「うんうん、これはこれで」
「ちょっと待て、俺は全然納得してねーぞ」
「慧梨夏サン俺似合うっしょ」
「尚ちゃんはこうなるって分かり切ってるからね。当然って言うかノルマだよね」
ぽすん、とかぶせられた烏帽子(えぼし)っぽい物に、手渡された笏(しゃく)。そしてウキウキとしている尚サンの方は冠と檜扇(ひおうぎ)。
おいおい、節分もまだだってのにもうひな祭りかよ。と言うか俺がお内裏様なのは百歩譲って納得するとして、どうして尚サンがお雛様役なのか、と。
まあ、聞かなくても衣装合わせをしている慧梨夏サンが首謀者なのには間違いない。あと、尚サンがこういうのにノリノリな人だからっていうのもあるだろう。
「慧梨夏さーん、私はこれでいいんですか?」
「うんうん! やっぱりさっちゃんは何着せても可愛いね! 169センチだし足が細くて長い! このスタイルは完全に武器だよ!」
ここはGREENsが借りている小学校の体育館。ステージの脇から出てきた赤鬼は、赤いアフロに黄色いショートパンツ、そして赤いカラータイツを身に纏った簡易鬼ルック。
さっちゃんと呼ばれたスラリとしている赤鬼――三浦祥子は、やや恥ずかしそうにしつつもやはりそこはイベント好きなだけあって慣れてきている。
「おお、さすがサッチー! 俺とトントンぐらいに可愛いな!」
「尚さんには負けますよー」
「褒めたって何も出ないぞっ」
尚サンと三浦がきゃっきゃと戯れているのを眺めて満足気なのが黒幕の慧梨夏サンだ。うんうん、と納得する様に恐怖すら覚える。
このコスプレ大会の真意を問えば、返ってくるのは意外に真面目な答えなのだ。3年は3月から本格的に就活に入るから3月のイベントも2月に前倒しする、と。
「それでひな祭りを」
「うちがいなくても誰かがやってくれたらいいなって思うんだけど、やっぱりうちはイベントの企画が大好きなんだよね」
「就職もそういう方面を目指してくんすか」
「そうだね、出来れば」
「ま、慧梨夏サンの場合は企業がダメでも永久就職は余裕じゃん?」
「ほほーう。鵠っち、そういうことを言いますか」
あっ、これは、押してはいけないスイッチだったのかもしれない。今は何もなかったけど、きっとそれがイベント当日に爆発するのだろう。一定の覚悟は持たなければ。
「つーか三浦がお雛様じゃダメだったんすか」
「やっぱりそこは意外性をさ。それに脚細くて長い子のショーパンとか目の保養過ぎて」
「それが本音か」
「尚ちゃんがお雛様でさっちゃんがお内裏様ってのも考えたんだけど鵠っちの鬼に違和感なさすぎてさ」
そして相変わらず尚サンと三浦はきゃっきゃとしていて、今度は衣装を交換してみるかなどとかなりノリノリだ。まあ、身長も似たり寄ったりだしな。
男女の役割がどうとか衣装がどうだとか、そういう細かいことを気にしなくなったのも相変わらず腕組みからの仁王立ちをしてこの光景を眺めるこの人の影響だろう。
「おう、くげ! お前ちょっとお雛様のこれ羽織ってみろって!」
「はあ!?」
「その上からアフロも乗っけてー」
「やめろ三浦!」
「そーだぞサッチー、くげはすっぴんで十分鬼でイケる。だから逆にお雛様なんだって」
「尚、だーれが鬼だって?」
「わー、鬼だー! 鬼は外ー!」
end.
++++
この時期になると来年度への布石という感じのキャラクターがちょいちょい登場するのがナノスパの癖になりつつあります。三浦さっちゃん初登場。
現時点でさっちゃんに関しては身長が169センチで細身の女の子だということがわかっているのですが、少なくとも尚ちゃんよりは大きいです。
あと鵠さんな。今年の話では鬼を回避できたと思ったらまさかのお内裏様だし就活スケジュール後倒しの影響がまさかこんなところにまでw