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カクテルナイト【ピニャコラーダ】

【淡い想い出】




大人の社交場。大人の隠れ家。
お酒を片手に過ごす場所では誰もが秘密の物語を持つ。夏も深まり秋の夜長が始まる季節を慰める肴に、barに集う時に苦く時に辛い物語でも添えましょう。

秋の夜長を飾るカクテルナイト。
今宵は如何なる物語を語りましょうか。





人は私を成功者と称する。
元々は間抜けな観光客を中心に追い剥ぎ、掻っ払い、袖引きをするスラムの盗人。足の速さが自慢だった私は少年窃盗団のリーダーの様な存在だった。幼く病弱な妹のため解っていて犯罪に手を染める日々。仲間達を餓えさせない為に、悪知恵を働かせる毎日。だが、最早そんな頃の私を知る人間など殆どいない。

「これ、落としたよ」
「ありがとう」

仕事で日本を訪れた頃の私は、ドバイにホテルを幾つも有する億万長者となっていた。手渡されたカードケースを受け取った私を、それを拾ってくれた日本人がマジマジと見上げてくる。最後に彼が10カラットのエメラルドの指輪に目を留めた所で、私は思わずクスリと笑った。

「エメラルドはお好きかな?」
「え、いや…、すごい指輪だと思って。すみません」

私が日本語を話したからか、彼は少し安心したような顔で素直に日本語でそう返した。

「欲しいかい?欲しいならあげよう」

どうせ自分で買ったものではない。少年時代からパトロンになってくれているサウジアラビアの王子に、日本旅行のお守りにと半ば強引に渡されたものだ。むしろいらないから貰ってくれるならありがたい。

「いや、いらないし。てか、知らない人から理由もなくこんな高価なものなんて貰えないし」
「落としものを拾ってくれた例というのはどうだろう?」
「は?あんたバカなの?それとも金持ちだから感覚可笑しいの?」

私がきょとんとしてしまったが故の静寂。次いで私が声を上げて笑ったから彼がきょとんとする。なるほど、確かに私がスラムにいた頃なら同じ事を言っただろう。似てるかもしれないな、あの頃の自分に。

「それは失礼した。今の事は忘れてくれ」
「お待たせしました。お車のご用意が出来ました」
「それじゃあ、コレありがとう」

秘書のクロード君が用意した車に乗り込み、この時はこれだけで終わると思っていた。だが、念のため。

「楽しそうですね」
「そうかい?…ねぇクロード君。1回目は偶然、2回目は運命だっけ?もし2回目があったら、その時はアッラーの思し召しかな?」
「よくわかりませんが嫌な予感しかしない台詞ですね。全く、私の社長は待てもまともに出来ないらしい」
「心外だなクロード君」
「まあ、その2回目とやらが来ない事を願ってますよ」



しかし、クロード君の願いは空しく、私は路地裏で蹲る彼と2回目の出会いを果たす事になった。



「気分は良くなったかい?」
「…すみません。貴方のスーツ駄目にした。弁償するので、後で請求書下さい」
「気にするな。スーツなんて幾らでも用意出来る」

彼はホストという仕事をしているらしい。その仕事が何かは良く解らなかったが、彼は仕事で酒に呑まれてしまい。人目のない路地裏に入って蹲っていたという。

「秘書に君の服を用意させているが、明日までかかる。今日は此処で寝なさい」
「いいよ。そのままあの服を着ていく。そこまでしてもらう義理なんてないし」
「そう言うと思っていたよ」

底辺を知っているからこその警戒心。過剰な親切はかえって疑心暗鬼となり易々と受け取れない。私は彼が横たわるベッド横のナイトテーブルに例の指輪を置く。

「あんた、あの時のっ!」
「覚えてたかい?なら話は早いね」

敢えて彼が受け入れ易い様に横柄な仕草でベッドに腰掛ける。

「君を助けたのは偶然ではない。秘書に君を調べさせ、あの場で君を見つけた」

本当は調べさせてなどいない。

「私はドバイのホテル王。億万長者の富豪だ。日本にはビジネスで訪れた。この博多にも。滞在期間は1ヶ月だ」

彼が改めて部屋の内装を見る。インペリアルスイートのベッドルームの広さに目を配り、目映く輝くシャンデリアに目を見開く。

「安物のシャンデリアがどうかしたかい?私は本物のダイヤが煌めく様が好きだけど、ここのはスワロフスキーなんだ残念だよ」

彼が一切の遠慮を失くすだろう魔法の言葉を使う。

「1ヶ月。私の相手をして欲しい。報酬は百万近いスーツ代と、秘書に用意させている君の新しい服。そして、この指輪だ」
「相手って」
「君なら意味が解る筈だ。破格のお願いだと思うが?」
「お願いじゃなくて命令でしょ。いいよ。あんたには迷惑かけたしね」

リモコン操作で部屋の証明をナイトランプだけにする。生まれたままの姿のしどけない肢体を隠していた掛け布団を剥ぎ取る。隠すものがなくなった肌の白い曲線をなぞる。

「さすが、日本人の肌は細やかで白いな」

上体を倒し彼に覆い被さる。

「私は…アッシムと呼ばれている」
「涼二」
「そうか。涼二。アッラーに誓って、君は高潔で美しい」



私は日本に滞在中に涼二が呆れた溜め息を何度も溢す程に甘やかした。高級なレストランでの食事。上等なスーツやアクセサリーのプレゼント。上流階級のパーティーに連れて歩いたり、ヘリをチャーターして夜景を見ながら空のクルージングを楽しんだりもした。
そして、会うたびにその肉体を楽しんだ。だが、決して支配者が奴隷にする様な抱き方はしなかった。恋人にするように甘く優しい夜を涼二に与えた。ビロードに触れる様な愛撫に答える様な甘い矯声。導く様に伸ばされる腕に夢中になるのに1ヶ月も必要なかった。



