サイトはお休みします!かわりに子豚をどうぞ!
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「我慢ならないのよ」と言って、ニータは片手をサっと二人に向けました。
「!
ッティカル!!」
何かをしようとしている女王に気付いたプラムは、ティカルを抱きしめてかばいます。
一方ティカルからは、正面にニータが見えていたので、彼女がニィっと笑ったのが見えました。はっとして、プラムを逃がそうとティカルは彼の胸を押しましたが、ニータが見えていないプラムは頑として動きません。
そして、ニータの手から黒い矢のようなものが放たれ、 プラムの背中に突き刺さりました。
「ぅぐッ」
「プラム!!」
膝から崩れ落ちていくプラムと一緒に座りこんだティカルは、苦しげに胸を押さえる彼を必死で抱きしめます。
しかし、どうしたことでしょうか。プラムのいる床が底なし沼のようになって、ズブズブとプラムだけが沈んでいきはじめたのです。
ティカルがひっぱり出そうとしても、下に誰かいるかのようにプラムはどんどん黒い沼に引き摺りこまれていきます。
「王様!!」
「お前たちも呪われたいか!」
オクや従者たちが悲鳴をあげて駆け寄ってこようとしましたが、ニータが素早く手を上げて、鋭く言いました。
ニータの言葉で、プラムに「日の光が浴びれなくなる呪い」をかけたことをがわかりました。
「来るな!…くっ」
「プラム様…ッ」
プラムにも止められ、オクが悔しげな顔で立ち止まります。すでに腰のあたりまで埋まってしまったプラムに抱きつきながら、ティカルはニータに懇願しました。
「お願いします!プラムを助けて!代わりに僕を」
「お前などいらないわ!呪われた豚のバケモノなど!」
髪を逆立てそうな勢いでそう叫んだニータでしたが、突然おもしろそうに笑い始めました。
「結局ね。強くて美しい者が勝つの。
夜の呪いをかけられた王様は、夜の女王を愛し、夜の国で幸せに暮らすのよ。
プラムは私のものだもの。残念だったわねぇ」
最初から、夜の女王はティカルではなくプラムを狙って、攻撃したのです。
「俺は…、お前を愛さない…っ」
プラムが苦しげにそういいますが、ニータは涼しい顔で言いました。
「今は、ね?でもこれからはずっと一緒にいるのだもの。私のことを愛すに決まっているわ。
さぁ、早く行きましょう」
またズズっとプラムが沈みました。「いやっ」と叫んで、ティカルは這いつくばってプラムの胸にしがみつきます。
プラムはまだ苦しそうでしたが、じっとティカルを見ると、汗ばんだ手で頬を撫でてきました。
「ティカル、俺は諦めない。絶対にいつかまた会える。
だから泣くな」
「プラム…」
大きな鼻をズビっとすすって、ティカルもプラムの顔を見つめます。
そしてきゅっと唇を噛み、意を決したようにティカルはニータを振り向きました。
「お願いします。どうか連れていくのを少しだけ待って。
お、お別れの挨拶を、させてください…」
「いやぁよ」
「お願いです。僕はもう、プラムに一生会えないかもしれないんです」
ティカルのお願いを、一度は即却下したニータですが、プラムに一生会えないまま死んでいくだろうティカルのことを考えると、とても愉快な気分になりましたので、少しだけプラムを引き摺りこむのを止めて上げることにしました。
「そうね。会えないかも、ではなくて確実に会えないんですものね。
私は慈悲深い女王だから、少しくらいは大目に見てあげるわ」
そう言って、ニータは指をパチンと鳴らします。するとプラムの体が沈むのが止まりました。
ティカルが大人しく「ありがとうございます」と言うと、ますます上機嫌になり、プラムとティカルの今生の別れを無粋にも見ることはしないであげようと、くるりと後ろを向きました。
「オク、国とティカルのことを頼んだぞ」
「はい…。プラム王様」
いつかは夜の国に連れていかれる予定でしたが、このように突然で、それもティカルを愛したがために女王の怒りを買う形になってしまったので、プラムは残されるティカルのことが気がかりでした。
オクはティカルのこともよく知っており、しかも子豚信仰なので、目を真っ赤にしながらも力強く頷きます。
「・・・」
