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カクテルナイト【アラスカ】

【偽りなき心】




皇家本邸。皇居に程近い場所に位置する、3棟からなる広大な屋敷。その一棟の、明治を思わせる洋館にあるバー。当主後見だった男がカクテルブームが下火になると同時に職を失ったバーテンダーを雇って作った場所。腕利きのバーテンだったが当時の若さ故に時代の波に放り出された、今や老齢の彼のカクテルをここで楽しむのが、ささやかな楽しみだ。今も昔も。





辛口ドライ・ジンとリキュールの女王と名高きシャルトリューズ・ジョーヌを1:3でシェイクする。誤魔化しのきかないシンプルなレシピが「アラスカ原住民の心に似ている」という意味で名付けられた、至高の逸品アラスカ。ジョーヌの琥珀に魅せられて、必ず注文するカクテルになっている。

「龍樹、なに飲んでんだよ」
「ガキが入っていい部屋じゃねーぞ。椎名」
「綺麗な色だな。俺にもくれ」
「…酒だぞ?未成年飲酒禁止」

しかし、元々人の話を聞くタイプじゃない椎名は龍樹の隣に座る。椎名みたいなガキが座りにくいようにわざと高くされたスツールだから、足が届かなくてプラプラさせている様に吹き出しそうになる。

「最年少で鬼切りになったんだ。褒美に酒を飲ませろよ」
「ちゃんと家録読んだか?最年少は鬼子のランだよ」
「人間では最年少だ」

龍樹はやれやれと肩を竦める。

「仕方ない。白木さん、オレンジジュース」
「お前と同じのを飲む。これから、お前と義縁の徒になるんだから」

椎名が顔を赤らめる。皇は鬼切りを生業にしている。鬼を切れば障気が心身を蝕む。人間故に自浄能力に乏しい皇では、鬼切りは男しかならない。女は生業(なまなり)になりやすいからだ。2人1組で行動し、そのパートナーと皇流の云わば結婚式を行う。儀式で結びついた者同士が交わることで障気を薄め、鬼切り寿命を伸ばすためだ。皇での女の役割は腹でしかない。息子が産まれたら寄越せと結婚しないものも少なくない。男同士、パートナー同士の結び付きこしそが皇で最も尊い。皇では、そのパートナーを「義縁の徒(ぎえんのともがら)」と呼ぶ。
義縁の徒は剣と盾が占いによって定められ、盾は剣を受け入れる。要は剣のオンナになる。椎名は先程占いで龍樹の盾と定まった。

「仕方がないな。だが、同じのは駄目だ」

椎名なりに運命と龍樹を受け入れようと懸命に考えているのだろう。酔いたい。素直ではないがそう言いたいのだろうと理解して、その意地らしさに龍樹が根負けする。
ドライ・ジンよりもシャルトリューズ・ジョーヌを少し多めに、そこにレモンジュースを加えて貰うよう白木に頼む。

「スプリング・フィーリングです」
「お前のと同じ?」
「俺のはアラスカ。そこにレモンジュースを足したものだ。春を感じてとか新鮮って意味のカクテルだよ」

椎名の唇がショットグラスに触れる。いろはも何も知らない椎名はひといきにそれを飲み干し、飾りのチェリーも綺麗に平らげる。スプリング・フィーリングのレシピにチェリーはない。

「良かったですね。龍樹様」
「わざとにしてはあからさま過ぎんだろ」

「相手がわかってなきゃ意味ねーよ」と白木に返して、首を傾げている椎名を見る。アルコールに耐性のない身体は熱を持ち、頬が上気し目が潤んでいる。

「おれ、ショタコンの趣味はないんだけどなー」
「僭越ながら老人の経験上予言しますと、龍樹様はきっとはまりこみますよ」
「いやな予言だな」
「おいしかった。また飲みたい」

呂律が怪しくなってきた舌っ足らずな喋り方が、可愛く見えて頭を撫でる。滞りなく済んだ儀式の後、煙草を吸いながら頭を抱える。白木の予言は大当たりだった様だ。




皇龍樹は皇家随一と云われる程に秀でた鬼切りだった。故に、出動要請が掛かる回数も多い。しかし、龍樹はひとつも断る事無く命令に忠実に遂行した。それが、常人なら無謀だと云われる命令でも。まだ青二才だった頃の龍樹は、鬼切りと云う仕事に誇りを持っていたのだ。誰かの為に戦うという理念と、少しでも鬼による被害を無くしたいという信念があった。だが、龍樹は強すぎた。佐伯家の鬼切りが2、3人がかりで仕留める鬼をひとりで倒せてしまうぐらいには。故に、己に下される命令の危険度が図れなくなっていた。

「椎名!」

龍樹の腕の中、意識を手放しぐったりする椎名の身体の中で障気が渦巻く。ここ最近、連日命令を受けていた。昨晩も互いの障気の浄化の為に身体を重ねたばかりだ。元々、身体が悲鳴を上げかけていた椎名は、敵の攻撃を避けきれず、まともに直撃してしまった。いや、避け切れなかったのは龍樹だ。椎名はそんな龍樹を庇ったのだ。身を切り裂かれるぐらいに沸き立つ怒りに龍樹は叫ぶ。

