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欲望の螺旋1

【勇者ノ帰還】



それは、ただの幻だったのだろうかーーー



強大な力を誇っていた国王が崩御した。
国王の嫡子は4人。覇権争いでもあったのか、国には暫く国王不在の時が続いた。
国王がいない国は荒れ、地方では市街地にまで魔物が入り込む始末。

そこで、対応に困り果てた第一王子は勇者を募った。

「魔物の力の源。西の果てのドラゴンを倒し、それが守護する魔石を破壊した者に、思うままの褒美を取らせよう!」

多くの者が勇者を名乗り、西の果ての目指しては死んでいった。魔物に喰われた者、道中の厳しさに命を落とした者、ドラゴンに力及ばず絶命した者。

だが、千秋の5年後、遂にドラゴンを倒した者が現れた。
今日この日、誇らしげな顔で凱旋を果たした勇者はすぐさま王宮へと召還された。



「一人で大丈夫か?フィリップ」
「大丈夫だ。アッシム。すまぬがここで待っていてくれ」
「ああ」

勇者フィリップから轡の紐を委ねられたアッシムは微笑みを向ける。

「お前の望みが叶う事を祈っている」
「ありがとう。アッシム。お前は永遠に俺の友人だ」

フィリップは踵を返す。
アッシムはそんなフィリップの去りゆく後ろ姿を見つめる。まるでその姿を焼き付けんとする眼差しを、もしフィリップが振り返ってみていたのならば、或いは運命は変わっていたのかもしれない。



今日の斜陽はやけに眩しかった。



「フィリップです。只今参上致しました」

広大にして壮大な城内を案内され謁見の間に入場したフィリップは、玉座の人の尊顔を拝むのも無礼と思い、即座に膝を降り頭を垂れる。

「よく帰還せしめた。貴殿が名乗りを上げ、約束の旅銀を渡した時ぶりか。面を上げよ」
「はっ」

フィリップは顔を上げる。
玉座に座るは国王ではない。崩御した国王に変わり執政を取っている第一王子だ。

「改めて名乗ろう。我はジェラントゥーレ王国第一王子・ラシャードだ。控えるは我が弟達、第二王子・サルジュ、第三王子・フランソワ、第四王子・ナーユエとなる」

黄金の髪を伸ばし威風堂々たるラシャード。
精悍な顔立ちに鋭い双眸のサルジュ。
秀麗で気品に満ちたフランソワ。
大きな瞳に幼さを残すナーユエ。

似ても似つかぬ4兄弟は皆腹が違うというのは、国民に知れ渡ること。しかし、ここまで似てないのも珍しい。

「旅立ちの日にも聞いたが、望みは変わっておらぬのか?」
「はっ。王国唯一の至玉、ナターシャ姫との結婚をお認めください」
「なぜ、ナターシャとの婚姻を望む?玉座が欲しいか?」

重厚な声と値踏みする様な眼差しが、玉座から注がれる。不意に失笑する微かな音が聴こえたが、ここで臆しては苦難を乗り越えた意味がない。

「いえ。玉座はいりません。ですが、王族入りをし、この国を正しい路に導く助力をしたい。失礼ながら、先の王の御代で、民の税は重くなり国はかつての豊かさを失ったかに思えます。ですから…」
「無礼な。我等が父上が失政を行ったと?」
「口を挟むなフランソワ」
「いいえ。兄さん。貴方の政策も不足と言ったも同然です!」
「サルジュ。口を慎め。勇敢なる勇者の前だぞ。弟達の軽口を変わって詫びよう」
「いえ。勿体なく存じます」
「それで?理由はそれだけか?」
「あ…その…あとは…ナターシャ姫は大変美しいので…」

次は失笑ではなく明らかな嘲笑が耳に届く。

「フィリップよ。もう夕暮れ、晩餐に出席し今宵はこの城で休むといい。ナターシャも必ずその晩餐に出席させよう」
「ありがとうございます。慎んでお受けします」

フィリップは深々と頭を垂れ、謁見の間を辞す。案内の者に悟られないよう溜め息を溢し、赤い絨毯が足音を全て隠してしまう廊下を歩く。途中、窓から外を見れば、もう太陽は見えない所にあり、ただ街と空を隔てる様に赤い境界線が細々と伸びていた。群青の空に昇るは僅かに欠けた月。何故だろうか?これから細く成り行く月を見たせいか、不意に心細さが去来する。

