きっちりセットされたマイクスタンドに、いつも通りのミキサー。これから始まるのはMMP昼放送の収録だけど、今日録音されるのはうちとノサカの番組じゃない。
「おはよう。あれ? 火曜日のゴールデンペアがどうしたんだい?」
「おはようございます圭斗先輩! 本日は最終回の収録が行われると律から聞き、お邪魔させていただきたく…!」
「起立して挨拶するほどのことではないと思うけど、好きにするといいよ」
「ありがとうございます!」
そう、これから始まるのは圭斗とりっちゃんの番組。うちらの代でやる本当の最後を飾ってくれるのは愛の伝道師でMMP代表会計、トニーこと我らが圭斗サマ。
まあ、せっかく最終回の収録なんだしたまには冷やかしに行こうとノサカとここにやってきて、先に来ていたりっちゃんが収録の準備をしていくのを眺めて現在に至る。
「テーマは最終回っつーコトで例のヤツすねェー」
「ん、そうだね」
「りっちゃん、最終回じゃなくてもトークのベクトルは恋愛に向いてたんじゃないか?」
「まァ大概そースわ、言っても圭斗先輩スし」
MMP昼放送の悪しき伝統、最終回のトークテーマは「恋愛」でというのにアナウンサーはほぼほぼ苦しめられてきたけど、圭斗は苦しむどころかこれが十八番なのだからさすが愛の伝道師と呼ばれた男だ。
強いて苦しむことがあるとするならこれまでにいろいろ語ってきているが故に真新しいトークをお届け出来るかが不安、とかいう面の皮の厚さは若干……いや、かなり羨ましい。
他のペアの打ち合わせの光景を見ることは稀だ。圭斗とりっちゃんペアは、うちとノサカのそれに比べてかなりあっさりしている。良くも悪くもざっくりしてるな、やっぱり。
「菜月さん、良ければダブルトークなんてどうだい?」
「ナ、ナンダッテー!? レギュラー番組で菜月先輩と圭斗先輩のダブルトークだなんて何と贅沢な!」
「いや、お前の最終回だろ。お前がきっちり決めろ」
「ん、そうかい」
ノサカはガッタンガッタン机を鳴らしてウルサいけど、テーマが恋愛に決まってる時に圭斗とダブルトークなんかしよう物なら何を喋らされるかわかったモンじゃない。
「クソっ……最後に菜月先輩と圭斗先輩のダブルトークを見られると思ったのに…! 何とか、何とかならないのか…!」
「や、野坂、諦めるのは早いスよ」
「えっ」
「今日が月曜日で圭斗先輩の番組は金曜日。火曜と木曜が埋まってルとしても、水曜が空いてャすわ」
「ナ、ナンダッテー!? それだ! 特番……特番を是非!」
「野坂、自分の胸倉を揺さぶられても何も出ヤせんぜ」
それでもノサカはゆさゆさとりっちゃんの胸倉を揺すっている。どうやら興奮が冷めやらないらしい。可能性がゼロじゃないのにどうして諦めることが出来るんだ、そう言いたげな。
「圭斗先輩と律は収録が早いことに定評があるしこの後からダブルトーク番組をやろうと思っても全然出来るじゃないか! 菜月先輩と俺の番組ならウン時間かかるだろうけど、圭斗先輩のぐだぐださなら…!」
「ん、心の声が漏れてるけど随分な言い様だな、野坂」
「あっ、申し訳ございません悪い意味は一切無く…!」
「菜月さん、水曜日の枠がある。僕相手にきっちりした番組計画なんて立てても無駄な上にそもそも菜月さんはヨコ。その上、菜月さんが最も信頼を置くミキサーも僕の味方だ」
そこまで言うならお前たち全員で、明日の感動や感慨を返してくれないか。明日のオンエアで出そうな涙も引っ込むような、そんな番組にしないと捻り潰すぞ。
end.
++++
ただ単に圭斗さんをナツノサが冷やかしに来ただけの話だったのに、何故か菜月さんが巻き添えを食らった最終回詐欺回。
久々にノサカが先輩崇拝のアホの子っぷりを発揮してくれたけど、最終回だもんそりゃそうだよな……
そしてやはりりっちゃんマジラブ&ピースである。この場合のラブ&ピースは策士という意味でも用いられるよ!