「椎名は暫く使いものにならない。暫く、他の者に代理をさせよう」
「待て。俺は椎名以外と組む気はない。義縁の徒が病床の時は、その片割れも休むのが習わしだろう」
「わかっているだろう、龍樹。お前の戦力を遊ばせてはおけない。これは当主の意思だ」
「パートナーは椎名だけだ」
「私情を挟むな龍樹。一度はお前の我が儘を受け入れ椎名をつけた。しかし、元々お前の真の義縁の徒が現れるまでの繋ぎの予定だった筈だ。それが早まっただけのこと」

龍樹は唇を噛み締める。そう。自分は強すぎる。だから、自分と渡り合える能力を持った椎名を見込んで、自ら指名したのだ。それが、こんなにも大切に想う相手になるとは予想すらせずに。

「お前が椎名以外と組まないと言うのなら、椎名にはいち早く復帰して貰うより他ない。………また、義縁の徒を失いたいのか?」

龍樹は黙るしかなかった。
やがて、龍樹は占いで選ばれたしかるべき義縁の徒と結ばれた。

「盾の役割も弁えず、剣の横で戦い、挙げ句剣の前に出る盾なんて使い勝手が悪すぎる。悪いがもう、お前は必要ない」

何度も何故だ?と食い下がる椎名。きっと真実を告げればお前は当主だろうと食ってかかってしまうだろう。椎名を義縁の徒に戻す方法を考えた。何度も何度も。だが、その度に、椎名の前の義縁の徒の様に、椎名を失う瞬間が脳裏を過って震える。だから、嘘に嘘を重ねてお前を遠ざけるしかなか出来なかった。




………あいして、いるから。




「また、飲んでいるのか」
「椎名か。互いにまだ五体満足の様だな」
「グリーン・アラスカを」

アラスカのシャルトリューズ・ジョーヌをシャルトリューズ・ヴェールに変えたカクテル。アラスカよりも僅かにキレのある辛さが増す。もう、スプリング・フィーリングを飲んでいた頃の椎名はいない。

「こうして、椎名と飲むのは久しぶりだな」
「お前と飲みにきたんじゃない」
「そうか。なあ、椎名。シャトリューズの製作に纏わる逸話を知ってるか?」
「知らん」

シャルトリューズはブランデーをベースに作られている。味の決め手となる約130種類の香草・ハーブの調合は、選ばれた3人の修道士だけしか知らない門外不出のレシピ。レシピを守るため、3人一緒に飛行機に乗ることすらない。一緒に行動することも。

「それがどうかしたのか?」
「いや。俺達に似ているかもしれないと思ってな」

選ばれた鬼切り。両者卓越した鬼切り故に、もう共に行動することはないのだろう。

「アラスカのカクテル言葉は?」
「知らん」
「なら、俺が何故お前と飲む時はアラスカしか頼まないのかもわからないのだろうな」
「なんなんだ?」
「いや。なんでもない」

『偽りなき心』は嘘で塗り固めてしまったから、永遠に解き放たれる事はない。
もう、スプリング・フィーリングを飲む椎名はいない。だが、アラスカの兄弟とも云えるカクテルを自分の横で頼んでくれる椎名が、どうしようもなく愛おしい。

「白木さん。ごちそうさま」
「おい」
「ん?」
「死ぬなよ」
「お前もな。椎名」

久しぶりに瞳を交わし合ったお前は随分と頼もしくなった。龍樹は椎名に背を向けて、今日も戦いに赴く。



そしてこれが、龍樹と椎名の最後の会話となった。






カクテルは物語である。
その大人しか楽しめないその物語は時に甘く、時に苦い。

苦しい想いも悲しい想いも、カクテルバーは全てを知っている。

カクテルナイト。
さあ、今宵も素敵な物語を………


END

--------------------
前半クライマックス。
皆様ここまで読んでくれてありがとうございます!

さて、後半は少し間を置いて来年書く予定です。皆様どうぞ楽しみにお待ち下さいませ!

カクテルナイト【キッスオブファイア】

【熱愛】




カクテルとは物語であり詩である。カクテルが生まれる時は必ず物語があり、その物語こそが味という色を灯す。

さあ、今宵も語らいましょう。
その一杯が極上の味となりますように。




その日、殆どの生徒が壇上に上がった彼に恋をした。男子高に咲いた一輪の花。むさ苦しい男の園に咲くには可憐過ぎる彼に無論私も焦がれた。しかし恋ではなかった。金を積んで入学した私は、新入生代表の演説を台本なしで朗々と読み上げる姿に、素直な感銘と一種の憧れを抱いただけに留まった。この時、彼に真の恋を捧げられたらどんなにか幸せだっただろうか?

運命は悪戯者故に、私は入学式の数刻前にその機会を奪われてしまっていた。





「落としたよ」

すれ違い様に肩が触れた。その弾みで彼の指から零れ落ちた10円玉ばかりが入った小銭入れを拾う。

「待って。これ、落としたよ」

しかし彼はそのまま行き去ろうとした。それを気付かなかったからだと勘違いした私は、彼の肩を掴み引き留める。小銭入れを彼の手に納めようとして間違いに気付く。彼は気付いていたが涙を見られたくなくて行き過ぎようとしていたのだと。

