まさか他人様のこと以外で、あの二文字を使う日が来ようとは。
「ぐんかんまき」の河童の水兵さまより回して頂きました。
自身の体験談を小咄のように書くというこのバトン。
先に言っておきますが、
んな胸躍るような内容はないですよ。トキメキもない。
そんなら何が残るんだよと。まあ過去の自分のしょっぱさとか、煮え切らなさとか……は多分なくて、えーこれ本当に恋バナなの?という疑問が残るかと。
足し引きしても恋バナっぽくならなかったので、とにかく暖かい目で見てください。では↓
小学生の頃、初めて会ったのは廊下だったか、教室だったか、もう覚えていない。ただ、初めて見た時の印象だけは強く残っていた。
同い年の他の男の子に比べて大人びていて、一つ、しっかりと落ち着いた部分がある。それでいて遊んだり笑ったりする時は、やはり年相応に快活な姿を見せた。
そのバランスの取れた姿勢と身体から溢れる身軽そうな雰囲気を、いつの間にか目で追うようになっていた。
当時、図書委員をしていた自分は、その関係で放課後に図書室に残ることが多かった。放課後ともなれば校舎は静かなもので、クラブ活動のない日など本当に人気がない。
静かだから良いというよりも、静かだから余計に怖く、早く帰ろうと作業を急いでいた。
そこへ、彼が来た。どうやら教室に置きっぱなしだった本を持って来たらしい。それは借りたまま返ってこない本の末路の一つであり、それをわざわざ持ってきたことにまず驚いた。
誰が借りたのかわからない本は、返却手続きをする前に一度保管し、後で手元にある貸し出しカードと照会してから本棚に戻すことになっている。
それまで全く話したことのなかった彼から本を受け取るだけで嬉しく、どうしてこの時間まで残っていたのかと、話すのも何だか嬉しい。
どうも友達を待っているらしく、その友達が来るまで図書室で待たせてほしいと言った。誰かがいるのは心強かったし、特に差し障りもないので、作業している間だけ、という話になった。
それから十数分、窓際の本棚で彼が本を読んでいる間、自分は黙々と作業を続けた。静かだった図書室に増えたもう一人の気配が、段々と重みを増していく。怖いのか、嬉しいのか、よくわからなかった。
作業がほぼ終わるのと同時に図書室の扉が開き、例の友達が顔を出した。すると本を読んでいた彼はさっと図書室を横断し、じゃあね、と言って出ていった。
どことなくホッとしながら窓際の本棚を見ると、さっきまではなかった物がある。図工の時に使った厚紙だった。よく見ると彼の名前があり、忘れたんだ、と思うと同時に、また話せる、と少しわくわくした。
図書室から昇降口は近く、一直線に廊下で結ばれている。慌てて出ていったら、ようやく昇降口を出ようというところだった。
名前を呼んで走り、忘れ物、と紙を出す。すると笑って、もういらないから捨てていいよ、と言った。そんなことは自分でやれ、それにまだ使えるよ、と言ってこっちが更に突き出すと、また笑って「じゃあわかったよ」と受け取り、またねと走って行った。この時に自分の名前を呼んでくれたことが、凄く嬉しかったように思う。
多分、これが好きということなのかと実感しだした頃、仲良くしていた友達とそんな話になり、友達も彼のことが好きだということを知った。
この時、不思議と気持ちが落ち着いたのを覚えている。
友達には「自分も好きかもしれない。でも、○○を応援するよ」と言った。凄くどきどきしていたが、友達がなんとなく笑って返してくれた時、これでいいんだなという確信があった。
その日、家に帰ってから友達のことや自分の言葉、彼のことをぐるぐると考えた。考えて結局、自分が好きだったのは彼の身軽さだったのだと気付いた。
当時、学校での人間関係に鬱陶しさを覚えていた自分には、その身軽さがとても眩しく、羨ましく見えたのだろう。ああいう風に笑ってどこまでも走っていけるなら、さぞ楽しいに違いない。
恋だと思っていたのは憧れだった。
そう結論づけた時、それまでごたついていた自分の内がすっきりしていくのがわかった。
結局、友達は彼に告白することはなかったらしい。彼の方もまた、誰かが好きだとかそういう噂は、卒業するまで一切聞くことはなかった。
あの時の怖さや嬉しさや楽しさは、あの身軽な印象と共に、良い思い出として残っている。
だからまだ、自分が異性に抱くのは憧れでしかなく、それが別のものに変わる瞬間を今も待っているのだと思う。
おわり
なぜ語り口調。
てか
七割方うそですからね。
オチ台無し。
回したいのは山々なれど、皆さんお忙しそうなので、ご自由にー。
創作でもなんでも恋バナ書ける人って凄いね。やっぱり頭ん中の出来が違うと確信しました。