【甘美な想い出】




カクテルに物語は欠かせない。時に甘く時に苦いカクテルひとつひとつに意味があるように。

さあ、今宵も物語を語りましょう。




クルボアジェVSOPルージュとフレッシュレモンジュースに砂糖をシェイクして、サワーグラスに注ぐ。君がいつもbarで頼むブランデー・サワーの意味を知りたくてカクテルを勉強した。「せっかく勉強したんなら店持ってみなよ。みんなの溜まり場にしようぜ」君が提案したからバーテンダーになってお金を貯めて店を開いた。
本来は1tspの砂糖を2tspにして、レモンやライムの代わりにチェリーを飾るのが君のお気に入りレシピ。俺だけが作れる君だけのブランデー・サワー。

いったい君は誰との『甘美な想い出』を回想しながら飲んでいるのだろうか?




「あれ?みんなは?」
「とっくに帰ったぞ」

酔いから目覚めた君は寝惚けた顔で周りを見回し、壁掛けの時計を見る。

「うわお。午前3時?」
「そろそろ店閉まいだよお客さん」
「悪いねマスター」

互いにとっくに閉店している事を知ってるから、冗談っぽく笑い合う。

「目覚めになんか飲むか?」
「ブランデー・サワー」
「了解」

君の視線がシェイカーを握る手に集中しているのを感じる。慣れてはいるが、妙な緊張感が走る。

「この季節になると必ず酔い潰れるまで飲むな」
「そう?」
「ずっと気になってた。何かあるのか?」

コースターを差し出しながら君を見れば探る様な視線とぶつかる。

「マスター。客にそういう事を聞くのはタブーですよ」
「友人として聞いている」

コースターの上にサワーグラスを乗せる。君の切れ長の瞳はまだ俺に注がれたまま。

「神近ってさ俺の事好きだろう」
「そうだな。好きだよ」

君なりの「答えたくない」という返事なのは理解出来た。つまり、今君の心の支配者である安藤では無いことは確かだろう。それにしては、随分と攻撃的な返しだ。そんなにも触れられたく無いのだろうか?

「はは。ちょ、神近。慌てるか照れるかしてよ。俺が辛い」

昔から逃げるのが得意な君が、冗談にしたいと言外に伝えて笑う。だが、今日はその手に乗りたくないと魔が刺してしまう。

「護が言う通り大学生の時から君が好きだよ。知ってただろう?」

君の唇がグラスから離れてこちらを見る。
相手が安藤ならばそれでいい。彼も友人だから静かに見守ろう。だが、それ以外の人間ならば許さない。

「ブランデー・サワーのもう一つの意味を知らない護じゃないよな」
「マジで言ってる?」
「こういう冗談を言える程の器量は持ち合わせていない」

君の指が汗ばむサワーグラスの曲線をなぞる。いつもなら飲み干して、上手く混ぜっ返して、なかったことにするだろう。だが、珍しく迷いを見せてる。それだけ、ブランデー・サワーの相手は君の心を蝕んでいるというのだろうか?ならば、今後永遠に恋人になるチャンスを失っても構わない。

「君の答えに委ねよう。全ては護が望むままに」

俺はいつだってそうしてきた。
そうだろう?我が愛しのアウローラ。

「神近さ、損な性格だな」

黄金の液体が君の喉に流し込まれる。俺の視線が君の指に集中しているのが解っていて、君はチェリーが刺さったピンを弄ぶ。君の口内に甘酸っぱいチェリーが導かれる。



『甘美に酔わせて』



初めて会ってから数十年。始まりは一目惚れだったから君に恋して数十年。君が攻め立てる様にされるのが好きだと初めて知った。

「解ってはいたけど初めてじゃないんだな」
「ショック?」
「いや。手間が無くて助かる」

後ろから挿入されるのをやたら嫌がる事も。

「神近も男を抱くの慣れてるね」
「この歳だからな」

騎乗位をしたがる所は常に余裕を保っていたがる護らしい。

「なあ、神近…」
「なんだ、護?」
「気持ち良くて、マジで酔いそう」

どうしてこんなズルい男に恋をしてしまったんだろう?愛の言葉を禁じた癖に、君は巧みに俺の心を手に入れ続ける。

「酔ってしまいなさい。今だけは」

そうして、ブランデー・サワーを飲みながら見知らぬ人を想い浮かべるのはやめて、俺を浮かべる様になればいい。それだけで、俺はシェリーの人になれた程の幸福を手にいれられるから。

(愛してるよ。護)

何度目かの君の絶頂を感じながら、心の中だけで囁く。

「ありがとう。神近」
「どういたしまして」

一度も甘く鳴かなかった君の足を持ち上げて爪先にキスをする。セックス・フレンドと言う名の奴隷になった証を唇に乗せて。




「神近。次はブランデー・サワーね」
「わかった」

誘いは必ず君から。自分からは決して仕掛けない。君が欲しい時だけ、夜の秘密を提供する。

「これでラストか?」
「ああ。だいぶ酔いが回ったらしい」
「安良城が珍しい」

君の隣に座る安藤にほんの少しの優越感を覚える。君の視線が安藤に注がれる。その甘さに気付かない安藤にはただのブランデーを置く。barアウローラの常連に向けた『帰れ』の合図だ。

「なんだ。今日は店閉まいか」
「って安藤、もう3時になるぜ」
「なあ、神近。ちょっと奥で休んでから帰っていい?」
「構わないぞ安良城」
「いっつも、安良城ばっかずるくない?」
「以前部屋をゲロまみれにしたのは誰だ樹神。そんな奴はダメだ」

君が空になったグラスの中でチェリーを弄んでいる。

「さて、帰るか」
「そんじゃあ、またな神近、安良城!」

皆が帰り静まった店内。店閉まいをして戻れば、グラスの中のチェリーが無くなっている。それが、秘密の関係の合図。

「なあ、護」
「んーなに?」
「大学生時代から思ってたが、ブランデー・サワーの君は安藤に似てるのか?」

立ち上がって奥に向かおうとしていた君が驚いた顔で足を止める。

「今のブランデー・サワーはお前だろ神近」

暫くして、君は儚げに微笑んで極上の口説き文句を口にする。

「神近には敵わないな」

小さく呟いた君の唇に口付ける。

「店(ココ)でする?」
「護が望むなら」

敵わないなはこちらのセリフだ。こうして俺はまた全く甘くない君に捕らわれ奴隷となる。



END

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ちなみにシェリーのカクテル言葉は「今夜あなたに全てを捧げます」です。ポート・ワインへの返事に使う事が多い告白に近い意味合いですね。チームアウローラは控えめに言って最高だと思う。