だが、残酷な時は留まる事を知らずに、間も無く季節の終焉を迎えようとしていた。



「イスラム教徒なのにbarなんかを待ち合わせにしていいわけ?」
「アッラーは優しいからね。ドバイではワインを飲むことは許されている」
「飲んでるの明らかにウィスキーだし」
「残念。ラムだよ」

「いや、そういう問題じゃないし」と言いながら座る彼に笑いを溢す。

「ピニャコラーダを」
「聞き慣れないお酒だ」
「あんたが飲んでるそれで作れるカクテルだよ。作り方詳しく知らないけどココナッツの味がして美味しいんだ」
「ココナッツ好きなんだ?」
「まあ、好き…だね」

好きという言葉を恥ずかしそうに言う彼が、可愛くて込み上げた愛おしさに髪を撫でる。

「な、なに!?」
「なんとなくだ。私もそれ頼んでみよう」
「アッラーは許してくれるわけ?」
「うーん。今更だしな。お許しいただけないなら財産を寄付して許しを貰うさ」
「めっちゃ現金な神様だね」
「はは。現金な民族が信仰しているからね」

グラスの形も相まってまるで白いチューリップが花開いた様に見えるピニャコラーダが二つ並ぶ。

「涼二。ドバイに来ないか?」
「は?唐突に何を言ってるんだよ」
「ドバイに帰った後も側にいて欲しい。帰った時に君に出迎えて欲しいんだ」
「あのさ。あんたは地位も名誉もある。こんなホストに言っていいセリフとダメなセリフがあるだろ?」
「そんなものは関係無い。私も昔は貧乏だった。君の様に金の為ならなんでもする生活をしていた」

涼二の息が詰まるのを感じる。二つのグラスのピニャコラーダは殆ど減っていない。

「なら尚更やめなよ。あんたはそのまま成功者の道を突き進むべきだ」
「だから涼二の支えが欲しい」
「結婚は?ビジネスにセックスは全く絡まない?俺は独占欲強いから、大人しく愛人になるなんて無理だよ」

涼二の言葉に黙るしかなかった。脳裏にザイドの顔が浮かぶ。彼の命が下れば、結婚諸々逆らう術は今の自分にはない。

「俺は絶対あんたの道の妨げになる」
「そうか。残念だ」

グラスの底が透明になり始めたピニャコラーダを、飲み干すまでの数十分二人は無言だった。カラリとマドラーが空虚なグラスを叩く。

「では、涼二。最後の勤めをして貰おうか」

部屋に入るなり涼二が胸にすがり付く。どちらからともなく唇を重ね、呼吸を奪う様な激しいキスをする。涼二と交わした初めてのキスの味は南国の味がした。ベッドへの数歩すらももどかしく、猛った熱をぶつけ合う様にキスを繰り返したあと、シャワールームを無視して涼二をベッドに横たえる。スワロフスキーの眩すぎるシャンデリアに照らされた涼二の身体が、ダイヤの様に輝いて見えた。全て見ていたくて、証明は落とさずに身体を重ね合う。

「冷静そうだったのに、結構熱いとこがあるじゃん」
「元々は窃盗団のリーダーだからな」
「今度会った時にその話聞かせてよ」
「そうだな」

冷房の聞いた部屋なのに熱く溶ける夜の永遠を願う。途切れる事のない矯声に誘われるように、空が白むまで繰り返し留まらぬ熱を与え合う。溺れるの意味を初めて知った夜だった。

「アッシム様お時間です」
「ああ。わかってる」

眠るひと夏の愛人の瞼に触れる。まだ湿り気の残るそこに口付けて、備え付けの紙とペンに手を伸ばす。

『君の幸福を永遠にアッラーに祈っている』

敢えてアラビア語で書いたメモ紙の上にエメラルドの指輪を置く。結局、出会ってからずっと名前は呼んで貰えなかったな。そんな虚勢ばかりの君が好きだよ。

「さよなら。楽しかったよ涼二」

たぬき寝入りなのは解っていた。押し殺した息に微かに嗚咽の様な吐息が混ざる音を、扉を閉めてシャットアウトする。

「帰国後はすぐにマリウス様とのご会食です。その後はザイド様との面会のあとご就寝頂き、翌朝8時から役員会議にご出席です」
「ドバイに帰ったら暇はなくなりそうたな」
「はい。申し訳ありませんが暫く忙殺されることになりそうです」
「ありがたい」
「アッシム様?今、なにか?」
「いや。それよりも、飛行機の中で明日の会議資料に目を通すから用意しておいてくれ」
「かしこまりました」

どうやらアッラーは君を忘れれと思し召しのようだよ、涼二。





その後、少し私は塞ぎ混んでいる様にみえたらしい。実際、なんでもいいから気晴らしが欲しかった私は、今まで以上に働いた。気を使ったクライアントが持ってきた闇市に足が向いたのもそういう理由からだった。

アッラーよ。偉大なるあなたがもたらしたこの出会いに感謝いたしましょう。

闇市で那月を買ったのも、のめり込んだのも、全てはひと夏の想い出が起因しているのかもしれない。





「いらっしゃいませ。Lafumeへようこそ」
「ピニャコラーダを貰おうかな」

無骨な君はきっとこのカクテルに『淡い想い出』という言葉が秘められている事を知らなかっただろうね。あの日、氷で薄まったそれを飲んだ時は知らなかったが、その後私は気になって調べた。君との想い出のひとつだったから。

