「これが……それか……」
「マジであるんだな、こんなの」
表の書かれた白い紙に貼られているのはライトグリーンの付箋。それに視線を落とし、緑大に伝わる伝承は本当だったのかと息を呑む。俺はもうそれをもらうこともないが、事の重大さはわかる。
「うわあああっ! ヤベえええっ!」
沈黙を引き裂くようにいきなり叫ぶ飯野の声に、咄嗟に動いた手が耳を塞いだ。自業自得だが、まさかそれが本当にあるとは思わなかったしこれで危機感も生まれただろう。
学内数ヶ所に設置された電光掲示板、そこにデカデカと飯野晋哉という名前が流れていた。つまりは学生課から呼び出しを食らい、出向いた先で受け取ったのがそれだった。
「マジかよ、俺そんなにヤバかったのかよ」
「つーかヤバくないと思える方がどうかしてるだろ」
「緑の付箋とか都市伝説だと思ってたっつーの!」
「俺も今まではそう思ってたけど、ガチだって知った。本当にあるんだな、卒業がヤバい奴への警告って」
飯野が学生課で渡されたのは秋学期の成績表だ。緑ヶ丘大学では、卒業がヤバいと判断されると学生課に呼び出され、付箋をつけて成績表が手渡されるという噂があった。
普通にやってりゃヤバくなんかならねえし、もちろんそんなの稀な話だ。実際にそれを見たことある奴もそうそういねえからこそ都市伝説扱いされていたのだろう。
電光掲示板に宮林慧梨夏の名前と学籍番号がなかったところから察するに、宮ちゃんは飯野ほどヤバくないのだろう。まあ、アイツの要領の良さは憎悪の対象になるレベルだしな。
「高崎、お前は卒業まであと何単位なんだよ」
「ゼミだけだ」
「っざけんなああっ!」
「普通にやってりゃそんなモンだろ」
「どーせ成績も嫌味なんだ!」
「大体AとSだ。たまにBとかCもあるけどな」
「AとかSとかそっちのが都市伝説じゃねーのか!」
そもそも、大祭実行で忙しくする上趣味のゲームには見境なく時間をつぎ込む生活をしていて学業が疎かにならないはずがない。それでなくても元々勉強が出来ねえのに。
同じく趣味に時間をつぎ込む宮ちゃんとの違いは基礎学力と要領、それと恋人との生活の仕方だろう。まああのデレツンに伊東レベルの家政婦仕事を期待する方がどうかしてるけども。
「高崎ー、助けてくれー」
「知るかよ。大体俺はもう残りはゼミだけだしよっぽど興味ある授業以外取らねえぞ、就活あるしバイトも入れてえし」
「就活もあったー! 授業とか入れてる場合じゃねーじゃん!」
「いや、お前は授業優先だろ。内定取ったところで卒業出来なきゃ論外だからな」
就活があるから授業も出れないし、授業があるから就活も出来ないとかいう状況にこんがらがったような表情をする飯野だが、それも今までサボってきたツケだろう。
「安部ちゃんが何とかしてくれないかな」
「茶飲み友達が欲しいとかいう理由で残される可能性も十分あるな」
「それを言ったらゼミの出席が絶望的に足りないお前だって十分危険な領域に足突っ込んでるけどな!」
「……そうか、俺も単位数の割に安全じゃなかったか」
「よし、お前もダブれ!」
「ダブらねえし、要はあれだろ? ぐうの音も出ないほどの卒論書きゃいいみたいなことだろ?」
「ああーっ! 卒論もあったー!」
ひとつ、またひとつと新しい事実に気付かされる度、飯野の叫びは空間を裂く。俺はもうゼミだけに集中すればいい。3年までとは違うというところを出席率という数字で証明しなければならない。
「安部ちゃんが何とかしてくれないかな」
「一応、有名なかりんとうは調べとけ」
end.
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緑大にまつわる都市伝説の話。成績表に緑の付箋が付いてくるとヤバいとかいうヤツなんだけど、そうそうないよねっていうね。
当然高崎の単位数は余裕だし、成績も割といい。1つあるF(不可)評価は寝坊でテストを受けそびれた1年次のやらかし。
慧梨夏の要領の良さと言うか、やることがなだれ込んできた時の強さはハンパないからね! 爛れたワーカホリックは趣味と勉強も両立出来るよ!