菜月先輩から、何故か「白米の消費に利用されてくれ」と自宅にお招きいただいた。5合炊きの炊飯器には目一杯ご飯が炊かれていて、とても2人で食べる量ではない。
確かに菜月先輩は白米をあまり好んで食べるということはしない。何かしらの味かおかずがなければいけないということはよくよく聞いている。だけど、どうしてそれを焦って消費しなければならないのか。
「2月以降は多分ほとんどこっちにはいないだろうからな。そんなときに口の開いた米を置いといても」
「なるほど、保存との兼ね合いでしたか」
「そういうことだから、今ある米を少しでも減らしておきたいんだ」
お前ならこれでもかと食べてくれるよな、と選んでいただいたのは実に光栄だ。菜月先輩のお部屋に招かれての食事だなんて、現時点で起こりうるこれ以上の幸せがあろうか。
「一応、ご飯が進むおかずと言うか、スープは作ってあるんだ」
「ご飯に合わせるスープですか?」
「野菜を切った中にキムチ鍋の素と醤的な調味料をぶち込んだだけだ。昨日まではキノコも入ってたけど、お前を呼ぶことを考慮して全部食べといたから心配するな」
「はあ、ありがとうございます」
菜月先輩は茶碗に普通盛り、俺は丼に山盛りにされた白米の横に真っ赤なスープが置かれた。極端な味覚をしている菜月先輩が作られたキムチ鍋風スープということで、不安と汗が滲む。
食べる前から毛穴という毛穴からじんわりと汗が出るんだぞ。きっと体が何か、危険信号的なものを感じ取っているのではないかと。超辛党の菜月先輩の真っ赤なスープだけに。
「何をジッとしてるんだ。食べないのか?」
「あ、いえ、いただきます!」
覚悟は決めた。思い切ってそのスープを一口。菜月先輩の食卓には水がしっかり用意されているんだ。
「ん」
「どうだ?」
「思ったより辛くない、と言うか……辛い中でもほんのり甘くて美味しい…!? 白米との相性も抜群じゃないですか!」
「どれだけ野菜をぶち込んだと思ってるんだ」
恐らく、昨日までに先輩が処理して下さったキノコ類のダシのような物もこのうま味に作用しているのだと考えられるけど、確かにこれは菜月先輩のカレーにも通じる野菜の甘み。
だけど甘いだけじゃなくて辛さもある。そして、食欲をそそり箸を進める香り。白米が目一杯山盛りにされていた丼を空にするのにさほど時間はかからなかった。
「菜月先輩、ご飯のおかわりをいただけますか」
「おっ、さすがだな」
「それと、卵はございますか?」
「あるけど、食べるのか?」
思い出すのは、初心者講習会の昼食の時間。おにぎりと卵焼き、それとだし巻き玉子だけをひたすら摘んでいた姿。あれから半年以上経ったけど、先輩のために特訓しただし巻き玉子の作り方は覚えている。
「いえ、もしよろしければ、お礼と言っては難ですが台所をお借りしてもよろしいでしょうか」
「えっ、いいけど。何するんだ?」
「出来てからのお楽しみです。調味料も少々お借りします」
とりあえず、この丼の中のご飯を平らげてしまおう。話はそれから。今日俺がここにお招きいただいたのは、白米の消費をお手伝いするためなのだから。その期待には大いに応えたい。
end.
++++
菜月さんはあんまり白米が好きじゃないんだけど、家には一応置いてある。減るペースはちょっと遅め。
学校におにぎりを持っていく習慣をつければご飯の減るペースも上がるんだろうけど、なかなかそうも行かないらしい。
そして菜月さんのために習得しただし巻き玉子を再び菜月さんのために作ることの出来る喜び、プライスレス!