「店に入るなりカウンターでカクテルを頼む客がいるって聞いて来てみれば…」
「久しぶりだな。少し、歳をとったか?」
「お互い様でしょ」

同じのと自分の店のバーテンダーに告げて、隣に座る君に、淡くなっていたあの夏の記憶が鮮明に蘇る。

「今、幸せかい?涼二」
「それなりにね。そっちは?」
「お陰さまで。ご存知の通り運命に出会えたよ」
「あっそ。よかったね」
「でも、君との出逢いも運命だったと思ってる。なにせ、広い街で2度も偶然に会ったんだから」
「バカ。てか、秘書に調べさせたんじゃなかったの?」
「あんなの嘘さ。だが、今日は(3回目)は偶然じゃない。会いたかったよ涼二」
「もうその手には乗らないけど、まあ、いっぱいぐらいなら付き合ってあげるよ」

ラムにパイナップルジュース、ココナッツミルクをシェイクして、クラッシュドアイスの上に注いだ淡い想い出のお酒を乾杯する。

「美味しいな」

今度こそ薄まってない味に、夏を感じる。

「でしょ」

彼が微笑む。
ほんの少し皺が刻まれたその笑顔は相変わらず美しかった。



END

ーーーーーーーーーーーーーーー

久しぶりにシリーズやりたくて始めました。しかも懐かしのあのシリーズの復刻です。お前らを週末barに行きたくさせてやんよ。

トップバッターはまさかのアッシムさん。
成瀬さんが斎藤さんに出会う前、二人がだいぶ若いときの話になります。アッシムさん、以外と埃が出るから好きw

では、秋の夜長リターンズ・カクテルナイトをどうぞお楽しみ下さい。

バレンタインの騎士6

【花咲く季節】




香しく鼻腔を擽るのは短い春に遅れぬ様にと一斉に咲き誇った花々か、或いは…





戦争屋メリダ。
主を無くした騎士団、国を追われた戦士団、支払いに応じてなんでもする傭兵団。無敵艦隊を誇るレキサンドル、魔導と戦士の強国シュロウ、騎士の国アーベルジュ、列強国に囲まれた彼の国は国を守る為にゴロツキ手前のそんな者達を受け入れてきた。故に他の列強国達は揶揄する様に彼の国をそう呼ぶ。
しかし、メリダも好んでその名を自ら名乗る時もあった。メリダのルールは実にシンプル。強き者が法律であり、玉座の人である。

「そんなに、バレンタインの至宝は美しいのか?」
「はい。陛下」
「どんぐらい?」

現在のメリダの玉座の人、つまりメリダ最強の男を見上げロベル・メイトゥーレは口の端を上げる。

「およそ、アンダルシア姫も敵いますまい」

アンダルシア姫とは当代一と言われているレキサンドルの姫君である。花祭の翌朝。早々に帰路に着くロベルとセシールを見送りに来たアルベルを見て、少なくともロベルはそう感じた。一夜を過ごしたからと云う理由だけではないだろう。それだけで胸を昂らせるほどロベルは初心ではない。そう、ロベルが見たアルベルの美しさは、例えるなら凛とした瞳が見つめる未来の美しさ。きっと、誓いを果たしてくれるだろう。そう思える程の確かな芯の強さ。

「ロベルにそこまで言わせるとは…。よし、良いことを思いついたぞ。ロベル・メイトゥーレ!急ぎアルベル・バレンタインの絵姿を手に入れて来い」

嫌な予感にその場にいた者達が、想像の中で頭を抱える。

「俺は、アルベル・バレンタイン以上に美しい姫君じゃなければ結婚はしない。そう流布しろ!」

王を諌めようとする者、慌てる者、呆れる者、だが、ロベルだけは悪戯者の笑みを更に深くする。これだから、この王に仕えるのは面白い…と。






花が舞う。風に揺れ踊る。

「美しい…」
「そうでしょう。アルベル様。ヴァイツァーシュタイン自慢の庭には100種類以上の薔薇の他にも数100種類の花々があり、この季節は一斉に咲きますから」

セリジア公爵が嫡男アラン・セリジアが得意そうな顔でバルコニーから庭を見渡すアルベルに並び答える。

「突然の訪城にお応え頂きありがとうございます。男爵殿」

アルベルは淑女らしく一歩下がり、スカートの裾をほんの少し持ち上げて礼をする。

「アランとお呼び下さい。その方が私も貴女をアルベルと気軽に呼びやすいです」
「わかりました。アラン」
「あからさまに鼻の下を伸ばしてんじゃねーよアラン」
「フレデリック様…」

邪魔者が来たという雰囲気を隠さないアランに苦笑しつつフレデリック・ヒューデレ伯爵もバルコニーに足を運んでくる。

「災難だったなアルベル」
「花祭以来だなフレデリック。伯爵の継承おめでとう」
「ありがとう。まあ、単なる通過儀礼だけどね」

そんなことはないとアルベルはフレデリックを称賛する。フレデリックが書いた論文がまたもや賢者の塔に収容され、その成果故の継承だと云うのは周知の事実だ。アランもこの度成人の暁にこのヴァイツァーシュタイン城とその領地を任され、男爵位を拝命した。それに引き換え、同じ歳の自分は…と項垂れたアルベルの心中を察したフレデリックはその肩を叩く。

「お前はこれからだろう?」
「ありがとう。フレデリック」
「良くはわかりませんが、アルベル様は産まれながらの美貌をお持ちではないですか!それも、メリダ王を狂わし、世界にその名を轟かす美貌なんて早々恵まれるものではありません。きっとアルベル様はこれから引く手あまたの選り取りみどり、我々ごときが持つ爵位なんて微々たるものでしょう。嗚呼、セリジア公領がもっと名高い家ならば堂々と婚姻を申し入れるのに!フレデリック様変わって下さい!」