「離せっ…よ!」
「こっちに来なさい」

入学式前の手続きを家人がしている間に、校内探険を楽しんでいた私は、先程見つけた鍵が掛かる空き教室へと彼の手を取って戻る。

「ああ。君。これで今みた事は永久に忘れなさい。あとこの周辺の人払いも頼んだよ」
「あ、おい!」

途中で行き合った名も知らぬ生徒(後に瞬と知る)に、なにかあったときの為に常に持ち歩いている"帯付き"を渡して、彼とその教室へと隠れ込む。

「さて、これで誰もいない。私がいるのは諦めなさい」
「なんで、こんな場所にっ」
「涙、誰にも見られたくないのだろう?」

扉の鍵を掛けて彼を抱き締める。

「ほら、これで私も見えない。涙は変に止めようとするより、一度思い切って流してしまった方が止まりやすいよ」

最初は怯える猫の様に固くしていた身体から徐々に力が抜けてゆく。声を押し殺しながら、私のシャツを掴んで泣く彼の小刻みに震える肩が、とてもか細いものに見えた。ふと魔が差して、背中を撫でていた手を腰に回し、反対の手で彼の顎を持ち上げる。唇を重ね舌を差し込んでも意外な事に抵抗はされなかった。一度唇を離し、さらに深く口付けるとむしろ彼の方から身を委ねる様に首に手を回してきた。キスの合間から吐息が零れ、ボタンを外したシャツの隙間から手を差し入れれば、身体を捩った彼に、感じる場所まで手が導かれる。

「声は我慢出来るかな?」
「させろ。あいつはそうしてた」

あいつという3人称が気になったが、私も若かった。棚からぼた餅が降る様に訪れた据え膳を食らう事が全てに勝り優先された。行為そのものは初めてではない。だが、全ての記憶が霞む程に彼は熱く夢中になった。

「初めてではないんだね」
「うる…さい…。お前だって」
「私は、望めば全て手に入る環境だからね」

"あいつ"が君をこんな身体にしたのかい?
なぜ、こんなに身体を熱くしている?
なぜ、泣いていて、なぜ、私を誘った?
いくつもの疑念が浮上し、浮上しては快楽に掻き消える。深まる程に飲み込まれそうになるぐらい熱い身体は、まだ未熟な高校生を魅了するには充分過ぎる程に蠱惑的だった。

「とても良かったよ」
「すぐに忘れろ…」
「ずるいな、君は…」

繋がったまま掠れる声で紡がれる言葉が、流された一筋の滴の意味を問い掛ける権利を奪う。

「あと10分で入学式が始まる。私は先に出るから、君は支度して来なさい。遅れないようにね」

冷静さを装いながら講堂に向かいながらも、既に心が彼に占拠されている事を自覚する。





だから、壇上の花を君が呆けた様に見つめていることに気が付いた時も、姫制度を知った時も、それを如何に君の役に立てるかという思考にしか至れなくなっていた。





「でもね。それに気が付いた瞬間私は幸せを感じたんだ」

バーボングラスの縁をツイっと撫でながら呟く。

「たとえ、気紛れに求められるだけの関係でもね」

ウォッカをベースにベルガモットとドライ・ジンとレモンジュースをシェイクしたものを、馴染みのバーテンダーがゆっくりとカクテルグラスに注ぐ。

「キッス・オブ・ファイアです」

赤みが強い琥珀色の情熱的なカクテル。高校を卒業してからも大人の関係を続けていた我々の合図。『熱愛』なんていう情熱的な言葉で切ない愛を隠したカクテルを君が頼んだ時が、秘密のメッセージ。いつも、都合のいい時だけ『熱愛』を求めてくる君が、それでも愛おしかった。

「愛しているよ」

その言葉はいつも度数の高いアルコールと共に喉の奥に流す。君は気が付いているんだろう?なのに言わせてくれない。時折会話に"あいつ"をチラつかせて封じる。私も敢えて言わない。言ったら君が逃げるのが解っていた。なら、不毛な関係だろうと君と秘密を共有出来た方がいい。

「愛している。しいな…」

知ってるかい。キッス・オブ・ファイアは日本人が生み出したカクテルで、有名な曲から名付けられたんだよ。その歌詞の様に、私は永遠に君のしもべになってもいいとすら思った。その口づけだけで酔える愚かな男になっても。

「しい…な…」

中身が減らないままにスノースタイルの砂糖だけが溶けていく。出された時のままの美しくも情熱的な赤がぼんやり霞み始めて自分が泣いている事に気が付いた。黒ネクタイだけ外したスーツの裾が涙に濡れる。心得たバーテンダーは離れた所でグラスを磨いている。

「我々は騎士団長たる君の永眠(ねむ)る顔を見られなかったよ」

君はもうこの世にいない。何者かに殺された君の葬儀に駆け付けたものの、棺の君に会うことは許されなかった。もう、秘密のカクテルを共に飲む事も、熱を交わし合う事ももうない。

「だから、どんな気持ちで君が最期を迎えたのか解らないんだ」

同じく高校以来からの付き合いの、同じ騎士団の弟は固く口を閉ざした。だが、詳細は解らないと語った言葉が本音なのだろう。

「口づけを交わしし日々から、君がしもべとなり果てぬ………たとえこの身は朽ち果てても………君に捧げん………」

会計を終えて店を出る。ホテルに併設されたこのバーを訪れる事も、キッス・オブ・ファイアを頼む事も、もう無いだろう。

「なにをする気だい?」
「ムスタファ…」

なぜ皇邸で別れた筈の彼等がここにいのかなんて、問うのは野暮なのだろう。君が率いていた騎士団はそういう者達の集まりだ。

「いけないよ。北門は永山騎士団の白い権力者だ。姫のために君は手を染めてはいけない」
「闇の仕事は俺たち黒い権力者に任せな」
「ありがとう。ムスタファ、ブラッド。でも残念ながら、白いままは無理かな。限りなくグレーではいるけど」

