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「上出来だ、臣」
男たちは突然聞こえた他者の声に弾かれたように顔を巡らせた。
しかしその声の主らしき者はあたりにいない。
今の声はなんだったんだと首を傾げて、おかしなことを口走った臣が悪いとばかりに、男たちは臣が転がっている足元を見た。
「ッ…いねぇ!?」
数人で囲んでいて、とても抜け出せるはずがないのに、そこはもぬけの殻。しかも意識が飛びかけていたというのにどういうことだと、男たちはもう一度あたりを見回すはめになった。
すると、薄暗い神社に一人の男が立っている。
目を凝らしてよく見ると、腕にはさっきまで自分たちが蹴っていた青年と彼が守っていた少女がいるではないか。
「よくも俺の嫁に傷をつけやがったな…」
「なんだてめぇ…!」
その男のまわりだけやけに暗いような気がするが、無駄に見栄を張る男たちは逃げればいいものを喰ってかかる。
煉鬼は動くのも辛そうな臣は片腕に抱き、自分の肩に凭れるように抱いたまま、もう片方の腕に抱えていた少女を地面に降ろした。
「離れてろ」
タミは何かを抑えているような煉鬼を見上げて、こくりと頷くと神社の社に身を隠す。
少女が視界から消えたところで、解放した腕を男がぐるぅりとゆっくり回した。
「地獄が見てぇようだな」
メラ、と男の口が真っ赤に光ったような気がする。と思ったら、男の口からチロチロと炎が漏れ出しているではないか。
そしてその炎に照らされた男の腕が、みるみる大きく、太くなっていく。
ゴキ、ボキ、と音がして、男の肩から巨大な、鋭い爪をもつ腕が生えた。
男の目が、ギラリと光る。
「ヒッ
お、鬼だ…!!」
誰かが震えながらそういう。それが男たちが聞いた、最期の人の言葉だった。
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「ん…」
目を開けると、ここ数日で見慣れた天井が写った。
ぼんやりとそうして、はて一体何があったんだっけ?と考えていると、視界の端から妹がひょっこりと顔を出す。
「レンキにいちゃん!おにいちゃん起きたよ!!」
「タミ!…あ、ッつぅ…」
はっと今までのことを思い出した臣が体を起こそうとしてその背の痛みに顔をしかめる。
するとタミと反対側から男が顔を出した。
「おぅ、起きたか」
「煉鬼様…。さっきの奴らは」
「ちぃと撫でてやった。もう気にするな」
そのことに関しては聞いてはいけない気がして、臣はこっくりと頷く。
煉鬼は頭をゴリゴリと掻きながら、ずいと竹筒を渡した。
「水だ。飲め。
俺は病気を治すのは造作もねぇが、そういう傷は苦手なんだ」
「そんな、助けてくれただけでも…、ごほッ」
ぐいと遠慮なしに傾けられた筒から水が溢れて、臣は噎せ返る。ただでさえ横になったままでは飲みにくい上に、蹴られた背中が痛くて、大きく息をするのも辛い。
せっせっと息を切らす臣に、煉鬼は舌打ちしてグビリと竹筒の水を口に含んだ。
「え、ぁ。煉鬼様…」
肩の下にゆっくりと腕が入ってきて、少し身を起こされる。何をされるか理解して、妹の前なのにと臣はぼっと赤くなった。
「れ、レン…」
(早く治しやがれ。)
心だか、頭だかに直接煉鬼の声が流れ込んでくる。そのことと、その内容に臣が固まってしまっている間に、煉鬼はこれ幸いと臣の口を開かせて、濡れた口で塞いでしまった。
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