普段は静かなタチなのだが、1度熱が入ると留まらなくなるアランの頭をフレデリックは小突く。

「悪いな。こいつなんも解ってないから」
「なにをするんです。フレデリック様」
「お前は余計なことゆーなよ」

やいのやいのと言い合いを始めた二人にアルベルは思わず吹き出す。

「本当に、仲が良いな。羨ましい…」
「では、貴女も友だちになりましょう」
「え?」

アルベルはキョトンと目を見開く。友人という立場のハイドンはいる。しかし彼とは飽くまで主人と臣下という前提があっての事だし、婚約者という間柄になってしまい、気軽に庭を駆け回る訳にはいかなくなった。そもそも、アルベルはバレンタイン公爵家の産まれ故、友人を自分で選べる自由はなかった。

「この城に滞在中は貴女はただのアルベル。フレデリック様も貴女も私も、家や身分を忘れましょう。せっかく、うるさい連中がいないんですから」

アルベルとフレデリックは顔を見合わす。

「こいつのこういう所が好きなんだ」
「なるほど」

そして、互いに笑い合う。

「なにか自分は可笑しな事を言いましたか?」

「いや。ありがとう。今日から私達は友人同士。上も下もない。よろしく、アラン」
「こちらこそ、アルベル」

手を取り合い握手を交わす二人から、フレデリックは開けられた部屋の扉へと視線を移す。

「いいよな。ローゼルト」
「…まあ、姉さんがそうすると言うのなら…」

アルベルや自分の荷ほどきなどの雑事を片付け終わって戻ってきたローゼルトは、ムスッとアランを見て渋々頷く。

「お前も、友だちな」

そして、にかりと笑うフレデリックを睨みため息を溢した。



メリダ王がアルベル・グラディオーレ・バレンタイン以上に美しい者でなければ結婚はおろか見合いもしないと臣下に命じたとの噂は、瞬く間に各国へと広まった。
そのアルベル・グラディオーレ・バレンタインが実はバレンタイン公爵家嫡男なのだと知っている者は限られている。アルベルを見た事がある夜会の主役を気取る者達はアルベルが如何に美しいかを自慢気に語った。誰もが未だ見た事ないアルベルの美貌を称えた。例え何気ない日常だろうとそれを歌にすれば吟遊詩人達は潤った。そんなアルベルを一目見ようと地位ある者達はバレンタイン城に詰め掛けた。派手好きのシュロウ王家は宴を開いてはアルベルを見せびらかした。どんな理由であれレキサンドルに勝ったのも嬉しかったのだろう。昨今のシュロウとレキサンドルは「太陽が沈んだ国と太陽が登る国」と比較されてしまっていた。だからこそシュロウ王家は殊更にアルベルを見せびらかす為の宴を開き、アンダルシア姫よりも美しいと歌った吟遊詩人には報奨を弾んだ。
「陛下、アルベルは貴方の人形ではありません」ダーリエの忠言は無視された。やがてアルベルへの求婚が各国から寄せられるようになった。最早収集がつかぬとダーリエは一計を案じた。まずアルベルに仮病で倒れさせ、療養が必要だと医師に診断させる。その療養先に選ばれたのがハイランドの片田舎に聳える、このヴァイツァーシュタイン城だった。



「久しぶりに静かな夜だ」
「姉さん。夜風に風邪を引いてしまいます」

居場所が気取られぬよう、ローゼルトとクリストフェルだけを連れて、ヴァイツァーシュタイン城の高貴な客人になった。まるで城落ちの様だとアルベルは呟く。

「そんなことない。そんなことはないよ、姉さん…」

アルベルに肩掛けをかけたローゼルトは、アルベルを後ろから抱き締める。

「ただ長い旅行なだけだ。俺は姉さんと二人で旅行出来るなんて嬉しいよ」
「ありがとう。ローゼルト」

ふと、アルベルの視線に手を振るアランが移る。アランは窓辺の人を忍んで見た騎士の真似事の如く、華麗な礼を施し去っていく。

「あいつ。姉さんになんて無礼な」
「良い奴だな。アラン・セリジアは…」

少し心が軽くなったとアルベルは微笑み立ち上がる。

「クリストフェル。程良い場所は見つけたか?」
「あちらの森ならば人気はないだろう。この辺りならば狼もいまい」
「よし。では、舞の鍛練に行こうか」

バレンタインの舞剣。それを極める事だけが今のアルベルが持てる希望であり確かなものだった。だから、この日課だけは何があっても欠かす訳にはいかない。



アルベルは知らない。
祖先アルウェル・ローズ・バレンタインも、その美しさ故に噂になりハイランドに落ち延びた事があると。ヴァイツァーシュタイン城。その城に100とある薔薇はその人の心を慰める為に贈られたものである。その人もまた森にて剣の修行に励んだ。誇り高い彼は美しいという称賛を揶揄と受け取り、その悔しさから筋力をつけられぬ境遇の身体でも負けぬ剣技を研究した。バレンタイン家に伝わるアスランの剣流を元に、少ない筋力でも効果的な攻撃になるよう改良を加えていった。そして、バレンタイン家の至宝『舞剣』へと昇華させていったのだ。

何も知らないアルベルは無心に剣を振るう。それでいい。クリストフェルはその様を見つめながら思う。迷い傷付く不遇の時があるからこそ、バレンタインの騎士達はより強く気高くなるのだと。



季節は春も終わりを迎える頃。
咲き誇った花々は美しく舞い、若々しい新緑の舞台へと移り変わる。



.