我々は君の最期を知らない。だから、君の望みは解らない。解らないから、我々のやりたいようにやるよ。

「椎名を殺したものは、姫を脅かしたも同然。だから、まずは見つけ出そう」
「そのあとは?」
「永山騎士団が集結すれば、処理の仕方などいくらでもある」
「仰せのままに」
「瞬に続き椎名も失った。これ以上姫の心を痛める出来事は阻止する」

ねえ、椎名。しもべと成り果てた者を遺して逝った君がいけないんだよ。

「君達は狩りが好きだろう?」






キッス・オブ・ファイアよりも赤い液体をグラスに注ぐ。酸味を帯びた蠱惑的な香りはどこか情事のそれに似ている。そう思えば、自然と笑みが零れる。しかし、まだ足りない。これはまだ序章に過ぎないのだからーーー


END

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ヤンデレ万歳!北門さん万歳!
さて次でいったん折り返しになります。そして、次はいったん前半のクライマックスなのでお楽しみに!

高貴なる夜会前夜

【想いを胸に】




「殿下は鼻筋が通っていらっしゃって、とても端整な顔立ちをしている」

窓際に立った長い黒髪を束ねた男が、恍惚としたトーンを声音に乗せる。

「なにより殿下を引き立たせるのは均整の取れた体躯だ。太くも細くもない身体は剣の様にしなやかで美しい」

椅子に座り手遊びに胸元の勲章を弄ぶ金の巻き気の男が、フンと鼻を鳴らす。

「日頃殿下を如何様な目で見ているのか?最も素晴らしきはその頭脳だ。数学では博士号を取得され、化学の分野でも栄誉ある賞を複数いただき、語学も6ヵ国を流暢に操る」
「いいや。殿下の剣技の素晴らしさと言ったらどうだ?今やバレンタイン卿も喝采を送られる程だ」
「とてもお優しく気配りが出来る」
「女にモテる」

いつの間にか、黒髪の男はテーブルを叩いており、金髪の男は立ち上がり互いに顔を付き合わせている。

「時に可愛らしい一面を見せる所がいじらしい」
「なにおう?ならば、あの笑顔だ!殿下が微笑めば男も女もイチコロだ」
「切れ長の瞳はとても理知的ながら色っぽい」
「あの唇はサイコーにエロい!」

夢中で言い合う二人はドアが開かれた事にも気付かない。

「ロイエンタール卿。ミッターマイヤー卿。こんな場所でこっぱずかしい会話をするな。てか、なんの話をしてるんだ」
「ラインハルト殿下。今どちらがより殿下を良く見ているか勝負していた所です」

ドアを静かに閉めた高貴なる人の姿に無言で最高礼を取る黒髪の男に代わり、金髪の男が答える。

「相変わらずのうざさだなお前達は…」

光の加減で銀髪にも見えるアッシュブロンドを片手で抑えて溜め息を溢したラインハルトは、順々に二人を見て親しげに笑いかける。

「オスカー、ヴォルフ。改めて20歳の誕生日おめでとう」
「勿体無きお言葉痛み入ります」
「有り難くも光栄なお言葉感謝いたします」

ラインハルトは窓辺に立ち、並び立つ二人を振り返る。

「俺も後2年後になるが貴兄に追い付き成人する。我が歩む道は皇道である。恐らく、その頂きにて貴兄等のどちらかを我が白蓮(ホワイトロータス)の騎士団長に任じるだろう。だが、我が皇道は消してなだらかなものではない」

父皇が皇位を去れば、今までその権勢に恐れを持っていた反シュロウ派が息を引き返し、牙を向くだろう。

「故に此処で貴兄等の忠誠を確認しておきたい。俺の友人であり頼もしい兄貴分のお前達は、俺と運命を共にしてくれるか?」

ラインハルトの言葉に、二人の男は心得ているさと笑う。

「我が忠誠はこの世に生を受けた時からラインハルト殿下ただ一人のものです」

オスカー・ロイエンタールは跪きラインハルトの左手に口付ける。

「殿下の敵もご不安も全て蹴散らすのが我が努め。国家よりもラインハルト殿下御身に我が全てを捧げましょう」

ヴォルフガング・ミッターマイヤーも跪きラインハルトの右手に口付ける。

「然らば励め」
「「はっ!」」

立ち上がり軍人最敬礼を送る二人にラインハルトは微笑む。

「ありがとう」

ラインハルトが扉へと歩む。ロイエンタールがその扉を開けて頭を垂れる。扉の外に出て歩み出すラインハルトの後ろに二人の腹心の配下達は並び歩く。
彼等の道はやっと始まったばかりだ。






