急ですが、今回で子豚は完結します。
ながーく引っ張っておきながら、ちょっと駆け足になってしまいました。
お付き合いいただきありがとうございました。
お返事返せないかもです。すみません!
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ティカルとエンは、木々が生い茂る森のようなところに降り立ちました。
「あ、ここ…。きっとここだ」
「わかるのか?」
エンの問いに、夢見心地でうんうんと頷きます。
「うん。なんとなく、だけど」
「とりあえず、ティカルの服をどうにかしなきゃだなぁ…」
あぁそうだ。僕、裸なんだっけ、と思うのと、あの、何度となく経験のある光がティカルを包みました。
「え!?」
「ブヒ?!」
そうして、気が付くとティカルは子豚になってしまっていたのです。
「えぇ?どうしたんだよティカル?!」
(僕もわからないよ!)
いよいよプラムに会えるかもと思った瞬間に、ほんの少しですがティカルは「怖い」と思ってしまったのでした。
会って、もしもプラムが、別の人と一緒にいたらどうしようと、怖気づいてしまったのです。
しかし、二人がそのことを話し合う時間はありませんでした。
少し離れた茂みから、獣の唸り声が聞こえてきたのです。
エンが、再び子豚になったティカルを抱えて、走り出します。そこで、時空の渦を使わないあたり、まだまだエンも慣れていないのでした。
***
「お久しぶりです。テアさん」
「プラム王子、よく来てくれたね。
あぁ、もう王様だったか」
一方プラムは、彼が納める国のはずれのほうにある田舎の牧場に来ていました。
ティカル探しと政治で、煮詰まっていた彼のもとに、息抜きにおいでと手紙を送ってくれたのが、このテアという人なのです。
「大変だったんだって?」
「はい…」
噂として、プラム王が大事な人を失ったことは知っていたのですが、城から遠い場所にあるテアの牧場までは細かい情報は来ていませんでした。お茶でもしようかと、プラムを招き入れた彼でしたが、その時でした。
「ワン!」
大きな白い犬が、急に外で吠え始めたのです。テアは険しい顔をしました。
「王子、悪いけど少し待っていてくれ。
森で何かあったみたいだ」
「俺も行きます」
つい昔の癖で「王子」と言いながら、テアは首を振ります。
「普通の馬じゃ、この森は無理だ。待ってるんだよ」
そう言って、彼は外に向かって「シド!」と呼びました。するとすぐに彼の元へ黒い馬が走ってきます。
壮年といっていい年のテアですが、慣れた様子で愛馬に飛び乗ると、あっという間に森に行ってしまったのでした。
あの馬は普通じゃないんだろうかと、不思議な顔をしたプラムを残して。
***
森を縫うように走っていたエンでしたが、大きな木が通せんぼをするような場所に追い込まれてしまいました。
「白い大きな犬なら、よかったんだけどな…」
昔飼っていたのでしょうか、そうつぶやくと、銀色の狼が低く吠えます。敵意むき出しです。
食べられちゃうのかな、どうしようとティカルはドキドキしました。
この世界だと思うのですが、プラムの姿がありません。おまけにまた子豚の姿です。
しかし会わないままで終わりたくありませんでした。
ティカルは、エンに抱えられたまま、お腹に力を入れます。
「ピギぃーーー!」
「うわぁっ」
ティカル自身、思っていたよりも大きな声が出てびっくりしました。エンはもっと驚いたのでしょう。思わずティカルを持つ手が緩んでしまいました。
狼は襲ってくると思いきや、ティカルの声を聴いて、うん?と言いたげに首をかしげています。
ティカルは、ふと、近くにプラムがいるような気がして、気が付いたら走り出していました。
***
ティカルが大きな鳴き声を上げたころ、プラムは中で待とうか、外で牧場を見ていようか、それともやはり追いかけようかと思案している時でした。
はっと顔を上げて、森を見ます。
「ティカル?」
裏向きの首飾りを握りしめると、どうしてかポカポカと温かいような気がしました。
気が付いたら、プラムは走り出していました。お供も、馬も連れて行かずに。
迷ったらどうしようと、考える余裕もありませんでした。
走って走って、枝で服を破り、木の根に足を取られ、それでも走ります。
「ティカル!どこだ!」
何かが聞こえます。人の声のような、子豚の鳴き声のような。
子豚の姿でもいい、会いたい、抱きしめたい。
そしてとうとう。何かにつまずいて転んだらしい、ピンク色の塊がプラムの前に飛び出してきたのです。
「ティカル!」
駆け寄って抱き上げると、少しの間目を回していた様子の子豚でしたが、プラムを見て、嬉しそうに「ピキぃ!」と鳴きました。
「あぁティカル!よかった!
そうだ!首飾りを」
すぐにでも呪いを解こうと、今も裏返しの首飾りに手を伸ばしたプラムでしたが、ティカルが一声鳴きました。
まるで「待って」というようだったので、プラムは動きを止めます。
ティカルは、プラムに抱きしめられたまま、強く思いました。
彼の名前を呼びたい。
彼をぎゅっと抱きしめたい。
人間に、戻りたい。
そう、強く強く想いました。
そして想いはとうとう、ある魔女の強い強い想いのこもった呪いを、打ち破ったのです。
はっと息を飲んだ気配で、ティカルはそっと目を開けました。そして自分の、人間の手を見て、
「プラム!!」
大好きな人を、思い切り抱きしめました。
***
案の定、帰り道が分からなくなってしまった二人でしたが、途中で親切なクマやキツネの力を借りて、ようやく牧場に戻ることができました。
森で迷子になっていた旅人を見つけたテアは、牧場に戻ってくるとプラムはいませんし、旅人は「子豚を探しに行く」と言うのでほとほと困っていたところでしたが、プラムが、誰かを連れてもどってきたので、とても驚きました。
しかも彼が、旅人の探そうとしていた子豚で、本当は人で、そしてプラムの最愛の人だというので、その情報量に追いついていけないほどでした。
***
「田舎が吉、本当だったな」
「なんのこと?」
いつかの占いのことを思い出して、そうつぶやいたプラムを、不思議そうにティカルが見つめます。もう鼻も、豚ではありません。
首飾りの力がなくても、ティカルは人間でいられるのです。
「いや、なんでもない。
オクに嫌味を言われるだろうな。無理に休みを取らせたから、この場に立ち会いたかったと言うだろう」
その様子が想像できて、ティカルはニコニコ笑います。
プラムは愛おしそうにティカルを見て、そっと囁くように言いました。
「ティカル、目を閉じて」
**END**