【勇敢であれ】





ネフィルザード・タイタニアは端整過ぎて堅苦しそうに見える顔の眉間を寄せる。

「どう好意的にとっても穏やかじゃない音だったな」

思いっきりバカンスを楽しんでいたのが解る稲妻柄の海パン姿で、部下に状況の確認を命じる。今日は、長期休暇前に自身の陣営の功労者数名を労う為にポポテル慰安船に訪れていた。

「ご報告。発言許可を願います」
「許す。…なんだったんだ?」
「それが。この船に保有国デイマールの官僚も訪れているらしく…」
「暗殺か?」
「いえ。クーデターです」

ネフィルザードは、やれやれといった空気を隠さずに肩を竦める。

「革命軍を名乗ってます」
「人数は?」
「確認出来た限りで50名強」
「多いな」

そう言って溜め息を吐き出し掛けた時である、何度かの銃声のあと、10名の武装者達が入ってくる。

「この施設は我々革命軍が制圧した!貴様らは大人しくこれから指示する場所へ行け!」
「ちょっと待ってくれ。このままか?せめて服だけでも取りに部屋に戻らせてくれ」
「ダメだ。指示する場所以外に行く事は許さない」

部屋に戻れば武器があったのだが仕方がない。ネフィルザードはビーチで各々楽しんでいた部下8名を目配せで集め、後ろ手の手信号で革命軍の指示に従うよう命じる。軽口を叩き合う事が出来るぐらいの旧知の部下である。ネフィルザードの考えを見通した部下達は、何も聞かず承知する。中には怯える一般人を演じる演技派までいた。





―――皆、彼等は特別だと話すが、彼等とて人の子なのだ。本来ならば違いなどある筈がない―――
エウリア前市長:アグリス・ロウレン





倉庫には続々と銃を突き付けられた観光客が連れられて来る。

「閣下。策は?」
「海パン1枚の姿であると思うか?」
「失礼。愚問だったな」

腹心の1人であるロウンに肩を竦めてみせた後、ネフィルザードは真剣な表情で部下達を見る。

「だが、ここで動かねばタイタニアではない」
「あんたのそういうとこ好きだぜ」
「各々。覚悟は?」
「無論。出来ているとも」

一番威勢のいいガウリアの言葉に、皆が頷く。頼もしい部下達へと頷き返して、ネフィルザードは右手を払う。素早く動いたのは一番若手のクランベール。演技派の彼は「腹が痛い!死にそうだ!」とけたたましく叫んでみせて、駆け寄って来た見張りの兵を背後から羽交い締める。

「失礼」

ネフィルザードが見張りの兵を昏倒させ、持っていたレーザーライフルを奪う。奪った動作のまま騒ぎに駆け寄ったもう1人の見張りを撃ち殺し、民間人へと向き直る。

「皆のもの!私はネフィルザード・タイタニア。革命軍の相手は我々が引き受けよう」
「かっこいいセリフだけど、稲妻海パンじゃキマらないな」

軽口を叩いたイルマーレに兵士2人の武装解除を命じて、さらにネフィルザードは告げる。

「ただ、一つ貴殿達の中で何名かに策を授けたい。勇気ある若い男子がいればここの護衛を任せたい」
「閣下。収穫は3つ」
「十分だ。我々は全員で革命軍の制圧に向かう。誰か名乗りを」
「制圧って。あんたがただけでその格好じゃ…」
「タイタニアに敗北の2文字はない。安心していい。此処にも誰も近付けない。だが、万全は喫しておきたい」
「俺やるよ」
「ありがとう。恩は必ず返す。名は?」
「レイス・パルーカ。それ持って立ってるだけで済むと信じてるぞ」

ネフィルザードは民間人にレーザーライフルを渡す。他2つの武器も名乗りを上げた者に渡し、倉庫の唯一の出入口の前に立つ。

「閣下。大丈夫だ。命令を受け取る準備は出来ている」
「こんな緊張、船の戦いじゃなかなか味わえないけど、悪く無いもんだよ」
「見透かされたな」

防具も武器も無い。銃弾一つで死ぬかもしれない。そんな状況で“命令する”という責任を背負うのが正直に言えば怖い。死ねと部下に命じるかのようで、普段の余裕ある時空戦と全く違う。

「あの…」

おずおずと掛けられた声にネフィルザードは振り返る。小さな少年がパーカーを抱えていた。

「父さんに持っていくとこだったんだ。あげるよ」
「君のお父さんは?」

少年は首を振る。

「必ず助ける。名は?」
「ルパート」
「ありがとうルパート」

ネフィルザードは少年から受け取ったパーカーを羽織り、その頭を撫でる。お陰で、心を決する事が出来た。

「ロウン部隊は部屋に戻り武器の調達を。我々は官僚殿を探して救出する。貴殿ら生きて勝利の美酒を戴こう!!」
「ヤッラー!タイタニア・オ・タイタニア!(意のままに!我等がタイタニアの中のタイタニアよ!)」
「パクス・ネフィルザード!出撃!………扉を開けろ!!」

ネフィルザードは左手を高く掲げ、そして剣の様に薙ぎ払う。部下達に客の何人かまで手伝って、体当たりで開けられた扉からネフィルザードは最初に飛び出す。すぐに扉の前の見張りを殴り倒しレーザーライフルを奪うと撃ち殺す。部下達に扉を閉めさせると、打ち合わせ通り観光客達が倉庫の荷物でバリケードを作り出す。

「まずは此処の突破だな」
「武器を奪いながら戦闘したなんて、覇王閣下が知ったら何を言われますかね?」
「どうせ中継なんてない。好きに暴れろ」
「お、なら…」

ガウリアが先頭に立つ。

「一番槍ガウリア!お相手つかまつる!」
「槍持ってないし」
「やっかましいわ!!」

騒ぎを聴き付け駆け付けて来た兵士達へと、咆哮を上げながら銃光の中突進する。

「かっこいいな。自分もやろうか。ネフィルザード男爵が腹心、ロウン!参る!!」
「部下には負けられないな。ネフィルザード・タイタニア!この首金になるぞ!!」

倉庫の中の民間人達は、訓練に訓練を重ねた彼等の圧倒的強さと、丸腰で敵に向かう勇敢さに深く深く感謝した。無謀にも思えたこの戦いは、件の官僚含め民間人には1人も怪我人無く、タイタニア含め死者も無くネフィルザードの勝利となった。





―――勇敢と無謀は紙一重である。だが、無謀を勇敢に出来るからこそタイタニアなのである―――
レグナルト・タイタニア





ネフィルザードはこの戦いの功績を認められ男爵から瞬く間に侯爵へと昇りつめた。『雷神侯ネフィルザード』その名は、今でも語り継がれている。



END

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はい。海パン侯ネフィルザードさんでした。ロウンさん素敵です。ちなみに、タイタニア・オ・タイタニアは生まれながらのタイタニアにしか使わない敬称みたいなやつらしいです。(途中でタイタニア姓を与えられた人は名乗れない)