その出会いは運命的だった。
城で道に迷っていた彼を見つけたときの衝撃は、彼が首から下げている巻き尺で首を絞められたのかと思ったほどだ。
大きなうるうるの目で見上げられ「クエニャ様のお部屋はどこでしょう」と縋られた日には、犬頭ことイギュという名の獣人は一目で恋に落ちてしまった。
クエナの部屋まで案内することは、例の処罰のためイギュには出来ない。
その代わり、懇切丁寧に教えて、ようやくもらえた休みの日には彼らの店に「ちゃんとクエナに会えたかどうか確認しに来た」と言って、再会した。
「わざわざ来てくださったのですかニャ。嬉しいですニャー」
目をうっとりと細める彼の可愛いさと言ったら。イギュは「マヤ」という名前の彼が、服屋の中でも一番最年少で独身だと知り、喜び勇んで休みのたびに服屋に通うようになった。
城お抱えの彼らは、一般の民の服を作ることもあるが、とてもイギュに手が出せるような値段ではない。マヤが「気軽にお茶を飲みにくればいいニャー」と言ってくれたのは本当にありがたかった。
好意を向けられているのはわかっているはずで、それでそのような良い反応をもらえたら、あとはもうイギュは突き進むべしとマヤに猛アタックする。
「俺と付き合ってほしい」
「お前と結婚したい」
「お前の子供が見たい」
数々の口説き文句に嬉しそうに笑顔を振りまくも、なかなか首を縦に振らないマヤ。それをじれったく思いながら、しかしイギュは諦めなかった。
そしてとうとう。
「いいニャお」
と、はにかみながら頷いてもらえて、思わず泣いてしまったイギュである。
腹が決まったらしいマヤは服屋の二階を指して自分の部屋に来いという。いままで店先でしか会っていなかったので、イギュは天にも昇る心地で彼の後をついて行った。
―あぁ、その丸そうな尻に早く齧り付きたい…
そう思いながら、階段を登っていく犬頭を、服屋の店主と仲間たちも微笑ましく見送る。
そして部屋に着いた途端、我慢しきれずイギュはマヤに抱きついた。
「やん。ビックリしたニャ。落ち着いてイギュ。ニャーの話を聞いて欲しいニャ」
こくこくと頷いて鼻息の荒いまま、イギュはマヤが普段使っているらしいベッドに腰掛ける。するとマヤは唐突に「今日までイギュの求婚に答えなかったのは」と話しだした。
「実は親方(店主)に、一人前になるまでは嫁を貰っちゃダメって言われてたんだニャ」
「……へっ?」
「ニャーの店では、お嫁さんのドレスを一人で作れるようになるまでは結婚しちゃダメなんだニャ。
でも昨日、ようやく親方に認めてくれたんだニャー!」
「え、あ…っいや…!よ、嫁?!」
誰が誰の?!と目を白黒させるイギュそっちのけで、猫頭は「今日までがむしゃらに頑張った甲斐があったニャ」と喜んでいる。
「それで、気が早いかにゃーとは思ったんだけど…」
マヤは自分の机から何かを持ってきてイギュに見せた。犬頭は叫ばなかった自分を褒めてやりたいと心底思う。マヤの手の中には白い実、つまり子供の源となる宝種があったのだ。
「嬉しかったニャ。ニャーって頼りないみたいで、嫁の貰い手がないかもって親方に心配されてたから。
イギュがニャーの子供が欲しいって言ってくれた時は」
―いやいやいやいや!!違う!そうじゃなくって!
内心では全力で否定していたものの、硬直してしまっていたイギュはただゴキュンと喉を鳴らしただけだった。
のそりとマヤがベッドに乗り上がってくる。自然とイギュは押し倒される形になる。
「ま、ま…ッ待ってくれ、マヤ…!」
「イギュぅ、大好きニャ。ニャーの子供産んで欲しいニャ」
―あああ可愛い!!いやしっかりしろ俺!誤解を解かなくては!
そうイギュがぐるぐる考えているとプチュっと唇に何か柔らかいものが当たった。否、何かではなくどう考えても、マヤがキスしてきた。
途端に体をビリビリと電流が駆け巡る。たったそれだけで腰が抜けたイギュは、自分を見下ろしてトロンとしている猫頭を見上げて悟った。
―あ、俺孕まされるわ。
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一日遅れてしまいましたが気にしませんよ!
クエナの初めてを貰っちゃった犬頭さんの話でした。
長い付き合いの皆様ならご存知かもしれませんが(笑)この猫頭たちが何気にお気に入りです。