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夏の残響【諫早】

【満月の残響】





誰も知らない物語を綴ろう。
この話の後、君達は知るべきではない真実をしる事になる。綴られる物語の登場人物ですら知らない物語。だが、それでも綴らなければならない。故にこの先は心して読んで欲しい。

さあ、綴ろう。
たとえ、この物語が君達に様々な感情をもたらそうとも―――





片手で器用に弾を装填する。なんとか生きている片目が塞がるから敢えてスコープは見ない。元々視力がいいから、2キロ程度なら肉眼で捉えられる。しかも、ここはNYでも東京でも無い、視界を塞ぐビルがない砂漠だ。砂の丘陵に身を隠し、風を感じて小さく息を吐き出し、吸って止める。ここから先は呼吸すらも邪魔になる。引き金を引く瞬間は何処までも無感情。狙撃手は全身を銃身に変える事が重要だ。

「命中だな」

仕事の正確さをスコープで確認してから立ち上がる。輸送隊の部隊長は撃ち殺した。あとは、前戦チームが部隊を壊滅させて、輸送品を奪えれば任務完了だ。

「さーて、早くあっち行かないと見せ場が無くなるかにゃっと」

狙撃銃をばらして袋に入れて、立ち上がった人物。彼を見たら、知る者は英雄の生還を称えるだろう。歓喜する者もいるだろう。片腕を失い、片目が潰れていたが、間違いなくかつてアフガニスタンの49陸部隊を率いていた諫早がそこにはいた。そう、彼は絶望的なあの状態で生きていたのだ。

「こりゃ、神様の落としモノか?」

諫早は足を止め、袋をおろし膝を付くと、倒れている少年か青年か判別がつきにくい彼の胸の上に耳を寄せる。次いで口の上に耳を寄せ、やがてその身体を俵担ぎにする。

「今は生きてても、こんな場所に寝てたら、明日には鳥の餌だ。お前が天使じゃなきゃな」

その美しき落としものは、ドイツ人も羨む様な鮮やかでふわふわ踊る金髪をしていた。





「お、クリス。前戦に来ないから、敵さんの狙撃手にでも撃たれたんかと心配したんだぜ」

命からがら今の部隊に拾われ治療を受けた諫早は名乗らなかった。49陸部隊の生き残りと知られたら殺される可能性に、記憶を失っているフリをした。だが、死者を弔う讃美歌を歌う習慣は続け、彼等が勝手に『救済者‐クリス‐』と呼ぶようになった。

「って、なんだよその荷物」
「落ちてたから拾った」
「飼うのか?」
「状況次第ではな」

袋を壁際に置いて、抱えていた天使を自分のベッドにおろす。

「ベイカー。悪いがオペ道具持ってきてくれ」
「あん。銃創か…」
「弾がまだ入ってる。抜かないと中毒お越しちまう」
「厄介な拾い物だな。ウチにはドクターはいないぜ?お前はラッキーだったんだ。巡回してるドクターがたまたまいた」
「俺がやる」
「クリスはオペまで出来んのか、そりゃたまげた。待ってな持ってきてやる」

諫早は洗濯したばかりの替えのシーツを引きちぎり、それを縄に変えて天使の両手首をベッドにきつく縛り付ける。見れば見るほどに綺麗な顔をしている。その顔にNYにいた頃に世話していた子供達を思い出す。その中にも天使の様に綺麗な顔をした奴がいたけど、病弱で冬を越えられずに死んでしまった。

「助けてやるから。耐えろよ」

脂汗が滲むおでこをあやすように撫でて、タオルを猿轡にして口を塞ぐ。

「用意したぜ。麻酔は無理だったけど」
「上等だ。ベイカー、足を押さえていてくれ」
「了解」

オペ道具なんて言うが、ペンチやらナイフやら酒やら戦場でも手に入るものばかりだ。それでも、この手で拾えた命ならば助けたい。フラッシュバックする死んでいった仲間達の顔を深呼吸で奥に沈めて、メスがわりのナイフに酒を掛ける。





称賛に値する生命力を天使は見せた。ベイカーは諫早の甲斐甲斐しい看病のお陰だと言っていたが、こいつ自身に生きる力がなきゃ助けられなかったよと返した。

「何本に見える?」
「1本」

目覚めた天使の目の前に、諫早は指を立てる。

「これは?」
「3本」
「いい子だ。自分が置かれた状況はわかるか?」
「ボーっとする。あと、熱い」
「ああ、腹の中に銃弾があった。3日間うなされてたぞ」

諫早が指差した腹の傷を見て、その目を見開く。瞳がさ迷っているのは、身に起こった出来事を追想しているのだろう。頭のいい、冷静な子だと、諫早は目を細めた。

「追われてたんだ。波止場に追い詰められて、兄さんがそいつら全部引き受けて…。逃げろって、普段怒らない兄さんが声を荒げたから、俺海に飛び込んだ。その瞬間に兄さんが何か叫んで…。俺、泳ぎ上手いのに、上手く飛び込めなくて…」