【エストラート・タイタニア】

【絶対であれ】





エストラート・タイタニアは1000機の艦隊に細かい指示を出す。時空戦艦で大軍を操るには、軍事指揮の才能よりも航海士としての才と計算力がものをいう。いかにタイタニア・オ・タイタニアとはいえ、この双方を備え大軍勢を1人で操れる者はそういない。だいたい、300を超えれば指揮官クラスが1人2人と増えて行くものである。

「右翼が少し船間が寄りすぎだな。各艦同士をもう50離させ、30ノットで航行する様に通達しろ」
「畏まりました」

それぞれの艦が発するレーダーで各艦の位置を捉え、念密な指示を出す。少しでもこれを間違えれば戦線が開かれた瞬間に大事故を起こし自滅してしまう。

「よし。美しい陣形になった」

エストラート・タイタニアは海図を暫く見つめてから、展望窓へと視界を移す。

「諸君。本日も美しき勝利をおさめよう」

各艦からの通信が繋がっている事を確認し、エストラート・タイタニアは左手を薙ぎ払う。

「さあ、戦いの幕をファンファーレで飾ろう!」
「ヤッラー!タイタニア・オ・タイタニア」

凛とした声音と共に開かれたこの戦いこそが、ブリュンヒルデ海戦である。





その戦には惹き付けられるものがある。だから、タイタニアの戦争は人々の注目を集めるのだ。
―――カサブランカ外交、メルス・ヴィットリア―――





まるで舞台演出の様な言葉が一斉照射の命だと手信号で読み取った(あるいは熟知している)各艦の艦長達の号令が、まるで輪唱の様に通信を通して聴こえる。次々と放たれる光の矢が敵艦隊を迎え撃つ。エストラートが率いる大艦隊の凄い所は、横一列に並んでいる訳では無いのに、砲撃が前方の味方艦船に当たる事がない。艦船どうしの船間を緻密に計算して、味方同士の事故が起こらないよう細部にまで注意が放たれてる。
星間では未知の敵、時空連邦の空域から訪れてティロン等の辺境地域を荒らして回っている海賊船団も予測以上の一斉砲撃に身動きが取れなくなっている。

「次は輪舞を舞おうか。陣形Bを展開させよう」

その一言だけで幕僚達も艦長達も次の陣形を取る事が出来る。実は、エストラートは積み重ねた戦歴から得た知識で何パターンも戦略を練り予め各艦に伝えてある。これが、エストラートの強みの一つだ。
エストラートの大艦隊が砲撃を続けながら海賊船団を追い込み、遂には円形に囲んでしまう。その状態でさらに砲撃が続くのだから、海賊船団もたまらないだろう。だが、さすが連邦軍の追撃を逃れ星間に辿り着いた海賊船団。円陣型を組んでいるエストラートの艦隊をさらに外から取り囲む。

「そうこなくてはね。命令する機会無く終わったんでは面白くない」

ここまで、エストラートは己の旗艦の自席から全く動いていない。なんなら、リラックスした姿で足を組み悠然と座っている。エストラートは戦局を預かるに際して常に心がけている事がある。どんな戦いでも余裕を持って勝ち、タイタニアの軍力を敵や他方に見せつけること。ギリギリで勝ったんではタイタニアらしくない。そんな勝ち方は雑軍でもできる。あくまで優雅に勝利してこそタイタニアの戦なのだ。だから、エストラートが優雅に振る舞うのもその為である。

「カサブランカのブルネージュを。今日は華やかな香りを楽しみたいな」

エストラートの艦隊をさらに外から囲んだ海賊船団が、今にも砲撃を開始しそうだというのに、エストラートは悠々と部下にワインを注がせる。さっぱりとした色合いの赤を、ゆっくりと一口喉に流し込む。

「悪くはないが残念だ。タイタニアを墜とすなら、囲んですぐ撃つべきだったな。まあ、それでも俺の指揮下じゃあ、10艦程度墜ちるかどうかだったろうが」

陣形も計算も全て頭の中。あくまで確認の為だけにエストラートは、リアルタイムに戦艦の位置が反映されるレーダー版を見る。

「全艦728下方へ、同時に予備軍100は予定通りの配置に付け。下方へ降りた艦は直ちに予備軍の後方にプランDの陣形を」

静かに下された命令が、幕僚から各艦長に、艦長から部下達に通達される。敵艦からのレーダー砲での集中砲火が始まる。だが、エストラートの艦隊は既にその的にはいない。一度放たれたら真っ直ぐ伸びるしかない敵レーダー砲は、さらに真ん中にいた味方艦を攻撃し同士討ち状態になる。

「大軍を扱うリスクを知らないのか?レーダー砲を選択するとは愚かな。俺ならまずあの陣形は敷かないが、敷いたとしても飛距離の短い魚雷で様子を見る」
「なるほど。勉強になります。エストラート公」
「味方を犠牲にしてでも我々を討つ策だったのやも」
「なら、時空を知らないのか?立体概念が無いのか…」
「上下左右前後全てを方位すべきでしたな」
「全くその通りだ」

幕僚達も各々ワイングラスを持ち始め、まるで戦争映画の品評会の様な会話に花を咲かせる。

「連邦軍の包囲網を突破した海賊というか、如何な奇策があるのかと期待したんだがな」

残念だよ。とエストラートは心底肩を竦める。

「結局は数だけでしたね」
「とはいえ、200の軍を叩くのに1000が出てきたらやむ無しなのでは?」
「それもそうか」

すっかり談笑と化している。無論、敵艦の数を承知の上でエストラートは1000基揃えてみせた。ひとつは先程言った通り、連邦軍の包囲網を突破した海賊を警戒して、もうひとつは、星間の海を荒らす愚か者をタイタニアがどう処分するのか見せしめるため。

