スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

【人物名鑑】愛染健十

【Alive avenger】





昔からキレイな顔だと言われていた。母の子で良かったと思える僅かな部分。母はどうしようもない女だった。男に依存し男がいないと生きられない。どうしようもなく哀れな女だった。そう女。いつからだろう俺は母を女として見ていた。母の行為を見た時からだろうか。それとも、薬に溺れ初めて母と行為をした日か。
冷静に考えれば、母を女と見る事で、琴線が狂った日常を受け入れようとしていたのだろう。誰よりも憐れで捨て難く愛しい女。愛しい女のする事なのだから、許すしか無い。飢えも暴力も身体を汚す行為も、全ては彼女のため。

「おはよう京香。俺、ちょっと出掛けて来るけど、大人しくしてるんだよ?」

薬に狂った彼女は、甘くキスする男が自分の息子だという事すら気付かない。始めからこうしておけば良かったのだ。俺が彼女の男でいれば、母は狂わないし、俺も殴られない。あとは、俺が食い扶持を稼げばいいだけだ。幸い、夜の新宿なら、幾らでも稼ぎ方は転がっている。

「前から気になって見てたんだけど、お兄さん子供好きでしょ?俺、10歳だけど抱いてもいいよ。代わりに薬ちょっとだけちょうだい」

薬について調べた。母と俺が男に使われた薬は依存性が高く、急に絶たない方がいいらしい。ちょっとずつ量を減らすのがベスト。同じバイヤーからは買い続けない。わざと子供っぽい格好をして、目が合った時に微笑めば、相手がショタコンかどうかなんてすぐに解る。バイヤーだったらそのまま薬をねだり、違ったらお金をねだる。どちらにしても欲を出し過ぎるのは危険だ。一番肝心なのは、本当にヤバい職業の人には声を掛けないこと。そういう人は身成ですぐに解る。

「ただいま京香。今日は沢山仕入れられたから、ちょっと多めに使おうか?」

薬を彼女と自分に打つのにも慣れた。あとは、求められるままに身体を重ねて、溺れるままに明日を迎える。男の支配からは逃れた。だから、きっといつか薬の支配からも逃れられるだろう。





「だから、すぐに殺人だと解りました。母の男は俺だったし、中毒死する程の薬も処方してない」
「ドラッグを処方って、面白い表現する子ね」
「母を殺したのは、貴方ですよね?」
「まるで探偵気取り?それを暴く為にこんな場所まで来て、危険だと思わなかったんっスか」
「どうしますか。菖蒲さん」

真っ黒な服を来た白い髪の人を真正面から見据える。菖蒲と呼ばれたその人も俺を見る。

「それで君はどうしたい?母親の死の真相を知りたいのか?それとも、復讐したいのか?」
「いえ」

試す様に突き刺さる視線。周囲を取り巻く視線からは殺意すら感じる。少し怖い。彼等は本当にヤバい職業の人達だろう。だが、白い髪の菖蒲は話合える人物だと判断した。

「責任を取って貰いに」
「責任?」

想像し得ない答えだったのか、菖蒲の眉が寄せられる。

「きっと母を殺したのはあなた方の仕事なんでしょう。仕事に何故を問うのは無駄。ましてや俺に復讐なんて不可解。でも、あなた方は俺からたった一人の肉親を奪った」

一歩菖蒲に近付く。

「責任取って養うか、殺して下さい」

『生きる為には、自分を売り込む術を覚えろ。なるべく高くだ』昔、母と暮らしていたジェームスが教えてくれた言葉が力となり背中を押してくれる。

「俺に親代わりをしろと?」
「はい。まだ小学生ですから、一人じゃ生きていけないので」
「児童福祉施設に引き取られただろう」
「薬中の俺がまともに生きられるとでも?」

『舌戦に勝つ時は、なんでもいいから相手の意表をつく発言をしなさい』道が開けるから。ジェームスの言葉通り困惑している菖蒲との距離をいっきに詰める。間を阻む机を飛び越えて、彼の膝の上に乗る。これで、余程の腕を持たなきゃ、他の連中は俺を殺せない。母が死んだ時の現場を見るに、彼等は殺しのプロではない。

「俺、ドーナツ食べてみたいな菖蒲パパ」

意識して場にそぐわない無邪気な小学生の笑みを向けて、膝の上に座ったままパパに抱き付く子供を演じる。

「パ…パ…」

場を支配しているのが自分だとはっきり感じた。もうひと押し。

「パパ。あと、ステーキも食べたい」
「み…ミスタードーナツ行くぞお前ら」
「菖蒲さん。今心の底から言わせて下さい。このショタコンがっ!!」
「うるさい黙れ!子供に罪は無いだろう!!」

