「うーん、あっ、また誤字だ」
赤ボールペンを持ちながらの校正作業が様になるのはさすが菜月先輩だ。ここはもっとこうした方がいいとか、漢字の変換を間違えたとか。サークル室に備え付けの国語辞書を引きながら語句の用法などを確認している。
「菜月先輩、それは何の書類ですか?」
「書類って言うかレポート課題だ」
「印刷されたのですか?」
「ああ。印刷してみないとわからないからな」
前期は印刷してから提出するタイプのレポート課題がなかったから、こういう話自体がまず久し振り。と言うか菜月先輩が真面目に勉学に励まれているお姿を目の当たりに出来たことが何たる幸福。赤ボールペンは机の上で一定のリズムを打っていた。
「どうして誤字はプリントアウトしてからでないと気付きにくいのでしょう、謎は深まるばかりです」
「ノサカ、マジレスしてやろうか」
「はい? マジレス、ですか?」
「だから、どうしてプリントアウトしてからでないと誤字が見つけにくいのか」
「あ、はい。マジレスでお願いします」
菜月先輩はボールペンの代わりにホワイトボードマーカーを手に取り、図に示し始めた。これから始まるのはまるで講義のようだ。人の目とパソコンの画面、そして人の目と紙面を現した2つの図。点線で引かれた矢印は光の入り方。
コツコツと白板の上に図が描かれ、これはかなりのマジレスが期待される。菜月先輩も科学的な事柄には大変興味の強いお方で、言ってしまえば偏屈理系女子の片鱗はある。俺ばかりが偏屈理系男と言われているけれど、あなたも十分クソ真面目な偏屈社会学系女子ではありませんかと!
「いいか、パソコン上で作業しているときは、画面が発する光を直接受けるワケだ。それに対し、紙の上で見たときは、紙の上で反射された光を見ている。光の受け方によって脳の働き方は変わってくるらしいな」
「なるほど」
「パソコンの画面の方はテレビを見てるような流し見に近い感じがあって、紙で読む方は批評モードに切り替わるから誤字が見つかりやすい、らしい。ちなみにこれはうちがゼミで書いてるレポートの参考文献に書いてた」
「一理あります。菜月先輩、それは何という本でしょうか。俺も興味があります」
参考文献のタイトルを出すだけ出して、菜月先輩はレポートの校正作業に返られた。番組のトークは聞き返せないのに、書いた文章は読み返せるというのが少し不思議に思ったけど、そもそも声と文字を同列に扱うのも少し違うか。
その辺りのことも、ひょっとすると菜月先輩ならばマジレスしてくださるかもしれない。主観が中心でも、科学的にでも構わない。菜月先輩という方を読み解くことが出来るのであれば手段や光の入り方は全く問わない。
「しかし、菜月先輩がこの部屋で書類作業をされていると一種の懐かしさを覚えますね」
「ああ、どこぞの圭斗サマが投げつけてくれた公的書類だろ」
「圭斗先輩はきっとパソコンでの書類作成の方がお得意でいらっしゃるのでしょうね」
「どうだか。文章作成能力自体に疑問符が付くぞ」
「ああっ、それは暗黙の了解で言わないヤツで…!」
「そもそも字が汚いからパソコンで作成しないとロクに読めないし――」
「ああっ!」
end.
++++
ノサカがついうっかり菜月さんをクソ真面目な偏屈社会学系女子とか言っちゃった回。それは言っちゃいけないお約束だ!
書類やら文書やらを作成することにMMP内ではとても定評のある菜月さんですが、しっかりと推敲やら何やらを重ねた上の結果なのかもしれない。普段からここまでしっかりはやってないだろうけど。
そして参考文献はこないだの「Believes materials」の中で積んでた本の中にあったとかならうまーだな。