「さて、カーテンコールだ。残念ながら結末が微妙だったから、せめてカーテンコールは華やかにいこう」

すでにエストラートの大艦隊は敵艦全てを、上下左右前後を取り囲む包囲網の中に置いている。まるで舞台指揮者がタクトを振るように、振り上げた左手を横に凪ぎ払う。「一斉征射!」各艦の艦長の短い命令が輪唱の様に部隊を彩る。エストラートの大艦隊の一斉征射は美しい。敢えて噴煙に色が混ざる魚雷や、カラフルなレーザーを使わせている。故にエストラートが出陣する際の中継は各都市市民の人気も高い。中継を観ている市民の歓声がエストラートにも聴こえる。

「1基でも残ればアンコールにもお答えしたいが………。無理かな?」

敵艦隊の旗艦を捕縛したとの通達がエストラートの耳に届く。

「さあ、各艦最後に派手なご挨拶をして閉幕としよう」

よしきた!とばかりに艦長達が色めき立つ。ここからは、艦長や部隊毎の特色が砲撃に出る。タイタニアの中でもエストラートのみが使う命令「閉幕=なんでもいいからかっこよく攻撃せよ」である。中には無駄な旋回をしながら魚雷を撃ったり、自慢気に最新式の散弾砲を放ったりする艦もある。これの評価によって、次にエストラートから呼ばれる艦長が決まるから、みな“本番”よりもやる気満々である。





―――タイタニアの勝利は絶対なんだ。故に、優雅に劇的に勝たなければならない。―――
タイタニア公爵:エストラート・タイタニア





全ては、ただ1人のタイタニア・オ・アジュマーン・オ・タイタニア(アジュマーンの血族の純血なるタイタニアの人)に勝利を捧げる為に。



タイタニア。
彼等が挑んでいるのは、絶対という強敵である。



END

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
皆様如何でしたでしょうか?
人物は緋龍の独断で選びました。シリーズにしたのはどうしてもエストラートさんを書きたかったからです!(きっぱり)

きっとタイタニアがアニメなら緋龍はエストラートが好きだと思うんだ。出来るへたれ万歳!

趣味にお付き合い頂きありがとうございました。

【ネフィルザード・タイタニア】

【勇敢であれ】





ネフィルザード・タイタニアは端整過ぎて堅苦しそうに見える顔の眉間を寄せる。

「どう好意的にとっても穏やかじゃない音だったな」

思いっきりバカンスを楽しんでいたのが解る稲妻柄の海パン姿で、部下に状況の確認を命じる。今日は、長期休暇前に自身の陣営の功労者数名を労う為にポポテル慰安船に訪れていた。

「ご報告。発言許可を願います」
「許す。…なんだったんだ?」
「それが。この船に保有国デイマールの官僚も訪れているらしく…」
「暗殺か?」
「いえ。クーデターです」

ネフィルザードは、やれやれといった空気を隠さずに肩を竦める。

「革命軍を名乗ってます」
「人数は?」
「確認出来た限りで50名強」
「多いな」

そう言って溜め息を吐き出し掛けた時である、何度かの銃声のあと、10名の武装者達が入ってくる。

「この施設は我々革命軍が制圧した!貴様らは大人しくこれから指示する場所へ行け!」
「ちょっと待ってくれ。このままか?せめて服だけでも取りに部屋に戻らせてくれ」
「ダメだ。指示する場所以外に行く事は許さない」

部屋に戻れば武器があったのだが仕方がない。ネフィルザードはビーチで各々楽しんでいた部下8名を目配せで集め、後ろ手の手信号で革命軍の指示に従うよう命じる。軽口を叩き合う事が出来るぐらいの旧知の部下である。ネフィルザードの考えを見通した部下達は、何も聞かず承知する。中には怯える一般人を演じる演技派までいた。





―――皆、彼等は特別だと話すが、彼等とて人の子なのだ。本来ならば違いなどある筈がない―――
エウリア前市長:アグリス・ロウレン





倉庫には続々と銃を突き付けられた観光客が連れられて来る。

「閣下。策は?」
「海パン1枚の姿であると思うか?」
「失礼。愚問だったな」

腹心の1人であるロウンに肩を竦めてみせた後、ネフィルザードは真剣な表情で部下達を見る。

「だが、ここで動かねばタイタニアではない」
「あんたのそういうとこ好きだぜ」
「各々。覚悟は?」
「無論。出来ているとも」

一番威勢のいいガウリアの言葉に、皆が頷く。頼もしい部下達へと頷き返して、ネフィルザードは右手を払う。素早く動いたのは一番若手のクランベール。演技派の彼は「腹が痛い!死にそうだ!」とけたたましく叫んでみせて、駆け寄って来た見張りの兵を背後から羽交い締める。

「失礼」

ネフィルザードが見張りの兵を昏倒させ、持っていたレーザーライフルを奪う。奪った動作のまま騒ぎに駆け寄ったもう1人の見張りを撃ち殺し、民間人へと向き直る。

「皆のもの!私はネフィルザード・タイタニア。革命軍の相手は我々が引き受けよう」
「かっこいいセリフだけど、稲妻海パンじゃキマらないな」

軽口を叩いたイルマーレに兵士2人の武装解除を命じて、さらにネフィルザードは告げる。

「ただ、一つ貴殿達の中で何名かに策を授けたい。勇気ある若い男子がいればここの護衛を任せたい」
「閣下。収穫は3つ」
「十分だ。我々は全員で革命軍の制圧に向かう。誰か名乗りを」
「制圧って。あんたがただけでその格好じゃ…」
「タイタニアに敗北の2文字はない。安心していい。此処にも誰も近付けない。だが、万全は喫しておきたい」
「俺やるよ」
「ありがとう。恩は必ず返す。名は?」
「レイス・パルーカ。それ持って立ってるだけで済むと信じてるぞ」