淑やかに濡れた黄金色の髪を掻き上げながら、白く滑らかな肢体を暖かな湯から解放する。

「湯浴みお疲れ様」

高貴なる裸身を晒し腕を広げるだけでその身をバスタオルでくるんだ男をレオンハルトは見上げる。

「レオンハルトの身体、薔薇の香りがする」
「ああ。薔薇の香油を使った」
「いい香りだ」

歳を経るごとに美しさに磨きがかかるルドガーの第一王子が、セティを引き寄せる。甘い唇がセティのそれに重なり、離れると同時に花の様な微笑みが浮かべられる。

「服はあちらのものにしよう。宝石はルビーがいいな。あの服を選んだのは?」
「マーガレッテという女中です」
「なら、その者に着付けの栄誉と褒美を取らせよ」

一連の美しい光景に溜め息を溢していた女中達へ、レオンハルトは一度苦笑してから次々と命を下す。

「髪は軽く纏めるだけにする。香水はいつものやつを淡めに」

命が下ればテキパキと働く女中達に着飾らせられながら、レオンハルトはセティを見る。

「せっかくこの日を迎えられたのに、フェリペの代理とはな」
「代理じゃなくなる日がきっと来る」
「ああ。そうなるよう。過去の過ちを悔い改め、精進しよう」

着替えが終わったレオンハルトをセティは後ろから抱き締める。

「俺がついている。何があっても共にいて、レオンハルトの背中を守ろう」
「ありがとう。セティ」

再び唇が重なる。それは、誓いを灯した誓約の口付けだ。





「シュロウのラインハルトは昨年から。今年からはルドガーのレオンハルトも高貴なる夜会に出席か」

レキサンドルの王子アクアスティードは唇に笑みを刻む。

「大輪の花が一輪増えるな」
「左様ですね殿下」

空になったワイングラスを置き、側付きの者が差し出したマントを手に取る。

「ラインハルト(シュロウ)も、レオンハルト(ルドガー)も、いずれは俺のものだ。特にラインハルトが侍る様を考えるとぞくぞくするな」

マントを羽織り身支度を整えたアクアスティードの目の前の扉が開かれる。




欧州各国の成人した王子が集う高貴なる夜会が、今年も間も無く開かれる。



END

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ちょっと話を聞いてつい書いてしまいました。というわけで金曜日の夜がそうらしいです!

カクテルナイト【ブランデーサワー】

【甘美な想い出】




カクテルに物語は欠かせない。時に甘く時に苦いカクテルひとつひとつに意味があるように。

さあ、今宵も物語を語りましょう。




クルボアジェVSOPルージュとフレッシュレモンジュースに砂糖をシェイクして、サワーグラスに注ぐ。君がいつもbarで頼むブランデー・サワーの意味を知りたくてカクテルを勉強した。「せっかく勉強したんなら店持ってみなよ。みんなの溜まり場にしようぜ」君が提案したからバーテンダーになってお金を貯めて店を開いた。
本来は1tspの砂糖を2tspにして、レモンやライムの代わりにチェリーを飾るのが君のお気に入りレシピ。俺だけが作れる君だけのブランデー・サワー。

いったい君は誰との『甘美な想い出』を回想しながら飲んでいるのだろうか?




「あれ?みんなは?」
「とっくに帰ったぞ」

酔いから目覚めた君は寝惚けた顔で周りを見回し、壁掛けの時計を見る。

「うわお。午前3時?」
「そろそろ店閉まいだよお客さん」
「悪いねマスター」

互いにとっくに閉店している事を知ってるから、冗談っぽく笑い合う。

「目覚めになんか飲むか?」
「ブランデー・サワー」
「了解」

君の視線がシェイカーを握る手に集中しているのを感じる。慣れてはいるが、妙な緊張感が走る。

「この季節になると必ず酔い潰れるまで飲むな」
「そう?」
「ずっと気になってた。何かあるのか?」

コースターを差し出しながら君を見れば探る様な視線とぶつかる。

「マスター。客にそういう事を聞くのはタブーですよ」
「友人として聞いている」

コースターの上にサワーグラスを乗せる。君の切れ長の瞳はまだ俺に注がれたまま。

「神近ってさ俺の事好きだろう」
「そうだな。好きだよ」

君なりの「答えたくない」という返事なのは理解出来た。つまり、今君の心の支配者である安藤では無いことは確かだろう。それにしては、随分と攻撃的な返しだ。そんなにも触れられたく無いのだろうか?

「はは。ちょ、神近。慌てるか照れるかしてよ。俺が辛い」

昔から逃げるのが得意な君が、冗談にしたいと言外に伝えて笑う。だが、今日はその手に乗りたくないと魔が刺してしまう。

「護が言う通り大学生の時から君が好きだよ。知ってただろう?」

君の唇がグラスから離れてこちらを見る。
相手が安藤ならばそれでいい。彼も友人だから静かに見守ろう。だが、それ以外の人間ならば許さない。

「ブランデー・サワーのもう一つの意味を知らない護じゃないよな」
「マジで言ってる?」
「こういう冗談を言える程の器量は持ち合わせていない」

君の指が汗ばむサワーグラスの曲線をなぞる。いつもなら飲み干して、上手く混ぜっ返して、なかったことにするだろう。だが、珍しく迷いを見せてる。それだけ、ブランデー・サワーの相手は君の心を蝕んでいるというのだろうか?ならば、今後永遠に恋人になるチャンスを失っても構わない。

