「眼鏡のオニーサン、相席ヨロシ?」
答えを聞く前から荷物は置かれている。トレーの上には肉うどんとおにぎり。第1学食の所謂「ぼっち席」は、それこそ穴場だけにあまり知ってる人もいないと思ってたのに。
「イク、今日はMICじゃないの?」
「たまにはね」
人があまり来ない、電気の数が少ない、スピーカーの真下。このぼっち席は、俺にとってこれ以上ない条件の良席。いつの間にか、昼はここにいるとわかられてしまうようになっていたのかもしれない。
さすがにそろそろ学期末も近いからという理由でふらりと大学にやってきたイクも、学内での拠点であるMIC――国際センターでなければここに来るらしかった。
「おっ、何か始まった」
スピーカーから降る声に、時計の針が12時20分を回ったことを知る。月曜から金曜、この時間からライブで行われるMBCC昼放送が、今日も始まった。
サークルに来るのも気が向いたときにというスタンスのイクにしてみれば、この昼放送も「何か」と珍しく思う物なのかもしれない。俺にしてみれば、日常だ。
「ユノ、アンタ今期番組やってないの?」
「うん、今期はやってない」
「なーにやってんのかね高崎は。どーゆー選考基準してんの」
「やらないかって話はあったんだけど、俺が今期はって高崎に言ったんだ」
イクはおにぎりをかじりながら、だから学祭でアンタあんなに酷使されてたの、と。酷使という表現はともかく、学祭の枠をくれと頼んだのも俺自身であることを言えば、一応は納得したようだった。
イクは高崎の、高崎はイクの行動を理解しようとはしない。高崎とイクが合わないのは、努力型と天才型の越えられない壁というのもあるのかもしれない。
「今日のミキサーって誰?」
「今日はタカティだね」
「――って、1年のメガネ君だよね」
「だね」
「あの子、こんなつまんないミキだっけ。前はもっと面白い感じだったと思うんだけど」
俺も毎週聞いていくうちに少しずつ感じていたけど、たまにしか来ないイクも言うならきっとそうだ。現在のタカティは大人しくまとまりつつあるのかもしれない。
確かに“高崎の番組”には対応出来てるんだけど、高崎の“希望”とか“期待”とは逆の方向に行っている気がする。高崎のことだから、それをタカティ本人に言うことはしないだろうけど。
「要は高崎がまどろこしいんでしょ。で、アイツはあの子に何を求めてんの」
「“初期衝動”だね」
「は?」
「イクもあんま細かいコト考えないミキでしょ」
「まるでアタシが何も考えないみたいに言うね」
「違うって」
ミキサーとしてのタカティは、先入観とか固定概念のない番組構成やフェードが武器で、言ってしまえばカズよりもイクに似ている。高崎は自分相手でもその武器をガンガン出して欲しかったんだろうと思う。
やっぱアイツまどろっこしいわ。そう言ってイクはおにぎりをぺろりと平らげた。スピーカーから流れる番組はとても聞きやすいしノイズではない。ただ、欲を言えばもうちょっと面白味が欲しい。
「アイツ、自分がどんだけ圧強いか最後までわかんなかったのか」
「みたいだね」
「技術的なところはともかく、それに気付かないとあの子潰すぞ。ま、あの子も高崎ごときに潰されるようじゃカズには到底追いつけないけどね」
「あはは、それだ」
将来のMBCCがどうなるか楽しみだねーと、思っているのかいないのかわからないトーンでイクは言う。俺も同じトーンでそうだねーと返す。ただ、この席で昼を過ごす限り、少しには気にするのだろう。
end.
++++
MBCC3年生の日陰の人たち。まさか育ちゃんとユノ先輩で1本やる日がくるとは思うまい。
高崎とタカちゃんの番組について。と言うかミキサーとしてのタカちゃんについて3年生が心配してる話。
いち氏はああ見えて結構すごい人である。そうは見えないところがいち氏の凄さなんだけど。育ちゃんからすれば高崎「ごとき」である。