「あの、アッシム。俺と一緒に来た友は?」
「既に勇者様が泊まる旨は伝えています。そうしたら付近に宿を取ると」
「そうか。なら安心した。やはり、晩餐に誘う訳にはいかないだろうか?」
「招かれているのは勇者様だけです。さあ、こちらが勇者様の部屋となります。用意させて頂いたお召し物に着替え終わったら、改めてご案内します」
「そうか。ありがとう」

招けないのは残念だが仕方ない。後で少し食料を分けて貰えないか聞いてみよう。そう思い直し、扉を開けてフィリップは驚く。

「これ…」
「ああ。部屋の調度品が婦人物なのはお気になさらないで下さい。他に客間に空きが御座いません故」
「あ、なるほど」
「勇者様」

納得して部屋に入ろうとした瞬間、案内役の騎士に呼び止められる。

「逃げられるなら、逃げた方がよろしい」
「え?」

その声がよく聞こえず聞き返す。

「いえ。…私はネフィルザード。何か御座いましたら、お声掛け下さい」
「ありがとう」

扉が閉じられる。
ナターシャ姫にもうすぐお会い出来る。その想いだけに囚われていたフィリップは急いで着替えを済ます。だから、この部屋の異変に、窓に鉄格子が嵌められている事など気付きもしなかった。





「フィリップ様ですか?」

立食形式の晩餐の席に急いで向かったフィリップだったが、ナターシャ姫がまだ支度中と聞いて落胆していた。華やかな場所が苦手なフィリップは、姫が来るまでこっそりしていようとバルコニーに出る。
涼やかな声がフィリップの名を呼んだのはそんな矢先だった。

「ナターシャ姫」

ああ、紛れもなく。
遠目で御披露目を眺めたあの時の姿のまま、時を止めた様に美しい姫がそこにいた。
その後ろの扉は閉じられている。

「あれ?」
「驚かれました?支度が遅れたと嘘をついてお待たせしたのも、あの扉も、お兄様達の演出ですわ。私達を二人切りにするために」
「あ、ああ。なるほど」
「せっかくならゆっくりお話ししたいですから」

ナターシャ姫がフィリップを見てにこりと笑う。

「お隣に立ってもよろしいですか?」
「も、もちろん」

夜風がふうわりと姫の髪をさらう。
それだけの事なのに姫の神秘的な美しさが際立つ。

「西の果てまで行き、ドラゴンを倒されるなんて勇敢な方なんですね」
「そんなことは…」
「兄様達も喜んでおりましたわ。これで、あとは国の兵だけでなんとか出来ると」
「自分の願いはこの国の平和ですから」

姫がこちらを見る。
気恥ずかしさにフィリップは前を見る。

「フィリップ様。持ってきたお飲み物を渡すのを忘れてましたわ」

金で出来た豪華なカップを姫が差し出す。

「ありがとうございます」

見たこともない贅沢なカップをフィリップは恐々受け取る。

「フィリップ様は国のため、私と結婚したいとか…」
「あ、いえ。それだけではなく自分は…」
「私、婚約してるんです」
「え?…あ、えっと、そう、ですよね」

突き付けられた現実にフィリップは項垂れる。しかし、ナターシャ姫はフィリップに半歩分近付くと鈴が鳴るような声で紡ぐ。

「ですが、フィリップ様と一緒になりたいですわ」

カーっと全身の血流が一気に回るのが手に取るようにわかった。フィリップは荒くなりそうな息を整えるため、黄金のカップの中身を一気に煽る。濃厚なワインの様な味を嚥下する。

「あ…れ…」
「フィリップ様、ぜひとも末永くここにいて下さいね」

酔ったのだろうか?視界がぐらつく。
意識を手放す前にみたナターシャ姫の微笑みは、天女のごとき美しさだった。




「ねぇ、兄さん。まだ起きないよ」
「全く寝坊助ですね」
「分量間違えてるんじゃないのか?フランソワ」
「まさか。私がそんな下らないミスをするとでも?」
「急くな。直に目覚める」