「ふふ、ティカル…、何か言ってくれないのか?」
ほろほろと泣くティカルの涙を優しく拭って、プラムは微笑みました。
自分で「別れの挨拶をさせて」とお願いしたのに、ティカルは言葉が出てこないようです。口をもごもごさせて、じっとプラムを見ています。
しかし残された時間は多くありません。いつニータが痺れを切らしてしまうかわからないのです。
ティカルはごしごしと鼻を拭きました。
ティカルを受け止めてくれたプラム。
そして偉大な王様で、この国になくてはならない人です。
そんな人が、自分を愛していると言ってくれたのです。
ティカルは覚悟を決めました。
「プラム…、き、キスしたい…」
やっとの様子でそう言ったティカルに、プラムは泣きそうに微笑みました。
「ティカル…、ああ、俺もだ。
覚えてるか?キスの時は…」
「うん…。
プラムも、目を閉じてくれる?」
プラムは内心目を開けておくつもりだったのですが、ティカルがそう言うので「わかった」と頷きました。
ティカルは、キョロと周りを見回します。
ニータはまだ後ろを向いています。固唾を飲んで見守っている城の人たちは、ティカルと目が合うと、恥ずかしそうにささっと目を逸らしました。そしてファファとオクとは、ばっちり目が合いました。
「プラム、僕も諦めない。
プラムのこと、あ、愛してるから…」
そう言いながら顔を近付けて行きます。座り込んだティカルより、プラムのほうが少し低かったので、この前とは逆で、ティカルが覆いかぶさるようなかっこうでした。
「愛してる…。ティカル、愛してる」
優しく囁いてくれるプラムに、また涙が溢れてきそうです。
ティカルは瞼を伏せました。空気の震えで、プラムも目を閉じたのが感じられます。
優しく触れた瞬間に、ポロリとティカルの涙がプラムの頬に落ちました。
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ぞわりと背筋を嫌なものが走って、夜の女王ニータはバっと振り向きました。
視線の先には、キスをしているプラムとティカルの姿があります。不思議と、自分がプラムとするキスとは違う何か神聖なものを感じました。
プラムと自分以外がキスをしているのも、気分が悪いものでしたが、先ほどの嫌な感じはそれが原因ではありませんでした。
あの子豚の子が、キスしたまま、自分の首飾りをぐいと脱いで、プラムの首にかけたのです。
何かのまじないか魔法がかかった首飾りなのでしょう。その瞬間に、呪いをかけた張本人であるニータには、プラムの体から夜の呪いが解けていくのが感じられました。
「こ…の、豚めェ!!」
ティカルの手がまだ首飾りを握っている間に吹き飛ばしてしまおうと、ニータは風を起こします。
しかしティカルが行動を起こしたのと同時に、動き出したファファとオクが、呪いの解けたプラムの両腕を引っ張って、闇の沼からひっぱりあげました。その時にはもう、ティカルの手は完全に首飾りから離れていました。
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体重がなくなったかのように、プラムはすぽんと闇の沼から抜けだしたので、プラムと、引っ張り上げたファファとオクは、元の場所から数歩下がったところに落ちます。
プラムはいきおいあまって床に転がり、ハっとティカルを見ました。
もうティカルは光に包まれ始めていました。呪いを解く首飾りをプラムにあげてしまったからです。
「ティカル!」
ぼんやりとした輪郭のティカルが振り向いたのがわりました。そして床に転がっているプラムを見て、
無事を安堵するかのように、確かに、光の中で微笑みました。
互いに、無意識に手を伸ばそうとしていましたが、そのとき女王の風がティカルのいる場所を襲います。
風は、子豚になりかけているティカルを巻き込んで、先ほどプラムが抜け出した真っ暗な闇の方へ。
「ぶひッ」
「ティカル!!」
誰かを飲み込んだら、閉じることになっていたのでしょうか。闇の沼はあっというまに、元のお城の床に戻りました。
あとには何も、人も子豚もいませんでした。
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