ネフィルザードは民間人にレーザーライフルを渡す。他2つの武器も名乗りを上げた者に渡し、倉庫の唯一の出入口の前に立つ。

「閣下。大丈夫だ。命令を受け取る準備は出来ている」
「こんな緊張、船の戦いじゃなかなか味わえないけど、悪く無いもんだよ」
「見透かされたな」

防具も武器も無い。銃弾一つで死ぬかもしれない。そんな状況で“命令する”という責任を背負うのが正直に言えば怖い。死ねと部下に命じるかのようで、普段の余裕ある時空戦と全く違う。

「あの…」

おずおずと掛けられた声にネフィルザードは振り返る。小さな少年がパーカーを抱えていた。

「父さんに持っていくとこだったんだ。あげるよ」
「君のお父さんは?」

少年は首を振る。

「必ず助ける。名は?」
「ルパート」
「ありがとうルパート」

ネフィルザードは少年から受け取ったパーカーを羽織り、その頭を撫でる。お陰で、心を決する事が出来た。

「ロウン部隊は部屋に戻り武器の調達を。我々は官僚殿を探して救出する。貴殿ら生きて勝利の美酒を戴こう!!」
「ヤッラー!タイタニア・オ・タイタニア!(意のままに!我等がタイタニアの中のタイタニアよ!)」
「パクス・ネフィルザード!出撃!………扉を開けろ!!」

ネフィルザードは左手を高く掲げ、そして剣の様に薙ぎ払う。部下達に客の何人かまで手伝って、体当たりで開けられた扉からネフィルザードは最初に飛び出す。すぐに扉の前の見張りを殴り倒しレーザーライフルを奪うと撃ち殺す。部下達に扉を閉めさせると、打ち合わせ通り観光客達が倉庫の荷物でバリケードを作り出す。

「まずは此処の突破だな」
「武器を奪いながら戦闘したなんて、覇王閣下が知ったら何を言われますかね?」
「どうせ中継なんてない。好きに暴れろ」
「お、なら…」

ガウリアが先頭に立つ。

「一番槍ガウリア!お相手つかまつる!」
「槍持ってないし」
「やっかましいわ!!」

騒ぎを聴き付け駆け付けて来た兵士達へと、咆哮を上げながら銃光の中突進する。

「かっこいいな。自分もやろうか。ネフィルザード男爵が腹心、ロウン!参る!!」
「部下には負けられないな。ネフィルザード・タイタニア!この首金になるぞ!!」

倉庫の中の民間人達は、訓練に訓練を重ねた彼等の圧倒的強さと、丸腰で敵に向かう勇敢さに深く深く感謝した。無謀にも思えたこの戦いは、件の官僚含め民間人には1人も怪我人無く、タイタニア含め死者も無くネフィルザードの勝利となった。





―――勇敢と無謀は紙一重である。だが、無謀を勇敢に出来るからこそタイタニアなのである―――
レグナルト・タイタニア





ネフィルザードはこの戦いの功績を認められ男爵から瞬く間に侯爵へと昇りつめた。『雷神侯ネフィルザード』その名は、今でも語り継がれている。



END

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はい。海パン侯ネフィルザードさんでした。ロウンさん素敵です。ちなみに、タイタニア・オ・タイタニアは生まれながらのタイタニアにしか使わない敬称みたいなやつらしいです。(途中でタイタニア姓を与えられた人は名乗れない)

【セティア・タイタニア】

【気高くあれ!】





セティア・タイタニア。
その戦歴の初戦を飾るのは、タイタニアでも類を見ない珍しいもの。それは、誰もが絶望した敵だった。巨大な隕石は真っ直ぐエウリアに向かっていた。破壊力自慢のワイゲルト砲でも撃ち砕くのは不可能と算出され、救援の要請を受けたタイタニアも市民の避難しか受けられないと難色を示した。そんな中、覇王アジュマーンに直談判し、隕石との戦いに挑んだのは齢14歳のセティアだった。

「人の命を如何に救おうが、故郷を失っては意味が無いのだ」

これが、直談判した時のセティアの言葉だった。辛うじて自身の手勢だけでの出撃を許されたセティアが浮かべていたのは、絶対の自信。隕石との無謀な戦いに面白いと乗じた男達がいた。アドルフ・タイタニアとエストラート・タイタニアだった。この二人にセティアが命じたのは、15歳の誕生日に向け製造が進んでいた自身の未来の旗艦を撃ち落として欲しいというもの。

斯くして、セティアの旗艦ルーディリオンはワイゲルト砲を10個も乗せて、それ自身が巨大な砲弾になって隕石に追突した。それは、まるで紅蓮の矢が悪魔を滅ぼすかの様に見えたという。策が決してから決行までの3日間、念入りに脱出シュミレーションだけを行っていたセティアの手勢は、誰一人欠ける事無く、アドルフの旗艦アウローラに避難した。粉砕した後、四方に散った隕石の欠片は、エストラートの軍勢と、途中無償で戦列に加わると名乗りを上げたイドリスによってその殆どが空中爆破された。

「見よ!タイタニアは神が施した運命すらも凌駕する!!」

アウローラから宣言したセティアの言葉に、エウリア市民だけではなく多くの都市星権が喝采を贈った。『紅蓮の矢』セティアに与えられた二つ名と共にタイタニアを英雄視する者が増えたのもこの頃からである。