『とにかく生きろ健十。生き続ける事が全てのものへの復讐になる』だから、俺は何があっても生き続ける。俺達を捨てた父親、愛しくも憎い母親、俺を殴った男達、俺を汚した連中、俺を蔑んだ奴等、俺か全てを奪った菖蒲パパ。生きて、いつか彼等に言ってやる。

「お陰様で愛染健十は幸せです」

とね。



END

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
新生緋龍の部屋こと緋の浪漫のもう一つのシリーズ【人物名鑑】始めました。そして、第一段は人気急上昇の愛染健十君。このシリーズは皆様からリクエストがあれば割りと反映させていきたいと思ってますので、ぜひこの人書いて欲しいと言うのがあれば言って下さい。

バレンタインの騎士3

【蕾綻ぶ季節】




「引け!ハイドン・ウェンデル。兄さんを起こしに行くのは弟である俺の務めだ」
「解ってねぇな。これだからお子様は。こんな朝に弟に会いたい訳がねぇだろ」

小鳥の囀りよりも早い、扉の向こうの喧騒に目覚める。

「アイリス…か。今、何時だ」
「だいぶ早いよ。あの馬鹿共を黙らせれ来るから、アルベルはまだ寝ていていい」

まだ寝惚ける頭で身体を起こし、最初に気付いたのはこの部屋が自分の寝室では無いこと。次いで、優しく髪を撫でるアイリスが裸で隣にいる事。

「むしろ、昨日の今日じゃ身体に障るだろうから、ゆっくりしていていい」

ごく自然な所作でアイリスに頬に口付けられて、己も生まれたままの姿なのだと気が付いて、いっきに目が覚める。そして、昨晩の全てを思い出した。身体の奥に疼く痛みも。

「あ…」

思わず身体を隠したアルベルを見てアイリスが微笑む。

「うん。上々だね。すっかり恥じらい方が淑女だよ」

不意に距離を詰めたアイリスの秀麗な顔が、昨晩己の上で如何に男らしかったか思い出して、アルベルの顔が朱に染まる。

「美しいドーナ。なんなら生まれたての恋人同士みたいに、戯れようか?朝は夜とはまた違うよ」
「何を言ってるんだ。アイリス」
「僕は本気。アルベルなら、朝日の中でも抱ける」
「寝言は寝て言えアイリス」

再びアルベルがベッドへと沈められた所で荒々しく扉が開かれ、ハイドンが入って来る。

「貴様の役目は終わり。この後は婚約者の俺の役割だろうが」

ハイドンは遠慮も断りも無くベッドの側まで大股で歩み寄って来ると、アイリスの首根っこを捕まえてベッドの外へと放り投げる。

「ありがとう。ハイドン」
「おう構わねぇ」
「痛いよ乱暴者。ローゼルトは?」

背中を打ち付けたらしく、痛そうに擦りながら立ち上がったアイリスが問う。

「追い返した。流石に今日は会いたくねぇだろ?」
「君にしては懸命な判断だね」

ベッドに腰掛け、「大丈夫か?」と気遣うハイドンにアルベルは辛うじて「ああ」と返す。ハイドンはレッド・ロータス三星騎の一つ、ウェンデル家の嫡男で、アルベルとは兄弟の様に育った。今日からは、娘から女になったアルベルの婚約者だ。最も、この婚約はアルベルが成人した時に解消される仮初めのものだが。
アルベルは自分の身体を見る。赤い情事の痕が残る身体を、確かにローゼルトに見られなくて正解だ。ハイドンの気遣いに感謝をしなくてはいけないと顔を上げ、いつもの笑顔を作ろうとして失敗する。まるで、自分が昨日迄の自分と違う存在になってしまった様な心地に震える。

「アルベル。湯浴みするか?アイリスの汚ねぇもんが付いたままじゃ気持ち悪いだろ」
「ちょっと。人を雑菌の様に言わないでくれる」
「似たようなもんだ」

だが、変わらぬ二人のやり取りに笑いアルベルは気をしっかり持てと己を律して立ち上がる。

「湯の支度を」

だが、何も纏わぬアルベルの身体を見たハイドンが、一瞬凍り付いた様に静止し目を逸らす。やはり、自分は何か変わってしまったのだろうか?再び去来した不安にアルベルは思わず俯く。

「馬鹿」

ハイドンを罵るアイリスの小さな呟きも、耳に届かなかった。



湯を浴び幾分かさっぱりしたアルベルは、柱に身体を預け立っていたハイドンに足を止める。

「こんな場所で何をしてる?」
「あー、いや、それは…」

近付き気安く触れた指は冷たくなっていた。何故か一瞬震えているのが気にはなったが。寒かったのだろうと納得する。

「まさかずっと此処で待っていたのか?まだこの季節、明け方は寒いというのに馬鹿だな」
「アルベル。騎士団の演習場に行くぞ」
「今からか?」
「身体を温めるのに付き合え」
「全く。湯を浴びたばかりだと云うのに」

