公式学年+1年
++++
「かつてサバの味噌煮がこれほど美味しく感じたことはありませんね」
「サバの味噌煮はご飯のおともとしては最強クラスだからね」
ゼミ合宿では、夕食にフランス料理のフルコースが出るのが毎年の恒例となっている。そして、それを食べた気がしないだとか、堅苦しく感じる学生が出るところまでがテンプレート。
俺も既にフルコースのディナーで何を食べたのか覚えていない。それっくらい、コンビニででも買うことの出来るサバの味噌煮の缶詰と、レトルトの白米が美味しく感じたのだ。
それは俺が持ち込んだものではなく、ゼミ合宿が行われる緑ヶ丘大学のセミナーハウスを取り巻く環境を知っている果林先輩が、どこの災害救助隊かと言いたくなるほどに持ち込んだ非常食の数々。
正直、半信半疑でいた。去年、1年生のときにも合宿には来ていたから環境はわかっていたはずなのに。だから俺の荷物は食料よりも2年生になって解禁された酒に偏った。サバの味噌煮の濃い味が舌にこんなに馴染むとは。
「いくら焼きたてのパンを無限に配ってくれるとは言え、やっぱりご飯を食べなきゃ胃にフタ出来ないよね」
「全くだ」
果林先輩と一緒になって夜食を貪る鵠さんにしても、前に雪山での食糧対策について話し込んでいたメンバーの一人で、彼もその対策をそのまま実践するように食糧を持ち込んでいた。
俺はと言えば、果林先輩から一口もらったサバの味噌煮の後味を肴にちびちびと酒を飲むだけで、寒冷地の過ごし方としては強ち間違ってはいないとは思うけど、目の前でこうもおいしそうにご飯を食べられると。ねえ。
「バカだな高木、お前もレトルト飯持ってくりゃ良かったのに」
「ちょっとは考えたんだけど、酒を詰めたら場所がなくなっちゃって」
「タカちゃん、ラーメンでも食べる? 分けてあげるよ」
「果林先輩はいいんですか」
「アタシはほら、いっぱい持って来てるし」
朝食のバイキングでこっそりおにぎりでも作って持って帰ろうかなあと呟きながら、果林先輩はカップ麺にお湯を注いだ。と言うか朝食のバイキングでどれだけ食べる気なんだろうか。
ムードのあるシャンデリアや薄暗いフロア、ピアノの演奏が流れる中で食べるフランス料理のフルコースというのがディナーの内容だけど、朝食のバイキングとは。
「去年は普通に納豆ごはんとかにして食べてたなあ」
「あ、その辺は普通なんですね」
「パンが良ければパンを持ってきてもいいし、みたいな」
「うーん、でもせっかくですし普段自分ではなかなか作れない物や買えない物を食べたいですね」
「ナンダカンダ合宿の場って非日常だもんね」
周りに何もない雪山に閉じ込められるという非日常。自動販売機に缶チューハイやビールこそ売っているけれど、地上で買うより何割も増し増しにされた値段が異世界感を覚えさせる。
「明日の昼は自由行動ですもんね」
「そうだね。タカちゃんはスキーやるんでしょ?」
「そうですね。昼食を食べる場所はここ以外にあるんですかね」
「もうちょっと下の方、ほら、リフトとか乗る方に山小屋があったと思う。誰かカレーうどんとか食べてなかったかな」
「意外と普通ですね」
とりあえず、明日の昼食はその山小屋で食べることにしよう。もしかしたら、多少割増ながら現世の食べ物をいくらか補給出来るかもしれない。
「あ、ラーメン出来たよ」
end.
++++
ゼミ合宿のあれこれ。現在雪山に閉じ込められている佐藤ゼミ一向です。密室と化したセミナーハウスから1人、また1人と以下略。高木少年の事件簿いつかやりたい。
果林姉さんと鵠さんは安定のごはんもぐむしゃで、タカちゃんはちょっと分けてもらったそれを肴にがっつんがっつん飲んでる感じ。2年生だからこそだね!(この時点ではタカちゃんもハタチすぎてる)
ただ、そういう場所で食べるから美味しいのであって、きっと下界で食べるカップラーメンはカップラーメンなんだろうなあ。