ひえ。夏が終わってしまう。
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ティカルはぺたぺたと体や顔を触ると、はっと驚いたように鼻を押さえました。
「どうした?」
「ぼ、ぼくのはな…」
もごもごしながら、ティカルは恐る恐る泉のほうに、よたよたと膝で歩いていきます。
ユキや、透明の生き物たちもなんだなんだと不思議そうについていきました。
泉の岸に座り込んで、ちょこっと顔を覗かせたティカルは綺麗な水の中に鼻を押さえた自分がゆらゆら映っているのを確認して、そーっと手を離してみました。
「っ!
鼻が…人になってる」
水の鏡に映っていたのは、自分でも始めて見る、人間の鼻をしたティカルでした。ティカルの呟きで、ユキは、先ほどティカルが言っていた「厳しい世界」の意味を少し理解します。
「すごい…。どうして…?
これも想う力なのかな?」
嬉しそうに何度も、時には頭から泉につっこみそうになりながら、ティカルが覗き込んでいると、突然水面がゆらゆらが大きくなり始めました。
泉の真ん中あたりが、波の中心みたいだと理解するのと同時に、そこから大きな何かがドンと跳ね上がります。そして、ティカルを飛び越しました。
「アオ?どうした?」
振り向いたティカルが見たのは、ここにいる透明な生き物の中で跳びぬけて一番大きく、丸い生き物が、ユキのすぐそばに着地したのと、その後ろの、見覚えのある黒い渦でした。
「あっ」
ティカルと同様に泉の大家族もその渦に気づいたのでしょう。
小さい丸や少し大きな丸が慌てたようにティカルをよけながら泉にポチャンポチャンと潜っていきます。飛び出してきた大きな生き物と、ユキ、そして大きめの子たちは、ジリっと警戒したようにその渦を見ているようです。
「エン!」
ティカルが咄嗟に呼びかけると、渦は開いたり閉じたりを何度か繰り返して、ようやく中からエンが出てきました。うまくいかなかったのか、思い切り顔からでしたが。
「いって…」
「ティカル、知り合いなのか?」
大きな生き物の隣に立ちながら、ユキはまだ険しい顔をしていました。ティカルは慣れていたので何も感じなかったのですが、やはり魔王の力である時空の渦は、禍々しい気配を放っていたので、警戒したのです。
「うん。一緒に旅してたんだ」
ティカルは慎重に立ち上がって、久しぶりに二足歩行をしながら、次第に小走りになってエンに近寄りました。エンは鼻を打ったようで、ちょっと涙目になっています。
「エン、大丈夫??」
「・・・え、っと?」
エンは小走りに近づいてきた全裸の青年を見て、パチクリしました。
途中ではぐれてしまったティカルを探して、慣れないながらも、あちこち時空の扉をあけて、ようやくティカルの気配がする世界を見つけたのですが、キョロキョロしてみても、子豚の姿がありません。
しかし鼻の痛みが治まっていくのと同時に、自分の名前を知っている彼があの子豚なのかもしれないと思い至ったのです。
「もしかして、空豚なのか…?」
ティカルはぱっと笑顔になって、「そうだよ!」と頷きました。
「ティカル…、エンってのは何者なんだ?」
「うっわぁ!何だこのでっかいの!?」
ユキとエンが同時に話したので、ティカルはどっちに返事をしようと、オロオロしてしまったのでした。
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