「美奈、すまなかった」
「……何が…?」
呼び出されるままゼミ室に足を踏み入れたら、リンが唐突に謝ってくる。私にはあまり、彼からそうされる覚えはない。少し心当たりを辿ったけれど、やっぱり直近に思い当たるトピックはない。
「先週土曜の件だ。もう少し早く連絡していればよかったな」
「それは、仕方ない……リンこそ、体はもう、大丈夫…?」
「ああ。もう万全だ」
「よかった……」
先週の土曜日、互いのバイトが終わったらご飯でも食べに行こうと約束をしていた。偶然バレンタインだったし、チョコレートを作って準備も万端。
だけど、バイトを終えてメールを見ると、リンから届いていたメールの内容は「そう言えばインフルになっていた」と。その日に診断されたのではなく、結構前から。
インフルエンザだと診断されたその日と次の日は、携帯を見ることもなく眠って過ごしていたとのこと。先週の土曜日、それも夕方になって私との約束を思い出した、って。忘れられるよりは良かったけど。
「オレに病院に行くよう勧めておきながら、美奈にそれを伝えなかった石川が悪いということにしよう」
「それでいい……いつもなら、沙也ちゃんに絡めて騒ぐのに……」
「それで、だ。振り替えと言っては難だが、今から行くぞ」
「えっ…?」
「確実に入れるよう、店に予約はしてある」
行くぞと一言、リンが歩き出す。何をしていると言われれば、それで初めて自分が硬直していたことに気付く。
「急に言われても、準備が……」
「そのままでよかろう」
「予約を入れなきゃ入れないお店って……」
「予約を入れねば入れんということはないが念を入れただけだ」
「財布の準備が……」
「誕生日の奴が気にするな」
「えっ…!?」
何に驚いたのかって、あまりに強引に話が進んだのと、まさか、リンが私の誕生日を知っていただなんて。リンにそういうこと――誕生日――を期待するのも、なんてタカをくくっていた部分があった。
それに、ゼミ室の外に出るとも思わないから、今日の私は服もメイクも120パーセントの本気とは言えない。油断した…! これは120パーセント私の過失で読みの甘さ。
ベティさんにはいかなるときも女であることを怠ってはいけないと言われていたのに。彼の車の助手席に身を落ち着けても、嬉しさと悔しさが入り交じる複雑な感情が胸に押し寄せる。
「オレなりに、少し考えてな。あの時間の連絡になってしまったということは、お前が抱いていた期待を少なからずへし折ってしまったのではないかと」
「……確かに、少し、残念だった」
「そうか」
「だけど、インフルだから……諦めも、ついた」
ハンドルを握り語る彼は、インフルエンザで伏せていた間にいろいろなことを考えていたらしい。私への連絡が遅れたことや、約束を不意にしたこと、どうすれば信頼を回復出来るかということなんかを。
「その諦めで下がった期待値を反発力にしてプラスに転じねばならんと思ったのもある。それに、携帯のカレンダーに何故かお前の誕生日が表示されていてな。石川の奴に登録させられたと思い出した」
「徹が…?」
「18日なら外出可能だし、予定の振り替えには最適だと思ってな。これはオレの精一杯の謝意と、お前を祝う気持ちだと解釈してくれ」
徹の患うある種の病も、こういう風にプラスに転じることがあるのかと初めて感心したし、感謝をした。さっきは、徹の所為なんて言ってごめんなさい。そう、心で謝罪を。
「リン」
「ん?」
「……私、嬉しい」
「これだけで満足してもらっては困るぞ。次に寝て起きるまでが2月18日だからな。用意したプランはまだまだある。付き合ってもらうぞ」
「わかった……頑張って、起きてるから……」
end.
++++
この天然気障野郎め…! 今年のリン様も例によってインフルったのですが、18日は動けるようなのでこうなったよね!
イシカー兄さんはいないところでボロクソに言われてちょっとかわいそうだけどしょうがないよねシスコンマジシスコン
ベティさんが本格的に美奈のお師匠さんみたいになってるなあ。これ美奈ベティさんのお店頻繁に通ってるだろw