我ながら、柄にもないなと思う。学内の本屋で見て回るのは大体参考書や学術書。ヒロと一緒にいるときなら観光や音楽と言った趣味の部分も入ってくるかもしれない。だけど、今見ているのはそのどれとも違う。
それは結構な重量感。重い本にはまあまあ慣れているのだけど、赤紫色をした表紙や、その中身の方が俺にはとても結びつかない。こんなことでもないと真剣に読むこともないだろう花の本を、パラパラとめくって辿り着くのは今日の日付。
「12月9日、か」
「わっ! 菜月先輩! いらっしゃったのであれば仰ってください!」
すっと俺の横に現れたその人の誕生日に他ならない。さっきまで昼放送のオンエアで一緒だったけど、互いに授業があると番組が終われば食堂で別れた。それなのに。4限終わりにふらりと立ち寄った本屋で出くわすなんて、こんな偶然そうそうあるものか!
「どうしたんだ、お前が花だなんて」
「いえ、特に理由はなかったのですが、何となく」
貸してくれと言われれば、その重量を細い腕に移して。まじまじと写真を眺めて浮かべる表情は、それこそ少女としか言いようがない。前にもこのような表情を見たはずだ、いつだったか。記憶の中から呼び起こすと、それは春のこと。
ファンフェスの打ち合わせを終えた菜月先輩と駅で偶然出会ったときのこと。モールめいた商業施設の前で配られていた一輪のチューリップとビラ。あそこでもらったピンク色のチューリップに向けられていた表情と今のそれが重なる。
「チューリップか」
「この本ではそのようですね」
「うん、やっぱりチューリップは好きだぞ。でも他の本で見るとまた違うんだ」
「そうなのですか」
隣にあった違う誕生花の本を開いて12月9日のページを開けば確かに違う花。チューリップと違って色鮮やかな花でもないし、どちらかと言えばただの葉っぱにも見える。針葉樹林と言うかマツの葉、いや、それはさすがに言い過ぎか。クミンと書いてある。
「ですが菜月先輩、占いも然りですが、都合のいいことだけ受け入れればよろしいかと」
「――というのは?」
「クミンの花言葉が「憂鬱をはらう」とのことですので」
「なるほど。確かに、はらいたいな憂鬱は」
「チューリップの花言葉は愛にまつわる物が多いようですね」
「“永遠の愛情”なんて、本当にあるか?」
「俺は、存在すると信じています」
偏屈理系男らしくもない、根拠も何もない受け答えだ。ただ、それが存在するのかどうかを証明するのは俺自身に他ならない。永遠の愛情というものがあるとするならば、それは今の俺が言うべきことではないのかもしれないけど、貴女に対する物。
「何か、お前だからか本当にあるんじゃないかって。あったらいいなって少し思う」
「それは、どういう…?」
「圭斗だったらまーた始まったよって感じだけど、普段そういうことを言わないだろ、お前は」
「圭斗先輩の経験に基づくお話も、それはそれで素晴らしく――」
「いや、うちには都合がよろしくないんだ」
そう言ってパタリと本を閉じた菜月先輩が俺の肩に手を置き一言、憂鬱をはらうのに付き合ってくれ、と。その意味するところはすぐにはわからなかった。ただ、俺は菜月先輩ともうしばらく一緒にいられることを赦されたのだと。
「うちは永遠の友情も愛情も信じちゃいない。でも、あったらいいなとは思う」
「その証明は、これからの時間を、一生をかけて行っていくものかと」
「うちとお前の間にあるのは、何だ? 友情とも、愛情とも違うだろ」
「無理に言語化せずとも、“何かある”でよろしいと思います」
end.
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愛情とも違うって言い切っちゃった菜月さんw ノサカ……もうちょっと頑張れ。そんな菜月誕のお話その2。
このお話をやりたいがために誕生花の御本を買いました。2400円とちょっと。今日やっと手元に届いたよ!勢いって怖いね……まあ、お写真綺麗だから!
妙にお花の似合う男は圭斗さんくらいで十分なので、ノサカには今のままでいていただきたいところ。