「お前はバカか!」
普段なら圭斗先輩が菜月先輩に言うこのセリフ、今日はなんと菜月先輩から圭斗先輩に向けて発せられている。何が起こったのかわからず俺たち2年生はただただその光景を眺めるだけ。
「仕方ないじゃないか、誰もやってくれる気配がなかったんだから。僕がやるよと言うしかないじゃないか」
「お前だって自分がやるワケじゃないのに安請け合いしやがって」
「掛かった経費は定例会の予算から落とすよ」
「当たり前だ!」
圭斗先輩が持ってきた模造紙が菜月先輩の手に渡り、これから何が始まるのか説明もないまま2年生は机を部屋の隅に寄せるように言われる。
とは言えこんな光景を見るのは初めてではない。去年の秋、厳密には大学祭の準備期間に見たそれと全く同じ光景が目の前に広がっている。
「圭斗、購買で赤の絵の具ビンを買って来い」
「了解。他には?」
「思い出したら電話する」
「ん、それじゃあ行って来るよ」
きっとこれは向島インターフェイス放送委員会を牛耳る圭斗先輩をもパシらせることの出来るような事情なのだろう。菜月先輩の目がいつも以上にマジだ。
「あの、菜月先輩、これから何が始まるのですか?」
「圭斗のヤツ、ファンフェスの装飾を今から作れって言いやがる」
「今からですか!? えっ、って言うかファンフェスって明日じゃ」
「明日だ」
「また急な」
これから菜月先輩が作るのは、ファンタジックフェスタで出すDJブースを飾り付ける「装飾」と呼ばれる小道具類だ。
必要になってくるのは、機材のケーブルなんかでごちゃっとしがちなテーブル下を隠すための目隠しだ。それが味気ないとDJブースも寂しくなる。
圭斗先輩は突貫だから簡単でいいとは言われたみたいだけど、いくら急なムチャ振りで突貫工事だとしても手抜きをするのは菜月先輩のポリシーに反するらしい。
「ノサカ」
「はい」
「去年の学祭で使った星のテンプレがそこにあるから、6マスおきに中心を持ってきて縁をなぞってくれ」
「わかりました」
紙の中心に躍る題字を下書きする菜月先輩の邪魔にならないよう、俺はひとつひとつ星を描いていくだけ。ひとつふたつ星を増やす間にも、まるでパソコンでデザインしたような文字が紙の上に浮かび上がっていく。
集中しているときの菜月先輩は、その世界に誰も立ち入らせない雰囲気がある。こうなると誰であろうと菜月先輩に話しかけることは出来ない。仮に、赤の絵の具を持った圭斗先輩でも。
「ふー……ノサカ、星は出来たか?」
「はい」
「菜月、赤の絵の具だよ」
「圭斗。いつの間にいたんだ」
「ん、結構前からいたよ」
「まあいいや、塗るか」
「菜月、僕はどうしたらいい? 背景でも手伝おうか」
「お前に握らせる筆はないぞ。前科何犯だと思ってるんだ」
圭斗先輩がドライヤーを取りに再びパシらされる中、俺は星の縁を筆でなぞっていた。例によって、赤で文字を描く菜月先輩の邪魔にならないよう。
作業中で集中しているはずの菜月先輩が、ぽつりと呟く。「昼放送の収録、月曜にしといて助かったな」と。ご尤も。この状態で、さらに番組の収録なんて。想像するだけで絵の具がはみ出そうだ。
「サークル棟から追い出されるまであと何時間だ」
「あと3時間です」
「定例会の連中には明日タピオカミルクティーでも奢ってもらわないと割に合わないぞ」
「人件費という意味で議長に相談してみては?」
「それなら、普段からインターフェイス関連の書類を代筆してる分もいただきたいけどな」
end.
++++
この話自体が突貫である。来年に持ち越そうと思ったけど、私の中の安西先生があきらめたら以下略と
圭斗さんのムチャ振りと、それを実行出来ちゃう菜月さんのお話。菜月さんは終始集中してるかぷんすこしてるかで厳しい表情をしている様子。
そして今回のノサカは優秀な助手である一方圭斗さんはパシリである。と言うか前科何犯って何したんですか圭斗さん……