「君の答えに委ねよう。全ては護が望むままに」

俺はいつだってそうしてきた。
そうだろう?我が愛しのアウローラ。

「神近さ、損な性格だな」

黄金の液体が君の喉に流し込まれる。俺の視線が君の指に集中しているのが解っていて、君はチェリーが刺さったピンを弄ぶ。君の口内に甘酸っぱいチェリーが導かれる。



『甘美に酔わせて』



初めて会ってから数十年。始まりは一目惚れだったから君に恋して数十年。君が攻め立てる様にされるのが好きだと初めて知った。

「解ってはいたけど初めてじゃないんだな」
「ショック?」
「いや。手間が無くて助かる」

後ろから挿入されるのをやたら嫌がる事も。

「神近も男を抱くの慣れてるね」
「この歳だからな」

騎乗位をしたがる所は常に余裕を保っていたがる護らしい。

「なあ、神近…」
「なんだ、護?」
「気持ち良くて、マジで酔いそう」

どうしてこんなズルい男に恋をしてしまったんだろう?愛の言葉を禁じた癖に、君は巧みに俺の心を手に入れ続ける。

「酔ってしまいなさい。今だけは」

そうして、ブランデー・サワーを飲みながら見知らぬ人を想い浮かべるのはやめて、俺を浮かべる様になればいい。それだけで、俺はシェリーの人になれた程の幸福を手にいれられるから。

(愛してるよ。護)

何度目かの君の絶頂を感じながら、心の中だけで囁く。

「ありがとう。神近」
「どういたしまして」

一度も甘く鳴かなかった君の足を持ち上げて爪先にキスをする。セックス・フレンドと言う名の奴隷になった証を唇に乗せて。




「神近。次はブランデー・サワーね」
「わかった」

誘いは必ず君から。自分からは決して仕掛けない。君が欲しい時だけ、夜の秘密を提供する。

「これでラストか?」
「ああ。だいぶ酔いが回ったらしい」
「安良城が珍しい」

君の隣に座る安藤にほんの少しの優越感を覚える。君の視線が安藤に注がれる。その甘さに気付かない安藤にはただのブランデーを置く。barアウローラの常連に向けた『帰れ』の合図だ。

「なんだ。今日は店閉まいか」
「って安藤、もう3時になるぜ」
「なあ、神近。ちょっと奥で休んでから帰っていい?」
「構わないぞ安良城」
「いっつも、安良城ばっかずるくない?」
「以前部屋をゲロまみれにしたのは誰だ樹神。そんな奴はダメだ」

君が空になったグラスの中でチェリーを弄んでいる。

「さて、帰るか」
「そんじゃあ、またな神近、安良城!」

皆が帰り静まった店内。店閉まいをして戻れば、グラスの中のチェリーが無くなっている。それが、秘密の関係の合図。

「なあ、護」
「んーなに?」
「大学生時代から思ってたが、ブランデー・サワーの君は安藤に似てるのか?」

立ち上がって奥に向かおうとしていた君が驚いた顔で足を止める。

「今のブランデー・サワーはお前だろ神近」

暫くして、君は儚げに微笑んで極上の口説き文句を口にする。

「神近には敵わないな」

小さく呟いた君の唇に口付ける。

「店(ココ)でする?」
「護が望むなら」

敵わないなはこちらのセリフだ。こうして俺はまた全く甘くない君に捕らわれ奴隷となる。



END

ーーーーーーーーーーーーー

ちなみにシェリーのカクテル言葉は「今夜あなたに全てを捧げます」です。ポート・ワインへの返事に使う事が多い告白に近い意味合いですね。チームアウローラは控えめに言って最高だと思う。

カクテルナイト【ピニャコラーダ】

【淡い想い出】




大人の社交場。大人の隠れ家。
お酒を片手に過ごす場所では誰もが秘密の物語を持つ。夏も深まり秋の夜長が始まる季節を慰める肴に、barに集う時に苦く時に辛い物語でも添えましょう。

秋の夜長を飾るカクテルナイト。
今宵は如何なる物語を語りましょうか。





人は私を成功者と称する。
元々は間抜けな観光客を中心に追い剥ぎ、掻っ払い、袖引きをするスラムの盗人。足の速さが自慢だった私は少年窃盗団のリーダーの様な存在だった。幼く病弱な妹のため解っていて犯罪に手を染める日々。仲間達を餓えさせない為に、悪知恵を働かせる毎日。だが、最早そんな頃の私を知る人間など殆どいない。

「これ、落としたよ」
「ありがとう」

仕事で日本を訪れた頃の私は、ドバイにホテルを幾つも有する億万長者となっていた。手渡されたカードケースを受け取った私を、それを拾ってくれた日本人がマジマジと見上げてくる。最後に彼が10カラットのエメラルドの指輪に目を留めた所で、私は思わずクスリと笑った。

「エメラルドはお好きかな?」
「え、いや…、すごい指輪だと思って。すみません」

私が日本語を話したからか、彼は少し安心したような顔で素直に日本語でそう返した。

「欲しいかい?欲しいならあげよう」

どうせ自分で買ったものではない。少年時代からパトロンになってくれているサウジアラビアの王子に、日本旅行のお守りにと半ば強引に渡されたものだ。むしろいらないから貰ってくれるならありがたい。

「いや、いらないし。てか、知らない人から理由もなくこんな高価なものなんて貰えないし」
「落としものを拾ってくれた例というのはどうだろう?」
「は?あんたバカなの?それとも金持ちだから感覚可笑しいの?」

私がきょとんとしてしまったが故の静寂。次いで私が声を上げて笑ったから彼がきょとんとする。なるほど、確かに私がスラムにいた頃なら同じ事を言っただろう。似てるかもしれないな、あの頃の自分に。