―――無茶も無謀も今や実現出来るのはタイタニアぐらいだ。故に恐ろしいのだよ―――
タイタニア研究家:エリス・ツッカート





だが、セティアは初陣にして余りにも名を売り過ぎた。婦女子が溜め息を溢したくなる美貌も相まって煙たがる者がタイタニア内に続出した。タイタニア外への名声が高まれば高まる程、内に敵を作ってしまったのだ。



「まさか、我等が紅蓮の矢セティア様が女だったとはなぁ」
「くっ…離せ下郎がっ…」
「女は将になれないっていうタイタニアのルール知らないのかよ?」
「英雄様は覇王すらも騙す狼藉者だったわけだ」
「戯れ言をっ」
「状況解ってるセティアちゃん?女は大人しく男を満足させてるべきだって、今からお兄さん達が教えてやるよ」
「は、知りたくもない。そんな下衆の考え」

彼等が言う事の半分は事実だった。女は将になれない。大人しく着飾り男を立てるべき。これが今のタイタニアだ。故にセティアは男子が産まれなかった両親のため、男として生きる事を決めた。

「どんなに武装したって女なんだ。男の味を知ったらきっと柔順になるさ。そしたら、この俺様が囲ってやってもいいぜ」
「存外もう知ってるかもしれないぜ。覇王閣下にココで取り入っているのかも知れない」
「大人しくしてな。俺達の下でこれからも可愛くしてりゃ、女な事を黙っていてやる」

男達は言ってはいけない言葉を吐き出した。今まで穏便に済ます事を考えていたセティアは、懐からナイフを出し男達の喉元を躊躇いもなく切り、全員絶命させた。

「黙っていてやる?そんなもの、貴様らの口を塞げば済む事だ」

血飛沫に真紅の軍服が深紅に染まるのを意にも介さずセティアは、立ち上がる。

「思い上がるな下郎共。このセティア・タイタニアが吠えるだけの犬に屈するとでも?せっかく殺さずにやり過ごそうと思考を巡らせてやっていたのに、覇王すらも侮辱する貴様ら等生きる価値もない」

その血にまみれたナイフなど汚いとばかりに放り投げたセティアは、踵を返し茂みの人へと声をかける。

「助けていただいても良かったのでは?アドルフ卿」
「本気でやばくなったらそうしようと思ったけど、いらなかったでしょ」

アドルフは肩を竦めてセティアの髪に手を伸ばす。

「美しい金髪にまで血が散ってる」
「後で洗うからいい」
「そう言わない」

アドルフは指を鳴らして駆け付けた部下達に“ゴミ”の始末を命じてセティアを自室へと招く。

「身を清めておいで」
「では、好意に甘えよう」

セティアはタイタニア内に敵を多く作ったが、狂信者も作った。覇王三男にして赤の四公爵であるアドルフも狂信者の一人だ。

「腐っているな」

湯上がりで自身が用意した衣類に身を包んでいるセティアの腰に回そうとしてしまった腕を、セティアの言葉が留める。14歳の娘が、4人の男から性の脅威に晒されて大丈夫な訳がない。入浴時間がそれを物語っていたが、セティアは毅然と男になろうとしたアドルフをそれと知って抑え、窓辺に寄る。

「時にアドルフ卿。この庭に雑草が生い茂ったら如何にする?」
「そりゃあ、刈るでしょ。じゃないと育てたい花が育たなくなってしまう」

愚かな欲望に支配されそうになった己を叱咤してアドルフはセティアに並び庭園を眺める。

「タイタニアもそういう時に来たのかもしれない」
「雑草が増えたってこと?」
「歴代の獅子達の働きはタイタニアを盤石のものとした。10万騎もの軍艦を操れるだけの一大勢力を築く程に」

セティアの瞳は決意を滲ませ、庭園の先を眺めていた。

「肥沃な大地には雑草も良く育つ。だが、大輪を維持するには残念ながら雑草を刈らねばならない」

君のその決意の先には、きっと君の敵を沢山作るよ。今以上に危険に晒される。その言葉は飲み込むしかなかった。セティア自身が解った上で口にしていたから。

「腐った雑草はやがて大地を毒してしまう。腐葉土になる雑草ならばいいが、大地を汚す雑草を見過ごす訳にはいかない」
「成る程ね。確かに、雑草を放置した結果毒に犯され滅んだ世界の歴史も沢山ある」
「私は雑草を刈ろうと思う。傍若無人のタイタニアの時代は終わった。これからは、人々を導ける存在でなければ、タイタニアは腐ってしまう」
「セティアがやるなら、協力者として適任がいるよ」

決意を口にしてしまったセティアに、アドルフはセティアを守れるだけの力を持つ者を紹介するしかなかった。

「射撃すらまともに出来ない自分じゃあ、きっと足手まといになってしまうからね」

これが、後の後悔になってしまうとしても。紅蓮の矢がより一層の輝きを持って歴史に刻まれるのならば。アドルフはこの時一番己の性分を呪った。

そしてセティアは時代を駆け抜けた。困る者達の声に耳を傾け、それがタイタニアの狼藉によるものだと聞けば、容赦なくそれを罰した。セティアに反感を持った身内の雑草達はセティアが落とせぬ者ならと、セティアの身内を堕とした。噂は覇王の耳にまで届き、遂には捨ておけないまでになってしまった。

「葬儀は行うな」

覇王の命が初めて無視された。セティアの夫となったアリアバードはその死後1年後に「偲ぶ会」と証した葬儀を執り行った。その「偲ぶ会」に集った人数は歴代の覇王全てを凌駕した。その殆どはエウリア市民だったという。





―――正しく、気高くあれ。それが、英雄への最もたる近道だと心得よ―――
セティア・タイタニア



END

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みんな大好きセティアさん。
なんていうか、もう。隕石に勝つとかかっこよすぎです。