声が木霊の様に聴こえる。頭に響きガンガンと痛む。

「ほら。目覚めただろう?」
「全く早く起きなさい。貴方のせいであらぬ嫌疑をかけられたのですよ私は」
「ここは…俺…」

なんだ、声が変だ。
妙にキンキンと頭に響く。

「目覚めたか、勇者よ」
「あ…の…」

見渡せば先程案内された部屋だった。

「なあなあ、姫には会えた?」

第四王子のナーユエが楽しそうに訪ねてくる。

「は、はい。お計らいありがとうございます。ですが、酔ってしまったらしく醜態を晒して申し訳ありません」
「ああ、それは毒薬のせいだ」
「はっ…はい?」

しれっと言う第二王子のサルジュの言葉に目を丸くする。

「私が作った毒です。効果は抜群な様ですね。まさに美しき勇者姫の出来上がりです」
「まあ、今回は認めてやるよフランソワ。喰うのが楽しみだ」
「あ…の…どういう?」
「自分の胸に聞いてみたらどうだ?」

悠然とソファーに座る第一王子のラシャードに促される様に胸元に手を当てる。

「なっ…!」
「姫は残念ながら貴様にやることは出来ない。彼女は我が国唯一の至宝。だが、王家に入りたければ迎え入れてやろう」
「いったい、これは…」

裸の胸元には男にはあり得ない、豊かな膨らみ。咄嗟にそれをシーツで隠し、恐る恐る下腹部に触れ、フィリップは絶望した。

「これからはフィリーナと名乗り、毎夜我々に奉仕するがよい。一年以内に見事、誰かの子を身籠れば、約束通り王家入りだ。だが、孕めなかった時は死刑に処す」
「なっ!そんなの横暴だ!」
「横暴?可愛い妹に破廉恥な目を向けた報いだ」

ラシャードが立ち上がりベッドに乗り上げる。フィリップ、否、フィリーナの顎が持ち上げられる。

「なかなか美しく変じたじゃないか。これならば楽しめそうだ」

綺麗な王家の兄弟だと思っていた。ラシャード王子は聡明と名高く、きっと国は良くなるのだと。

「ああ。そうだ勇者様。良くも僕の可愛い子達を殺しまくってくれたね。あのドラゴンなんか最高傑作だったのに」

歌うようにフランソワが言う。
いったい彼は何を言っているんだ。

「魔物は、貴方の仕業と」
「フィリーナよ。国を導く方法を知っているか?先王の課した重税で民の心は王家から離れた。だから先王の崩御と同時に魔物を放った。不安な最中だ。共通の敵がいれば皆内政に目は向けないだろう?」
「そんな…」

怒りに手が震える。

「そんなことの為に何百人が死んだと…」
「民は国の贄だ。勇者よ。貴方が現れた事で民は今希望を取り戻しただろう。これで執政がしやすくなるというもの」
「なんて、酷い…」

怒りに震える身体がベッドに横たえられる。

「なにを!?」
「だから言ったろう?これから毎夜我等の伽の相手をせよ。そして子を孕め」
「そんな身勝手な要求飲めると思ってるのか!今すぐ戻せ!そして、俺を帰せ!」

フィリーナは渾身の力で暴れる。しかし、女の細腕では馬乗りになった男に敵わない。

「くそっ」
「フィリーナ。そういえば、貴様の旅の仲間は息災か?」

フィリーナな暴れるのを止める。

「…卑怯な」
「痛くもない罵倒だ。さあ、最初は誰がいい?」
「誰でもいい」
「選べぬのなら全員で可愛がろうか?」
「…ならお前からで」

せめてもの抵抗に顔を横に向ける。

「結局、ラシャードが美味しいとこどりか」
「つまらないですね」
「でも、バージンは孕みにくいっていうぜ」
「早く部屋を出ろ」
「はいよ」
「はいはい」
「失礼致します。兄さん」

ラシャードがキスをしようと顎に手をかける。しかし、死んでもされてやるかと顔を横向けたまま耐える。

「強情だな。諦めろ勇者。運命は受け入れた方が楽だぞ」

ラシャードの吐息が肌を滑る。
おぞましい。自分の不甲斐無さに涙すら溢れる。しかし、女にされた身体は香油の力も借りて、易々とラシャードを受け入れてしまう。
声だけはと口を必死に閉ざすが、男の味を覚えた身体が快楽を追い始めてしまう。

「強情なのも悪くはない。身体が意思に反する様もまた…」

ラシャードが果てる頃には、悔しさと甘い痺れに精神がどうにかなってしまいそうだった。



翌朝、倦怠感の中で目覚めた。
ラシャードは自室に戻ったのかいない。
鉄格子付きの小窓から朝日を見て感じたのは、言い知れぬ絶望だった。


END
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