「それは失礼した。今の事は忘れてくれ」
「お待たせしました。お車のご用意が出来ました」
「それじゃあ、コレありがとう」

秘書のクロード君が用意した車に乗り込み、この時はこれだけで終わると思っていた。だが、念のため。

「楽しそうですね」
「そうかい?…ねぇクロード君。1回目は偶然、2回目は運命だっけ?もし2回目があったら、その時はアッラーの思し召しかな?」
「よくわかりませんが嫌な予感しかしない台詞ですね。全く、私の社長は待てもまともに出来ないらしい」
「心外だなクロード君」
「まあ、その2回目とやらが来ない事を願ってますよ」



しかし、クロード君の願いは空しく、私は路地裏で蹲る彼と2回目の出会いを果たす事になった。



「気分は良くなったかい?」
「…すみません。貴方のスーツ駄目にした。弁償するので、後で請求書下さい」
「気にするな。スーツなんて幾らでも用意出来る」

彼はホストという仕事をしているらしい。その仕事が何かは良く解らなかったが、彼は仕事で酒に呑まれてしまい。人目のない路地裏に入って蹲っていたという。

「秘書に君の服を用意させているが、明日までかかる。今日は此処で寝なさい」
「いいよ。そのままあの服を着ていく。そこまでしてもらう義理なんてないし」
「そう言うと思っていたよ」

底辺を知っているからこその警戒心。過剰な親切はかえって疑心暗鬼となり易々と受け取れない。私は彼が横たわるベッド横のナイトテーブルに例の指輪を置く。

「あんた、あの時のっ!」
「覚えてたかい?なら話は早いね」

敢えて彼が受け入れ易い様に横柄な仕草でベッドに腰掛ける。

「君を助けたのは偶然ではない。秘書に君を調べさせ、あの場で君を見つけた」

本当は調べさせてなどいない。

「私はドバイのホテル王。億万長者の富豪だ。日本にはビジネスで訪れた。この博多にも。滞在期間は1ヶ月だ」

彼が改めて部屋の内装を見る。インペリアルスイートのベッドルームの広さに目を配り、目映く輝くシャンデリアに目を見開く。

「安物のシャンデリアがどうかしたかい?私は本物のダイヤが煌めく様が好きだけど、ここのはスワロフスキーなんだ残念だよ」

彼が一切の遠慮を失くすだろう魔法の言葉を使う。

「1ヶ月。私の相手をして欲しい。報酬は百万近いスーツ代と、秘書に用意させている君の新しい服。そして、この指輪だ」
「相手って」
「君なら意味が解る筈だ。破格のお願いだと思うが?」
「お願いじゃなくて命令でしょ。いいよ。あんたには迷惑かけたしね」

リモコン操作で部屋の証明をナイトランプだけにする。生まれたままの姿のしどけない肢体を隠していた掛け布団を剥ぎ取る。隠すものがなくなった肌の白い曲線をなぞる。

「さすが、日本人の肌は細やかで白いな」

上体を倒し彼に覆い被さる。

「私は…アッシムと呼ばれている」
「涼二」
「そうか。涼二。アッラーに誓って、君は高潔で美しい」



私は日本に滞在中に涼二が呆れた溜め息を何度も溢す程に甘やかした。高級なレストランでの食事。上等なスーツやアクセサリーのプレゼント。上流階級のパーティーに連れて歩いたり、ヘリをチャーターして夜景を見ながら空のクルージングを楽しんだりもした。
そして、会うたびにその肉体を楽しんだ。だが、決して支配者が奴隷にする様な抱き方はしなかった。恋人にするように甘く優しい夜を涼二に与えた。ビロードに触れる様な愛撫に答える様な甘い矯声。導く様に伸ばされる腕に夢中になるのに1ヶ月も必要なかった。



だが、残酷な時は留まる事を知らずに、間も無く季節の終焉を迎えようとしていた。



「イスラム教徒なのにbarなんかを待ち合わせにしていいわけ?」
「アッラーは優しいからね。ドバイではワインを飲むことは許されている」
「飲んでるの明らかにウィスキーだし」
「残念。ラムだよ」

「いや、そういう問題じゃないし」と言いながら座る彼に笑いを溢す。

「ピニャコラーダを」
「聞き慣れないお酒だ」
「あんたが飲んでるそれで作れるカクテルだよ。作り方詳しく知らないけどココナッツの味がして美味しいんだ」
「ココナッツ好きなんだ?」
「まあ、好き…だね」

好きという言葉を恥ずかしそうに言う彼が、可愛くて込み上げた愛おしさに髪を撫でる。

「な、なに!?」
「なんとなくだ。私もそれ頼んでみよう」
「アッラーは許してくれるわけ?」
「うーん。今更だしな。お許しいただけないなら財産を寄付して許しを貰うさ」
「めっちゃ現金な神様だね」
「はは。現金な民族が信仰しているからね」

グラスの形も相まってまるで白いチューリップが花開いた様に見えるピニャコラーダが二つ並ぶ。

「涼二。ドバイに来ないか?」
「は?唐突に何を言ってるんだよ」
「ドバイに帰った後も側にいて欲しい。帰った時に君に出迎えて欲しいんだ」
「あのさ。あんたは地位も名誉もある。こんなホストに言っていいセリフとダメなセリフがあるだろ?」
「そんなものは関係無い。私も昔は貧乏だった。君の様に金の為ならなんでもする生活をしていた」