やれやれと肩を落とす振りをしつつも、ハイドンの提案は正直嬉しいと心を弾ませる。

「嗚呼。見ろ、ハイドン」
「んぁ、なんだ?」

演習場までの道すがら、一本の気を指差したアルベルの元に、少し先を歩いていたハイドンが戻ってくる。

「小さな蕾がある」
「どれだ?」
「ほら、あそこだ」

軽く身体が重なる程に近付いて指を指す。

「あ、ああ。本当だ。ちいせぇのがあるな」
「もうすぐ、春だな」

そう、もう間も無くこの国に春が訪れる。くよくよ悩んでどうする、アルベル・グラディオーレ・バレンタイン。私が何に悩もうが立ち止まろうが、時は待たずに季節は巡るのだ。ならば前に進むしかないではないか。

「ハイドン?耳が熱いが熱でもあるのか?」
「ない!早く演習場に行くぞ」
「ああ。今日こそハイドンを負かせてやる!」
「言ってろよっ!」

はしゃぎながら歩く、どう見ても仲の良い男子と娘にしか見えない二人を柱の影から眺めていたクリストフェルは浅く溜め息を吐き出す。

「アルベル。お前の運命は、幾本もの複雑な糸が絡み付いている。こんな数奇な運命の持ち主を見たのはローズ以来だ」

せめて、そんなお前に幸多からん事を。そう何処へともなく祈り、先程アルベルが指差した木を仰ぎ見る。その先には、今は宝物庫となったデューン・モント城の屋根が見える。その木の下にかつて素敵な物語があった事は、誰も知らない。



どうか、せめて今だけは優しい春を迎えられるように願う。



ローゼルトは祈りを解き、顔を上げる。まるで嘗ての主の性格を表す様に、隠す様に城の地下に設けられた小さな聖堂。その時から、誰にも荒らされず、誰の手も付けられて居なかったこの場所が好きだった。静謐なこの場所にいると、心が落ち着く。いつの日からか、この場所を毎朝手入れをするのが日課になっていた。

「アルベル…兄さん」

今は禁じられた呼び方で、その名を呟く。きっと、聖なるこの場所で呟く言葉なら呪いも聞き届けはしないだろう。そうでもしてないと、心がはち切れそうだった。日に日に美しさと輝きを増す人。艶やかなドレス姿で優しく微笑まれる度に胸が弾み同時に軋む。その人がドレスを脱ぎ去る時に、この苦しみから解放されるのだろうか?

「愛してる」

不可解な思いから解放されたくて、手当たり次第に漁った書物の中に見つけてしまった言葉。その言葉を見た瞬間に、「ああ、これだ」と思ってしまい、歓喜し絶望したのが一年前の春。血の繋がった姉弟ですら許されないのに、ましてやあの人は兄でバレンタイン家の嫡男。決して許される訳がない想いは秘めるしかない。しかし、日に日に募り高まる想いはきっと苦しみしかもたらさない。

「掃除しなきゃ」

そんな自分がなにか汚れたものに思えて、そんな時にこの小さな聖堂を見つけた。手入れもされずにいたこの場所を清め続けたら、汚れた己でも少しは神々に許される気がして。毎朝祈りを捧げる。だが、日々祈るのはアルベルの無事と健康ばかりで、そんな己に自嘲すら沸き上がる。





「アルベル」
「お呼びでしょうか。父上」

優雅に頭を垂れる姿は淑女そのもの。

「身体は大事ないか?」
「………はい。問題ありません」
アルベルの頬に恥じらう色が滲む。だが、それを態度に表さないアルベルは正しくバレンタイン家嫡男に相応しいと、ダーリエは目を細める。

「アルベル。間も無く開催される春の宴だが、お前は儀式を終えた女として出席する事になる」

きっと、男であるアルベルは、これからその矜持を傷付けられる数多の障害に合う事だろう。

「心得ております。父上」
「………そうか。何か困ったらハイドンを頼りなさい」

華麗にお辞儀をして、淑女らしく父の手に接吻を施し辞すアルベル。その行く末を思うとダーリエは溜め息を吐き出さずにいられなかった。

「大丈夫ですか。ダーリエ様」
「ああ、すまん。大丈夫なんだ。大丈夫さヴェルト」

ハイドンの父であり、幼い頃から親友のヴェルトの肩に凭れダーリエは祈る様に瞳を閉じる。





間も無く、シュロウに春が訪れる。誰もが浮かれ喜ぶ美しき春が―――



END
前の記事へ 次の記事へ