恐らくは飛び込む瞬間に撃たれたのだろう。だが、海に飛び込んで砂漠のど真ん中に落ちてるなど妙だ。日差しに乾いたのか濡れた気配もなかった。

「此処はどこなんだ?」

混乱している様子だったが、あの状態から兄の安否を聞かず、最初に自分が置かれた状況を確認しようとする判断能力。諫早は気に入ったと笑みを口に乗せる。

「エジプトだ。だが、たぶんお前の知ってるエジプトじゃないかも知れないがな」
「そうか。俺はフィ」
「おっと」

諫早は手のひらで彼の口を塞ぐ。

「追われてたんなら。不用意に名乗るもんじゃない」
「色々と教えて欲しい。俺がエジプトにいる意味が解らない」
「OK。フィー。俺はクリスと呼ばれてる」
「フィー?」
「ここではそれで通せ」

このやり取りで体力が尽きたのか、フィーの身体が傾ぐ。

「ちゃんと話してやるから、一回寝ろ。今のお前のミッションはとっとと傷を治す事だ」
「………わかった」

毛布を掛けておでこにキスをする。

「おやすみ。フィー(妖精)ちゃん」
「子供扱いするな。おやすみ」

すぐに聴こえた寝息に、諫早は苦笑する。『Philippe』彼のポケットに入ってた刺繍入りのハンカチを自分のポケットにしまって、気配に立ち上がる。

「それが拾いものかクリス」
「ライアン隊長。レディの部屋に入るならノックは必須よ」
「珍しくいい笑顔だったな」
「しかも覗きなんて悪趣味ね」
「その気持ち悪いジョークはもう終わりだ。任務‐ミッション‐だ暗殺者‐サイレンサー‐にな」

長身で体躯のいい隊長の言葉に、諫早はおちゃらけた笑顔を消し一瞬で身に纏う空気を変える。

「オーダーをコマンダー」

相変わらず無茶な命令ばかりする部隊だ。寝込みとはいえ1人で30人は骨が折れる。だが、諫早は久し振りに沸き上がった感覚に喜ぶ。己が死んだら死ぬ奴がいる。49陸部隊でにゃんこを飼ってた時以来の感覚は諫早の身体と心を軽くした。





フィーが望んだから諫早は戦闘術を一通り教えた。どういう事情にせよ、暫くは戦場で生きなければならないのなら必要だろうと。銃も教えたが肉弾戦の方が肌に合うらしいフィーに、今まで誰にも教えなかった暗殺術を叩き込む。

「アサトが嫉妬するかねぇ」
「何か言ったか?」
「いんにゃ。なんも」

いつかは帰るべき場所に帰してやろうと考えている。だが、フィーの話を聞く限りそれは“こっちの世界じゃない”。だから帰る手立てが見つかるまで生き残る術を与えなきゃならない。

「お前日本の番組知ってる?」
「なんのだよ」
「九死に一生スペシャル」
「ごめん。解らない」
「この状況を切り抜けたら出演出来るかねぇ」

覚えの早かった彼は、今や諫早の片腕となるまでに成長した。

「クリスだけを囮に、部隊全員が退却なんてバカげた任務だ」
「1人じゃないさ。フィーがいる」
「建物の周り囲まれてるな」
「人気者な証拠だ。歌でも歌ってやりゃ喜ぶかもな」
「デュオ」
「お、一緒にやる?」
「サックス欲しい」
「なら、楽器屋さんいかなきゃね。今から行きゃ閉店に間に合うかもな」
「火薬の匂い」
「お約束のパターン」

肩を竦めて笑い合って、諫早は今はっきり生きてて良かったと思っている事を実感している。

「そんじゃあ、もう一個お約束しようかな」
「なにを?」

顔を上げたフィーの唇に口づける。驚いた表情のフィーだが、意外にも冷静だ。

「新居(新しい駐屯地)に着いたら、恋人になって下さい」
「バカっこのタイミングで…」

フィーの顔が赤く染まる。

「その前に胸の傷の理由きかせろよ」
「ああ、これか?」

諫早はシャツのボタンを外し、左胸にある銃痕を示す。

「ちょっと、飼い猫が肝心な時にノーコンでな」

「後で詳しく話すよ」とボタンを留め直しフィーを見つめる。

「爆発物が仕掛けられた。プランBでいくぞ」
「わかった」
「絶対生き残れよ。フィリップ」

本名を呼ばれたフィーが、やや驚きながら頷く。

「生き残れたら。いいぞ」
「約束だからな」
「ああ」
「よし。………GO!!」

単純な自分は、これだけでミッション成功率100%だと確信する。





月明かり。
無事新居に戻れた二人は、月光のリングの中キスをする。満ちた月がいずれ欠けゆくと知らず。



to be continue

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次が本番!
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