涼二の息が詰まるのを感じる。二つのグラスのピニャコラーダは殆ど減っていない。

「なら尚更やめなよ。あんたはそのまま成功者の道を突き進むべきだ」
「だから涼二の支えが欲しい」
「結婚は?ビジネスにセックスは全く絡まない?俺は独占欲強いから、大人しく愛人になるなんて無理だよ」

涼二の言葉に黙るしかなかった。脳裏にザイドの顔が浮かぶ。彼の命が下れば、結婚諸々逆らう術は今の自分にはない。

「俺は絶対あんたの道の妨げになる」
「そうか。残念だ」

グラスの底が透明になり始めたピニャコラーダを、飲み干すまでの数十分二人は無言だった。カラリとマドラーが空虚なグラスを叩く。

「では、涼二。最後の勤めをして貰おうか」

部屋に入るなり涼二が胸にすがり付く。どちらからともなく唇を重ね、呼吸を奪う様な激しいキスをする。涼二と交わした初めてのキスの味は南国の味がした。ベッドへの数歩すらももどかしく、猛った熱をぶつけ合う様にキスを繰り返したあと、シャワールームを無視して涼二をベッドに横たえる。スワロフスキーの眩すぎるシャンデリアに照らされた涼二の身体が、ダイヤの様に輝いて見えた。全て見ていたくて、証明は落とさずに身体を重ね合う。

「冷静そうだったのに、結構熱いとこがあるじゃん」
「元々は窃盗団のリーダーだからな」
「今度会った時にその話聞かせてよ」
「そうだな」

冷房の聞いた部屋なのに熱く溶ける夜の永遠を願う。途切れる事のない矯声に誘われるように、空が白むまで繰り返し留まらぬ熱を与え合う。溺れるの意味を初めて知った夜だった。

「アッシム様お時間です」
「ああ。わかってる」

眠るひと夏の愛人の瞼に触れる。まだ湿り気の残るそこに口付けて、備え付けの紙とペンに手を伸ばす。

『君の幸福を永遠にアッラーに祈っている』

敢えてアラビア語で書いたメモ紙の上にエメラルドの指輪を置く。結局、出会ってからずっと名前は呼んで貰えなかったな。そんな虚勢ばかりの君が好きだよ。

「さよなら。楽しかったよ涼二」

たぬき寝入りなのは解っていた。押し殺した息に微かに嗚咽の様な吐息が混ざる音を、扉を閉めてシャットアウトする。

「帰国後はすぐにマリウス様とのご会食です。その後はザイド様との面会のあとご就寝頂き、翌朝8時から役員会議にご出席です」
「ドバイに帰ったら暇はなくなりそうたな」
「はい。申し訳ありませんが暫く忙殺されることになりそうです」
「ありがたい」
「アッシム様?今、なにか?」
「いや。それよりも、飛行機の中で明日の会議資料に目を通すから用意しておいてくれ」
「かしこまりました」

どうやらアッラーは君を忘れれと思し召しのようだよ、涼二。





その後、少し私は塞ぎ混んでいる様にみえたらしい。実際、なんでもいいから気晴らしが欲しかった私は、今まで以上に働いた。気を使ったクライアントが持ってきた闇市に足が向いたのもそういう理由からだった。

アッラーよ。偉大なるあなたがもたらしたこの出会いに感謝いたしましょう。

闇市で那月を買ったのも、のめり込んだのも、全てはひと夏の想い出が起因しているのかもしれない。





「いらっしゃいませ。Lafumeへようこそ」
「ピニャコラーダを貰おうかな」

無骨な君はきっとこのカクテルに『淡い想い出』という言葉が秘められている事を知らなかっただろうね。あの日、氷で薄まったそれを飲んだ時は知らなかったが、その後私は気になって調べた。君との想い出のひとつだったから。

「店に入るなりカウンターでカクテルを頼む客がいるって聞いて来てみれば…」
「久しぶりだな。少し、歳をとったか?」
「お互い様でしょ」

同じのと自分の店のバーテンダーに告げて、隣に座る君に、淡くなっていたあの夏の記憶が鮮明に蘇る。

「今、幸せかい?涼二」
「それなりにね。そっちは?」
「お陰さまで。ご存知の通り運命に出会えたよ」
「あっそ。よかったね」
「でも、君との出逢いも運命だったと思ってる。なにせ、広い街で2度も偶然に会ったんだから」
「バカ。てか、秘書に調べさせたんじゃなかったの?」
「あんなの嘘さ。だが、今日は(3回目)は偶然じゃない。会いたかったよ涼二」
「もうその手には乗らないけど、まあ、いっぱいぐらいなら付き合ってあげるよ」

ラムにパイナップルジュース、ココナッツミルクをシェイクして、クラッシュドアイスの上に注いだ淡い想い出のお酒を乾杯する。

「美味しいな」

今度こそ薄まってない味に、夏を感じる。

「でしょ」

彼が微笑む。
ほんの少し皺が刻まれたその笑顔は相変わらず美しかった。



END

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久しぶりにシリーズやりたくて始めました。しかも懐かしのあのシリーズの復刻です。お前らを週末barに行きたくさせてやんよ。

トップバッターはまさかのアッシムさん。
成瀬さんが斎藤さんに出会う前、二人がだいぶ若いときの話になります。アッシムさん、以外と埃が出るから好きw

では、秋の夜長リターンズ・カクテルナイトをどうぞお楽しみ下さい。
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