「さ、出来たわよ。ちー、食べましょ」
「よーし、いただきます」
何となくつけてある歌番組と、目の前の天ぷらそば。キッチンも大分年越しっていう感じがする。いつだって、年越しは兄さんと2人で過ごしてきた。特別出歩く用事もなかったし。
兄さんは西海駅の前でバーを経営している。本来なら大晦日の夜なんて稼ぎ時のはずなんだけど、年末年始はしっかりお休みにする方針。それでもお店の経営は回るらしい(普段どれだけ……考えるのも怖い)。
「兄さん、ラジオはいつから?」
「来年は第2週からよ」
「やっぱり1週はお休みかー」
「年末年始は別の特番に切り替わるらしいわ」
兄さんは地元のコミュニティFM局で深夜帯にレギュラー番組を持つラジオパーソナリティーとしての面もあって、町を歩いていてもよく声をかけられたり握手を求められるらしい。
兄さんと俺の両方を知っている人から見れば、兄さんと比べて俺は地味で、本当に同じ親から生まれたのかと言われることもある。年は一回り以上離れているけど親は同じ。書面上では。
「ちー、天ぷらまだあるから胃もたれしない程度にたくさん食べるのよ」
「はーい。でも、随分たくさん作ったね」
「最近ちょくちょく友達連れて来てたじゃない。それが嬉しくていろいろ想像してたら膨れ上がったのよ。あの子今日なんかどうしてんの、カーデの子」
「ああ、朝霞? 実家に戻ってるよ、山羽の人だもん」
「あら、そうなの〜? じゃあ福井ちゃん呼びましょうよ、おそばはまだあるのよ」
「美奈は今神社で巫女さんのアルバイトしてるよ」
「あらっ、福井ちゃんの巫女装束なんて絶対似合うわー、綺麗なはずよー、見に行きましょうか」
「面白がってるのが見え見えじゃない兄さん。申し訳ないもん、逆に行けないよ」
兄さんの口から俺の友達のことが出てくると嬉しいと思うのと同時に、少し寂しくも感じた。理由はわからない。その理由も、もう一回りすればわかるようになるのかな。
ずるずると、夢中でそばを食べ進める。兄さんの天ぷらはサクサクだし軽いしで、胃もたれする気が全然しない。あんまり夢中になっていたのか、もっとゆっくり食べなさいと窘められる。
「そばってあんまり食べた気しないよね」
「でも年越しはそばよ。来年も細く長くご縁がありますようにって」
「なるほど」
「いつかはちーと離れて暮らすことになるだろうけど、アタシは父であり母であり、兄であり姉であり続けるわ」
兄さんは、俺が一人立ちするときのことを常々考えているんだなあと、寂しさの理由が少しわかった気がした。父さんと母さんが死んでから、ずっと兄さんと2人だったもんなあ。
周りに友達がいるっていうことは嬉しいことでもあり、巣立つ準備のようでもあり。俺を親代わりも同然に育ててくれた兄さんはもっと複雑だったんだろうなあ。
「やっぱりそれじゃあ細く長くじゃダメだよ。太く長くじゃなきゃ。来年からは年越しきしめんにしようよ兄さん」
「そもそも夜にいっぱい食べるのは体に毒なのよ。散歩がてら初詣に行きましょうか」
「美奈を冷やかしたいだけだよね」
「正月に初詣に行って何が悪いのよ! ちー、問答無用よ。付き合いなさい」
end.
++++
美奈がんばれえええ そんな大石家の食卓である。ベティさんは結構な料理上手である。美奈ともたまにそんな話をしてるよ!
大石家は2人暮らしが長いのでこんな年越しも割と当たり前。別々に暮らす時はいつか来そうだけど、それまではこんな感じでやってるだろうなあ。
夜にたくさん食べるのが毒だと言う割にたくさん作ってるベティさんである。大石きょうだい、初詣に行くのかしら……