が脳裏を過って震える。だから、嘘に嘘を重ねてお前を遠ざけるしかなか出来なかった。




………あいして、いるから。




「また、飲んでいるのか」
「椎名か。互いにまだ五体満足の様だな」
「グリーン・アラスカを」

アラスカのシャルトリューズ・ジョーヌをシャルトリューズ・ヴェールに変えたカクテル。アラスカよりも僅かにキレのある辛さが増す。もう、スプリング・フィーリングを飲んでいた頃の椎名はいない。

「こうして、椎名と飲むのは久しぶりだな」
「お前と飲みにきたんじゃない」
「そうか。なあ、椎名。シャトリューズの製作に纏わる逸話を知ってるか?」
「知らん」

シャルトリューズはブランデーをベースに作られている。味の決め手となる約130種類の香草・ハーブの調合は、選ばれた3人の修道士だけしか知らない門外不出のレシピ。レシピを守るため、3人一緒に飛行機に乗ることすらない。一緒に行動することも。

「それがどうかしたのか?」
「いや。俺達に似ているかもしれないと思ってな」

選ばれた鬼切り。両者卓越した鬼切り故に、もう共に行動することはないのだろう。

「アラスカのカクテル言葉は?」
「知らん」
「なら、俺が何故お前と飲む時はアラスカしか頼まないのかもわからないのだろうな」
「なんなんだ?」
「いや。なんでもない」

『偽りなき心』は嘘で塗り固めてしまったから、永遠に解き放たれる事はない。
もう、スプリング・フィーリングを飲む椎名はいない。だが、アラスカの兄弟とも云えるカクテルを自分の横で頼んでくれる椎名が、どうしようもなく愛おしい。

「白木さん。ごちそうさま」
「おい」
「ん?」
「死ぬなよ」
「お前もな。椎名」

久しぶりに瞳を交わし合ったお前は随分と頼もしくなった。龍樹は椎名に背を向けて、今日も戦いに赴く。



そしてこれが、龍樹と椎名の最後の会話となった。






カクテルは物語である。
その大人しか楽しめないその物語は時に甘く、時に苦い。

苦しい想いも悲しい想いも、カクテルバーは全てを知っている。

カクテルナイト。
さあ、今宵も素敵な物語を………


END

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前半クライマックス。
皆様ここまで読んでくれてありがとうございます!

さて、後半は少し間を置いて来年書く予定です。皆様どうぞ楽しみにお待ち下さいませ!
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