研究の合間、思い出したように向かうのは情報センター。俺たち理工学部の学生には履修登録の他にあまり縁のないその場所には、今日もアルバイトと称してあの狐がいるはずだ。
「やあ、ミドリ」
「あっ、石川先輩お久しぶりです! 林原さんだったら自習室ですよー」
「そう、ありがとう」
いい先輩のポーズで受け取ったカードキーを受信端末に翳し、ロックを破る。こんな時期に大学の情報センターに来る学生など数えるほどしかいないという話は聞いたことがある。どうせ今日も給料泥棒だろう。
ほら。案の定、自習室に他の学生はなく、スタッフ用の席には起きているのかいないのかわからない様相のリン。画面上にはスクリーンセーバーが泳ぎ、いくらかの時間、微動だにしていないことが見て取れる。
「おい、起きろスタッフさん」
「……ん…?」
軽く小突いてようやく顔を上げた給料泥棒は、俺の顔を認識するなり再びデスクに伏せた。この野郎、確かに俺は冷やかしだけどやる気なさすぎるにも程があるだろ時給1000円のクセに。
「寝かせろ」
「今度は何のゲームだ」
「いや、純粋に体調が優れん……」
「ならどうして出てきた」
「この時期、敢えて情報センターなんぞに来る学生などおらんということは経験上わかっている」
多少具合が悪くても、ただ座っているだけのバイトなら数時間ぽっちという感覚だったのだろう。情報センターのバイトはその性質故人材難にも陥りやすいと言う。急に言って人が捕まるものでもない、と。
「ところでお前、具合が悪いってまさかインフルじゃないだろうな」
「今朝はそうでもなかったが、だんだんしんどさを増してきてな。そろそろインフルではないかと思い始めたところだ」
「ふざけんな、ウイルス媒介物が」
「何とでも言え。もうしばしオレはここから動けん」
「それは、シフト的な意味か、体的な意味か」
「どちらもだ」
なんてこった、リンがインフル疑惑だなんて。これで俺もしばらく家には帰れなくなってしまったじゃないか。インフルの菌的な物を付着させたまま自宅の敷居を跨ぎたくないぞ。
インフルは予防接種をしていたところで発症するときはする物だと聞いている。だから、俺はともかく沙也に移すことがあったらそれはもう大事件だぞ、そろそろ時期が時期だけに。
「なあ、ミドリに言って何かならないものか? 人が来ないならよっぽど1人でも」
「確かに、川北にA番とB番を同時にこなす能力がないことはないが、性質の悪いのが来たらな」
「こんな時期に性質の悪いのがわざわざ大学に来るか」
「まあ、言ってしまえばそうなのだが」
とにかく、リンがどうこうという以前にインフルの疑惑のある男がこんな密室に長時間いるとか、一般の利用者に対する罠以外の何物でもない。公衆衛生とかそういう次元の話で。
「あっ、石川先輩、もうおしまいでいいんですかー?」
「それはいいんだけど、リンの奴に病院行かせるとか、何かした方がいいと思うよ」
「え、病院ですかー?」
「本人にインフルだっていう自覚症状があるみたいだ」
「わーっ、大変じゃないですかー!」
林原さーんと叫びながらバタバタと自習室に入って行ったミドリの背に、帰るから学生証を返せとは言い出せず。おいおい、A番とB番を同時にこなす能力はどうした。
しかし、ウイルス的な物を体にくっつけてしまったであろう俺はおおよそ1週間住所不定になるのか。ゼミ室暮らしだなんて、どこぞの狐じゃあるまいし。早いトコ白の判定をいただきたいものだけど、どうだろう。
end.
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リン様のいつものヤツ。今回はバイト中に発症の度合いが強くなってきたとかそういう体のヤツ。
今日は春山さんがいらっしゃらないらしい。宇宙葬に向けた貯蓄はいいのか! と言うか春山さんは卒業さえ決まってしまえばあとはフリーだろうしなあ
しかし今回割とするっとミドリと石川が挨拶してるなあ。去年とかは「誰だっけ?」みたいなことを石川が言ってたのにw 今年は進歩したな!